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もなか

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酔いどれ狼 8

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「あーー………、もう……………」



空き缶でも蹴飛ばすような投げやりな気持ちで、敬吾はただそう呻いたきりまた黙った。

激しい痙攣がやっと止まった体はすっかり弛緩して、腹から胸から自らの精液に濡れている。

目には左腕が乗せられていて表情が読めないが、壮絶なほどの快感に曝されたらしい体はただそこにあるだけで美しかった。

食い入るように逸がそれに魅入っているかなり長い間、敬吾は呼吸以外の何もしない。
やっと金縛りの解けた逸が汚れたその胸に口付けても、気怠そうにピクリと肩を揺らしただけだった。

「敬吾さん綺麗、ほんとに綺麗………………」
「…………………」

敬吾が自分でも信じられないほど多く出たそれを逸は舐め取っているらしい。
その舌の這う感触に、やっと敬吾は心肺以外の部分を動かした。きつくきつく眉根が寄る。

(変態………)

敬吾にどう思われているかなど知る由もなく、逸はきれいに浚いきってしまった。
そのまま敬吾の上に重なり、両手を掴まえて指を絡める。
敬吾は久しぶりに、本当に久方ぶりに人心地ついた気がした。
ついさっきまでは気が触れてしまいそうなほど身も心も張り詰めきっていたのだ。

首すじを優しく舐められ、とろりと瞼が落ちる。
逸はそのままキスだけを繰り返した。
敬吾が細く零す声に、逸は「今度は優しくしますね」と宣う。

怒るでも驚くでもなく、敬吾はただ呆れたように眉を下げた。

「……まだ……、する気、かよ」

掠れきった敬吾の声に逸が苦笑する。

「すみません、意地悪しちゃって…………」
「………………」
「慰めさせて下さい──」

優しい声と口づけに、敬吾はもう受諾も拒絶も出来なくなっていた。
ただぼろ切れのように疲れた体を、這う唇に癒やされていく。

その心地よさに浸ることしか、できなかった。







「………………ん」


まだ薄灰色い日差しに目を覚まし、敬吾が気だるく顔を擦りながら寝返りを打つ。
その枕元には、それはそれは小さく縮こまった逸がちんまりと正座していた。

「お、はようございます」
「……………………」
「申し訳ございませんでした………………」
「……………………」

鼠径に手を揃え、背筋を伸ばしたまま逸が見事な座礼を披露する。

敬吾はぼんやりとそれを見上げつつ、未だ顔を撫でながら考えていた。

────なんだっけ。

それにしてもこのつむじと背筋の角度は前にもどこかで見たような。

とろとろと考えているうち、あくびが上がってくる。
敬吾の長閑な大あくびを見ながら、逸はそろりと上げた頭を傾げた。

「……敬吾さん?」
「んーーー……?」
「えっと………」

──もしや覚えていないのだろうか。

今度は猫のように伸びをしている敬吾は、怒っているどころかごくごく平和な顔をしている。

が、一応敬吾も考えていた。
とはいえ昨夜は、ただただ優しく抱かれた覚えしかない──それもまた何度も何度も。

それがもう本当に、蕩けそうなほど甘くて擽ったくて、その照れくささにだけ目を瞑れば春の日差しのように気持ちが良くて。

長い長い日向ぼっこをしたような感覚しか──残っていない。

また大きく伸びをして、やっと目が覚めたらしく起き出しながら首を擦った。

逸はひやひやとそれを見守っている。

「……んん、まあねちっこかったなぁ……」
「……………………」

酔っ払いのようなだみ声でそう唸る敬吾は、本心そう思っているらしかった。
逸は未だ亀のように首を縮め、瞬きながら妙にむさくるしくなってしまっている敬吾を見る。

(俺の記憶の方がおかしくなってんのかなこれ………)

なんだか本当にそうなのかもしれないという気がしてきた。

──まあ、嫌われていなければなんでも良いか。

少々卑怯にもそう考えることにして、逸は内心謝りつつ敬吾の額にキスをした。
敬吾は眠気の交じった訝しそうな顔をしている。

逸が申し訳無さそうな苦笑を返した時、どこかで逸の携帯が着信を告げた。

なぜか台所に落ちていたそれを取ると、見知らぬ番号。
怪訝には思いながらも通話にすると、顔を洗いに立った敬吾がその後ろをよろよろと歩いていった。

「はい?」
『──ああ、岩井くん?おはよっすーーー』

こちらの喉が痛くなりそうなほど掠れた低いその声に聞き覚えはなかった。
しかし自分の名前を知っているらしい相手に、逸は必死に記憶を辿る。

その空気を察してか、電話の向こうで笑い声がした後その人物は『後藤ですけど』と名乗った。

「……………え、そんな声でしたっけ?」
『ちょっと飲みすぎたねえ』

からからと笑う後藤に、そういえば煙草も吸っていたからな──と大した感慨もなく考えた後、逸がはたと気づく。

「っつーかなんで俺の番号知ってんすか」
『昨日交換したじゃん』
「えっ」

本当だろうか。
だとしたら、やはり自分の記憶の方がおかしいのか。
その辺りで、洗面所から敬吾が出てくる。
気軽な様子で、何事だと考えているらしかった。

『どーだった?ガオったー?』
「なんすかそれ」
『二日酔いとかしてない?』
「ああ、それは全然……」
『んじゃまた出てこね?飲もうぜー』
「えっ、もしかして昨夜っからずっと飲んでんすか!!」
『そっすよー』

やはり後藤は笑っているが、逸はぽかりと口を開ける。

「馬鹿じゃねーの!」
『あっはっはっ!岩井くん若ぇのに!!』
「行きませんよ!俺今日バイトだし!」
『あぁ、そーなんだ』

けろりと了承し、ならまた今度飲みに行こうと気軽に後藤が言う。

逸は昨夜のことをまた思い返していた。

あれは結局、夢だったのか現だったのか………………

「……………行きません。」
『えー』

それを本気で取ったのかどうか分からないが、後藤はまたねなどと言いつつ通話を切った。

逸が妙にくたびれたため息をつく。

「あいつまだ飲んでんの?」
「そうみたいですよ」
「アホだな」
「ね」

水を飲みながら事も無げに言う敬吾が微笑ましくて髪を撫でると、敬吾は眠たげな表情を崩しもせずに口を開いた。



「お前も行けばいいじゃんまた」
「敬吾さんまで……」
「なんか大丈夫そうだし、って言うか大丈夫になってくれ」
「……大変なのは敬吾さんなんですけど。」
「?」
「なんでもないです」













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