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あの日の報想 2
しおりを挟む「おう、お帰り」
ごく当たり前に出迎えた敬吾を目にするなり、逸はびたんと音がするほど背後のドアにひっつき、天変地異でも目の当たりにしたかのような顔をした。
目も口もぱっくりと開け、驚きの余り僅かに膝を落とし、いっそ恐ろしい化物でも見るように敬吾を見つめている。
「……?どうした?」
何をそんなに驚いているのか。
後藤といたのだと知らなければ、何か後ろめたいことでもしてきたのかと勘ぐってしまうような狼狽ぶりだ。
「どう……したって………」
声もまた、期待を裏切らない震えぶり。
「……なんでうちに敬吾さんがいるんすか……………?」
「はあ?」
全く我に返る様子のない逸に、敬吾もいよいよ心配になってくる。
確かにここは逸の部屋だが、合鍵は家主本人から手渡されたものだし無断で使って責められる謂れなど無い。
特に今日は、酔っ払っているであろう逸の世話のために来ているのだ──
(……あ)
そういえば逸は酔っているはずなのだった。
思いがけない体たらくにすっかり忘れてしまっていたが、本来はそちらを心配してしかるべきなのだった。
それを忘れてしまうほど逸の驚きぶりは激しく、逆に酔った様子はほとんどない。
(あ……………?)
──もしかして。
ちらりと脳裏に閃いた可能性に眉根を寄せ、敬吾はまじまじと、未だ「吃驚」の貼り付いた逸の顔を眺めた。
「後藤は?」
「たまに飲みに誘われます」
「俺の姉貴は?」
「可愛がってもらってます……」
「じゃあ俺は?」
「また言うんすか………」
蚊の鳴くような声で「片想いしてます」と続いた問答は、これでかれこれ三度目だった。
そして、敬吾が「なんでそうなる」と言ったのも三度目。
「ほんっとにわけ分かんねー酔い方すんなあお前は」
「なにがですかぁー……」
風呂に入って一眠りすれば元に戻るのだろうか。
泡食って後藤に確認したところによると頭を打っただとかそういうことではないらしいから、敬吾も呑気に腰を下ろす。
敬吾との関係をきれいさっぱり忘れてしまっているらしい逸は、敬吾が至近距離にいるというその──今の逸にとっては二度目の──天変地異に、ぎょっとしたように身を引いた。
「なんだよ」
「なんだよって!敬吾さんこそなんですか!?よく俺の隣っ…………」
「あぁ」
それもそうか。
当時敬吾が自ら逸に近付こうとするなどありえないことだった。
敬吾は納得しながらも、面白おかしいことになっている隣の男をまじまじ見つめる。
どう見ても嬉しそうだ、口元はにやける寸前だし頬は御しようもなく赤らんでいる。
眉根だけは厳格たろうとするように、敬吾を諌めるように皺を立てているが残念ながら相殺すらできていない。
「隣に座ったらダメなの?」
「だ……!だめっつーか……!!!」
「なに」
「き、嫌いでしょ敬吾さんおれのこと………」
「嫌いじゃねえよ」
「そ、そうですか、どうも……」
「好きだよ?」
「ンーーー!!!!!?」
──その逸を見るのは、敬吾にとってはこの上ない娯楽だった。
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