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後藤の躊躇 4

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屋外に追い出されてしまっている喫煙スペースで煙草をふかしながら、後藤は逸の言葉をぼんやりと思い返していた。

少しやり返してやろうと思っていたのに──

(返り討ちにされちゃったよ)

──恐らく対峙すらできていなかった。

改めて溜め息をつき、短くなった煙草を消す。
時計を確認し、店内で待っていようかとドアノブに手を掛けたところで、控えめな待ち人の声が後藤を呼んだ。

「──ん、お疲れ。入るか」
「う、うん」








「ただいまですーー、まーた後藤さんと会っちゃいました……」
「ああ、俺も柳田さんと会った。偶然」
「えっ、どこでですか?」
「それが店。まさかの問屋さん」
「えっ!!?」
「ちょっと寄っただけだったけどな。マジで社会人でびっくりした」
「へーーー……!」

とんだ偶然もあったものだ。

やっと衝撃から立ち直って敬吾の隣に腰を下ろすと、後藤の顔を思い出して逸が苦笑する。

「期限付けられたらしいですよ後藤さん。振るなら振るでもいいからはっきりしてくれって」
「あはは!すげえな柳田さん」
「いや後藤さんがうじうじし過ぎなんですって!そんなキャラなんですか?あの人」
「うじうじ?」

きょとんとした敬吾の顔が可愛らしくて逸が髪を撫でるが、思索に入ってしまっている敬吾は気にも止めなかった。

「……どういうこと?」

が、分からなかったらしい。

「なんか、柳田さんがいい子過ぎてどうしたらいいか分かんないんですって。今までどんだけ爛れてたんですかあの人」
「……ああ、まあ俺が知ってる限りは確かに」
「爛れてた?」
「と言うか………うーん……」

いわゆる恋愛とは程遠かった。

「ああ、なんか聞いた気がする………」
「?」

頭痛でも慰めるように額を擦って顔をしかめる敬吾を、それに集中しているのを良いことに逸は凝視していた。

「──なんだっけなあ」

あまり思い出したくない気がするがどうしても気になって、敬吾は重い記憶の糸車を巻き戻す。
きつく歪に重ねられたそれは、ごろりごろりと気味の悪い動きで回った。


──代わりだよ、代わり。


「あ……、」

あの、深いが重たい、自嘲気味な声。



──お前には半端に手ぇ付けらんねえと思ってたから────



トランプタワーでも崩してしまったように間抜けな声で呻く敬吾を、逸は不思議そうに瞬きながら眺めていた。

「敬吾さん??」
「……や、なんでもないっす……」

思い出さなければ良かった。
が、もう仕方がない……それに過ぎたことだ。

またあの鬱屈した、一方では実直な吐露をまともに食らった気分になって頭を振り、ぎゅっと目を瞑って仕切り直す。

「えーっと、なんだっけ。柳田さんがいい人過ぎてダメだって?」
「そうみたいです」
「へえ……」

──また敬吾は頭が痛む思いがする。
頭の中がごちゃついていて整理できず、単純なことなのに足場が悪いせいで筋道立てられないような──

「……つってもあいつ、真面目そーーな子とかにも普通に手ぇ出して捨てるとかしてたぞ……」
「……………。マジですか」
「いや、俺も外野だから実際のとこまでは知らないんだけどさ。………………」

またうんうん唸りつつ拳を額に当てている敬吾を、逸は録画でもするように微動だにせず微笑ましげに見つめていた。

その被写体の瞳が、夢から覚めたようにぱちりと見開かれる。


「────あれ?」
「はい?」
「……………あいつもしかして柳田さんのこと好きじゃねえ!?」
「ぶはっ!」
「え!?違うの!!?」

昨日解けなかったなぞなぞをまさに今解いたばかりの子供のような、輝かしい表情の敬吾に逸は爆笑していた。
大概のことは余裕を持った表情で受け流してしまう敬吾のこんな反応はまさに稀有で、天井なしに愛らしい。可愛らしい。が。
それ以上に面白い。

「敬吾さんっ……!成長しましたねぇー……!!」
「……………。馬鹿にしてんのかお前…………」
「あぁ……もう俺、セバスチャンみたいな気分です……はぁー苦しい、もうダメだ……」

良く出来ましたお坊っちゃま、とでも言いたげに頭を撫でくるじいやの手を、敬吾は腹立たしげに払い落としていた。

「敬吾さんはどう思います?」
「あぁ?」
「後藤さん、どうするのか」
「……………………」

小さく唸って、敬吾は難しそうに斜め下を見た。

「………………どうなんだろうなあ」

粛々とした表情になる敬吾の言葉を、逸は心の中を空にして待つ。

「──難しいな。適当なことは出来ないって言ってるんだろ。あいつは」
「そういうことですよね」

本人がそう思っているかは別として、傍目から見るに後藤の躊躇は誠実さから来ているように感じられる。

感情論を抜きにすれば滞りなく正確に事態を把握し始める敬吾を、逸はじっと見つめていた。

「俺はいいと思うんだけど。まあこれからも絶っ対どうっしてもフラフラ遊んでたいっつーならあれだけど、別にそう思ってるわけでもないんだろ」
「んー、……まあ、その程度がちょうどいいとは言ってましたけどね」
「うん……、それがな………」
「?」

更に教師じみる敬吾の顔を不思議そうに眺め、逸は力を抜かせるようにその肩を撫でてやる。
敬吾は知らぬ間にほっと息を逃した。

「卑屈になりすぎてんじゃねえのか、あいつ。まあ高校ん時は実際ろくでもなかったけどさ」
「…………………」
「柳田さんがいいんならそこは別にもういいよな」

怒っているような、しかし気遣わしげな表情を浮かべる敬吾を逸がそっと抱き寄せる。
確かめるようにゆっくり抱き締められながら、敬吾はやや不思議そうな顔をした。

「……柳田さん、知ってるんですかね?そのへん」
「ん?うん……まあ、その後藤に助けられたって時も大概な暴力沙汰だったみたいだし」
「えっ」

驚いたように腕を解いて敬吾と顔を見合わせ、逸はしばし黙ってそうしている。

「……そうだったんですか?」
「らしいぞ」
「一体何したんすかね」
「やなぎだ は くちを つぐんだ」
「こわっ!!」













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