こっち向いてください

もなか

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行く末10

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河野の車に続き、敬吾も馴染みのレストランに駐車する。
三人が車から降りるのを車内から眺めていると、明らかに焦燥した様子の逸が桜に腕を組まれて降りてきた。
悪ガキのように噴き出し、一頻り笑ってから敬吾も後に続く。

まだ開店時間前なのだが、気にすることなく桜がドアに手を掛けた。それにまた逸が焦っているのが敬吾にはたまらなく面白い。
どうやら自分は逸をからかうのが好きらしいと分かってはいたが、他人にからかわれているのを見るのもそれはそれで楽しいようだ。

「こんにちは!おじさーん、いいですかー?4人ー」
「おう桜ちゃんいらっしゃい!男前連れてるな」
「でしょ」
「まあ入れ入れ、ちょっと待たせるけどよ」
「ありがとー」

桜に手招きされて河野と敬吾も挨拶しながら後に続く。
すぐに店主の奥さんと思しき女性がお冷を運んできた。

「桜ちゃんハーレムね?」
「こんにちはー、美樹元気ですか?」
「元気元気、そろそろ帰ってくるわよ、予定日来月だから。遊んであげて」
「美樹がお母さんか……」
「信じられないわよねー」

ごゆっくり、と言いながら女性がカウンターの中に戻る。

「ここあたしの同級生の実家なんだー」

にこにこと逸に向かって桜が言い、逸はやはり少々展開について行けていない様子で頷いたりなどしている。
敬吾は笑いを堪えるのに必死であった。

「いっちーは食べる方?」

これは、敬吾に向かって聞く。

「食う食う、かなり食うこいつは」
「よっしゃ頼むぞー」

言うなり桜はメニューを持って席を立ち、カウンターに身を乗り出してなにやら注文しだした。
向こうも心得たものでそのまま注文を受けている。
隣から桜がいなくなったことでふと気が抜けたらしい逸を、楽しげに笑った敬吾が掬うように見上げた。

「やー、気に入られたなあ」
「ほんっとに」

河野も同意し、二人が頷きあうのを逸は更に混乱しながら見やっている。

「考えてみたらお前姉貴のどストライクだった」
「えぇ……?」
「構いたがりなんだよ。気に入った人間はいじりたがるし食わせたがるし」
「構い……たがり………?」

敬吾と血を分けているのに?
本気でそう思い、未だ口を半開きにしている逸を敬吾は更に楽しげに見つめた。
そこへ、桜が戻ってくる。

「はいはいドリンクだけ先もらってきたよー!あとは出来るのから作ってくれるからねー」

またも桜に度肝を抜かれている逸に、敬吾は意地悪げに笑いかけた。

「ご愁傷さま。」
「ええ………」






「ごちそう……さまでしたっ…………」
「やーもういっちー良い食べっぷりー!お姉さん嬉しくなっちゃうわー」
「おいしかったです………」

ご満悦の桜、ぐったりとした逸、苦笑する河野、俯いて笑いを堪える敬吾がぞろぞろと駐車場へと出てくる。
桜はまた当然のように来た時と同じ振り分けにしようと逸を捕まえていたが、逸は慌てて敬吾の方へと歩み寄った。
荷物を置いているのでとかなんとか言っている。
桜は不満げながらも納得したらしい。

敬吾は先に運転席についており、危うく逸が乗る前に発進するところだった。

「ちょっとーーーー!」
「あっはっはっ!悪い悪い、あー面白かった……」
「鬼ですか!もう!」

敬吾は笑いすぎていて運転どころではない。
ハンドルにもたれかかってしばらく笑っていた。

「いつまで笑ってんですか…………」
「やー、だってずっと笑い堪えてたからもー、はー腹痛い」

涙すら浮かべて笑っている敬吾を、逸は恨めしげに、しかし少々赤らんで横目に見ている。
敬吾の爆笑はなかなかに貴重なのだ。

敬吾としては、自分以外を相手に逸があそこまで慌て切っているのを見たことがない。
第三者の目線で見るのもまた妙に強烈に面白いものだった。

やたらめったら話しかけられるのにもーー顔が敬吾に似ているからかーー困惑しているようだったが、「あーん」と言われた時の恐慌ぶりと言ったら。
未だに笑いがこみ上げてくる。

「凄いですね、敬吾さんのお姉さん…………」
「いやいつもはあそこまで凄くねーよ、相当気に入ったんだろ」
「光栄ですけど、基準が分かんないから喜んで良いのかどうかも分かりません」
「俺だったら嬉しくはねえわ」

思わず黙ってしまう逸である。
いや、桜は明るいし気取らないし好きなのだ。
何度か会えばもっと好きになるだろうし仲良くなれるとも思う、がーーそのいつかの距離感に初対面で踏み込むのが桜なのであった。

「好きなんですけどね?凄いいい人なんだなとは思うし」
「無理すんなって」
「いや本当ですよ、ただ俺はまだ遠慮があるもんで」
「それはまあなーー、ああそう言えばやっぱお前凄いな、姉貴あのうざさだけどなんだかんだで皆デレデレになるんだぞ、他に同じような目に遭ったやつは」
「ああ……いやドキドキはしましたよ」
「えっそうなの?」

それはそれで驚いてしまい、敬吾は横目を見開いて逸を見た。
表情はごく落ち着いてーーやや体調悪そうにーー見える。

「はい、敬吾さんにされてるみたいで」
「……………」
「やっぱり顔は似てますよね」
「…………。そうかあ?…………」

敬吾がげんなりとした視線を戻した。

「恋愛感情とかではないですけど、あんだけ綺麗な人だと見惚れるとかはあるもんなんですね、ビビるっていうか……敬吾さんに初めて会った時みたいだった」
「へーーー……。」
「女の人だってこと考えたらそれ以上ってことになるのかなあ、俺敬吾さんちの遺伝子に弱いのかな」
「なんだそりゃ」

さすがに笑ってしまいつつ、赤信号で敬吾がブレーキを踏む。
車が完全に止まると、逸の手が太腿に乗った。

「っ!」
「止まってる間だけ」
「っーーーー」
「でも好きなのは敬吾さんだけです……」

突然静かなトーンで呟く逸に、敬吾は驚いて肩を揺らした。
いきなり何を言い始めるのかーーー。
顔が熱くなってきたのをごまかしたくて、敬吾は内側に滑り込んでくる手を掴んで持ち主の元へと返品した。
既に信号も変わって2台前の車は動き始めている。

逸は、相変わらず元気一杯とは言えないまでも楽しげに笑っていた。
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