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あの日の報想 11
しおりを挟む「……大丈夫か?」
「──はい…………」
とろとろと頬に髪にと撫でられ、感激する暇もなく逸はその手にすり寄る。
意識が飛びそうだ。
「なんだ結局眠ぃの?」
「や……、眠いっていうかもう、死にそうです、」
「………………」
自分を撫でてくれている敬吾の火照った頬を逸も撫でる。
こんな風に触れられる日が来るとは。
それどころか肌を重ね、敬吾の中に欲望を吐き出して。
──その快感と、多幸感。
逸の脳みその処理能力を優に超えていた。
「夢にもほどがあるっていうか………」
「ふはっ」
敬吾は笑うが、困ったような切な気な逸の表情はそれほど緩まなかった。
「チューする夢すら見たことねーのに」
──そうなのか。
ずいぶんとプラトニックな男だったらしいと敬吾が瞬いていると逸が破顔する。
「俺の願望やべえな」
「………………」
前言撤回である。
敬吾がさっと呆れた半眼になったことにも気付かないようで、逸はまだ笑っていた。
「妄想なら腐るほどしましたけどねーーー」
「あーそう…………」
まあそうだろうな。
呆れて──と言うよりも納得して敬吾がぺしぺしと逸の頭を叩くと、また逸は苦笑する。
「でも全然………」
「うん?」
「………………」
逸は二の句を継がなかった。
──継がずに切なく笑ったまま、敬吾の頬を撫でていた。
「敬吾さん………」
「え、はい」
「──触ってもいい?」
「へ、はい……、どうぞ………?」
敬吾も思わず畏まってしまうほど、逸の物腰は静かで柔らかくなっていた。
その不可思議さに敬吾の頭は必死で似たものを、形容できる何かを探そうとする。
「んっ、」
胸を撫でるその手もやはり優しく、先程までの逸とは程遠くて、困惑するわ思考は散るわ──
「ん………っちょっ、くすぐったい………」
「敬吾さん………」
──ああ、そうだ。
この慇懃さと現実味の無さ。
(執事みてえ……………)
敬うように崇めるように丁寧に触れるその優しさと、くだけた生活感の無さはまさにそれだった。
「あ………っん、んー……、」
──あまりに気遣わしげな触れ方は、強くされるよりも響く。本当に奉仕を施す身のようだ。
そうでなければ────
(あ……………、)
──いつもの逸だ。
「ま………待て、なあ………」
「うん………?」
「お、お前もしかして戻ってる?」
「ん……………?」
敬吾の首から胸、腹へと丁寧に唇を落とし、奉仕のように舐めながら逸はその愛撫で背中を目指している。
ゆるゆると裏返されながら敬吾が問いかけても、没頭していて返事は虚ろだ。
「き、聞けって………っア、………!」
「敬吾さん………」
「なあっ、」
柔らかくて丹念に這う舌先も、愛おしむようなキスも敬吾はよく知っていた。
あまりに肌に馴染んでいて、それをしているのが今の逸だと思うと混乱してしまうほど。
思い出しているのだろうか、だとしたら、だとしたら恥ずかしすぎて、少し体裁を整えたい──
「なあっ!」
「──ずっと」
「うん!?」
「ずっと、こういう風にしたいって思ってたんです」
「────?」
──泣いているのかと思うような逸の声に、敬吾が恐る恐る振り返る。
その頬を掬い取るように撫でた逸の顔は、声と同じく切なかった。
「もし……敬吾さんとセックスできるなら、絶対優しくするって思ってた。いっぱい甘やかして……敬吾さんも力抜いてくれて。両想いみたいに」
「──────」
「──だから一回だけ抱かせてくれないかなって、ずっと…………」
──開きかけた敬吾の唇を、それと知らずに逸が撫でて封じてしまう。
「ほんと夢みたいだ………………」
──本当に、泣いてしまうのではないか。
滲んでいく逸の声の余韻が切なくて敬吾がその口元を撫でると、控えめに微笑んだ唇が降ってきた。
柔らかく食み合う長くて優しいキスが終わると、その長かった切望を慰めようとしてか逸はまた優しく敬吾の腰に腕を回した。
背中を逸に温められ、柔らかく回された手に胸を擽られて、堪えようという気も起きずに甘く声が漏れる。
──本当に、いつも通りだ。
(こいつ……最初から……)
今の今まで変わらずに、それどころか時にはもっと優しく熱く、自分を抱くのか。
(もーー………)
胸に迫る感慨を吐き出せずに、敬吾は目の前の枕を抱き締める。
──もう、戻れよ。そんな悲しい顔をしていないで。
早く、こんな「ごっこ」ではないセックスがしたい。
早く、早く早く早く──────
「あ………?」
「…………ん?」
硬く凍ったような逸の声に、敬吾が滲んだ視界を振ると。
その声同様、逸の顔は凍りついて体も彫刻さながら硬直していた。
「…………?なに……」
「……………」
固いままの──いや恐ろしいままの逸の顔が、目玉だけをするりと動かして敬吾を見る。
「……………これ」
「…………?」
つ、と逸の人差し指が敬吾の腰を撫でる。
先程までとは全く違う、本当に石膏か何かのような硬くて冷たい指だった。
その指が示すのは、ちょうど骨盤の右上あたり──
「あ…………!!?」
──なんとなく、ほんのりと覚えがあった。
「ち、違うそれ、」
「……女の子こんなとこに付けます?」
「違うって、だから!」
逸の顔が見る見る嫉妬に燃えていく。
「……………男?」
「ちょっ────」
ぎらりと敬吾を見た目はもう、良くて悪魔だった。
「…………だから慣れてんの………?」
「おめーーーーーーだよばか!!!!!!」
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