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彼の好み リベンジ 4
しおりを挟む「敬吾さん、誕生日のなんですけど」
「おう」
少々だらしなく携帯を覗いていた敬吾が顔を上げて逸に体を向けた。
くるりと目を丸くして明るくなったような表情が、逸の頬をどうしようもなくゆるませる。
「来週の火曜、バイトの後外で一緒にご飯食べたいんですけど……………」
「………………。
……………おう?」
よい子の小学生のようだった顔を大きく傾げて敬吾はカレンダーを見上げた。
その日は逸が言っていた誕生日の月違いでもなく、随分半端な指定である。
「……なんでその日?次の日とか定休日だしその方がいいんじゃね」
「えーっと、ここ行きたくて──」
逸が携帯の画面を敬吾に向けた。
「で、これ食いたいんですけど夜しか出してなくて。ちょっと遠いし、それなら次の日が休みの方がいいかなーって」
「あー、なるほど……」
敬吾が端末を受け取って色々とリンクを辿る。
さほど高くも気取った店でもなく、多国籍料理を大皿で、という雰囲気だ。
逸が食べたいと言ったのも豪快なシュラスコである。
「美味そうじゃないですか?ご飯ものもいっぱいあるし。パエリアとかガパオとか。こういうのって俺作ったことないし」
「まあなあ……」
酒や一品料理の品揃えも豊富で敬吾も行ってみたいとは思う、のだが。
この機会でいいのだろうか。
こういった気軽な店ならば、今までにも何度か二人で出掛けたことはある。
「いいのか?そんなんで」
敬吾が拍子抜けしたように眉根を寄せると、逸は嬉しげに破顔した。
「いいですよ!やったー」
にこにこと携帯を受け取り、アクセスの確認しておきますねーなどと言いつつ逸は上機嫌である。
敬吾はやはり不思議そうに瞬きしていた。
(いーのかほんとに…………)
やはり何か、他にプレゼントでも用意しておくべきだろうか。
逸の喜びようが、あまりに殊勝すぎる気がした。
「──敬吾さん」
人混み、と言う程ではないもののそれなりに個を紛れさせている駅前の人波の中から、逸はかなりの距離を隔てて敬吾に気づき手を上げた。
敬吾もそれに手を上げ返したものの、その嬉しげな表情が見えるようになったのはそれから随分歩いてからのこと。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
面映そうな微笑は、本当は抱きしめたいのだろうな──と敬吾に思わせるほどときめきに満ちている。
何をされたでもないのに照れてしまいそうで、敬吾は俯きここは外だ、と気合を入れ直した。
それが伝わってきて、逸はくすりと笑ってしまう。
「行きますか」
「ん」
──目的の店は、
────遠かった。
「あ、見えましたよー!」
「いやもう県境だろこれ!」
「遠いって言ったでしょ?」
「ここまでとは思わねーよ普通……」
二つ三つ先の地区だの隣の隣の町だの、そういった話ではなくバスを降りたそこはもはや山であった。
一応国道ではあるらしい、生え初めの夏草にガードレールが隠れてしまっている道を少し戻って交差点を曲がる。
車が一台通れるかどうか、という童話のような小径の先に僻地らしい広大な駐車場が開けた。
ロッジハウス調の店内もやはり広い。
いつの間にか半歩先に立っていた逸の少し後ろで敬吾は何くれなく気軽な雰囲気の店内を眺めた。
小柄な女性が迎え出て、朗らかにお決まりのやり取りをしている。
「お席、店内とお外ございますよ」
「え!じゃあ外で!」
「えっ!?」
敬吾が驚いて向き直った頃には二人は歩き出しており、逸が振り返って手招きをしていた。
「男二人で外かよお前……」
「むしろ女の子いたらまだ外は無理ですよー」
「そりゃそうだけど」
案内されたウッドデッキもやはり広い。
テーブルにキャンドルなど灯されてしまい、敬吾はげんなりと肘をついたが逸は爆笑していた。
「これはあれですね、SNS映え?」
「どっちもやってねえだろー」
が、人目にはそう思われていたほうが楽ではあるか。
メニューを見ながらそう思い、ふと逸の顔を見上げて敬吾は息を呑んだ。
さっきまで馬鹿笑いしていた逸が真っ直ぐに敬吾を見つめ、微笑んでいる。
「なんっ、……なんだよ……」
「あ、ごめんなさい」
──そういう目を、外でするな。
頬が熱い気がしたが揺らぐ灯りがごまかしてくれている気がして、敬吾はグラスに入った蝋燭に感謝した。
「お待たせしました、サングリアとコーラですねー、こちら生ハムとチーズ盛り合わせ、コブサラダでーす」
「ありがとうございますー、うまそー!」
極彩色の料理に顔を綻ばせながら逸が大きなグラスを上げる。
敬吾も同じく杯を持ち上げ軽く当てると、小さく「えーと」と口を開いた。
逸が首を捻る。
「……………誕生日おめでとう………?」
「……えへへ、ありがとうございます」
「過ぎてるけどな…………」
心底嬉しそうに笑う逸を直視できずに敬吾は視線を逃した。
それがまた逸の口元を緩ませる。
「敬吾さんのそれなんですか?」
「ワインに果物浸けたやつ」
「へー、うまそう」
「まあ甘くてジュースっぽいけど」
「へー…………」
「……ひとくち!」
「絶っっっ対ダメ。」
「お待たせしましたー、生春巻きです。そのフルーツ、アイスと一緒に召し上がってもおいしいですよ」
「あー、美味そう!」
「お前はダメだっつーの!」
「うふふ、シュラスコすぐ来ますからねー」
逸の満面の笑みと女性の微笑ましげな表情が敬吾には眩しすぎて剣呑だ。
必要以上に乱暴に、生春巻きにかぶり付く。
「んっうまっ」
「サラダもうまいっすねー、こういう謎のドレッシングが俺には作れない…………」
不本意そうではあるが感激しているらしい逸の瞳が更に見開かれてぱちくりと瞬くので、敬吾もその視線を追った。
──ワゴンでごろごろと運ばれてくる。
巨大な肉が。
「すげっ!」
「お待たせしましたー!」
運んで来たのは頭にタオルを巻いた大柄な男性で、迫力と景気の良さがいや増した。
「ちょ……っとこれはほんとに写真撮っていいですか!」
「いいよー、男前に撮ってねー」
「いやお兄さんは……いや、はい」
「お客さんひどいなぁ」
とりあえず逸は、肉切りナイフを構える男性を一枚だけ撮影したらしい。
「どんくらい行きましょ?」
「山で!」
「山で!承りましたー」
肉の山を築き上げた後、逸とサムズアップを交わして店員はワゴンを引いていき、敬吾は別の人種を見ている気持ちになっていた。逸も含め。
が、肉はやはり文句無く旨い。
「うまー。幸せ!」
「ぶふっ」
逸が余りに幸せそうに言うので敬吾はしばし咽てしまった。
「そんな笑いますー?」
「お前……ほんとに犬みてえだな!」
「だって嬉しいんですもんー」
困ったような逸の笑顔が直視できない。
本当に今日、逸はだだ漏れだ。
嬉しいだの、美味しいだの愛しいだのなんだのかんだの──
「敬吾さん?」
「えっ、ん?」
「大丈夫ですか?」
「うん……」
敬吾が空咳をする。
柄にもなく、嬉しくなってしまっているだけだ──。
逸は首をひねり、間を繋ぐようにメニューを開いた。
不思議そうではあるがやはり、幸せそうだった。
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