こっち向いてください

もなか

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寸志の快感 8

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弾かれたように逸が膝を立て、敬吾の肩を掴む。

「どういう意味ですかそれっ──」
「知らねーよそんなこと!」

敬吾はそう言うが、当然ながら隼の言わんとするところは「現状満足しているのか?」である。

「なんで敬吾さんそんなにあいつの言うこと重視すんの?敬吾さんがその場で駄目だって言えばいい話じゃないですか」
「言ったよ!言ったけど……つーか、お前にも一言言ってやりたかっただけだからこれ!!」
「うっ、……すみません」

それはそうか。
敬吾の八つ当たりなら、いくらでも受ける心づもりではあるが。

「──でもじゃあ、そんな気全然無いのは分かってくれてます?よね?」
「………」
「敬吾さん」
「……そ、それは……、そうは思うけど、実際のとこは俺は分かんないだろ」

秤に掛けられる側なのだから。
そして、さまざまに話を聞かされたのだから。

斜め下に視線を逃がす敬吾の顔を痛々しく見つめ、ゆっくりと強く抱き寄せて逸は小さくため息をつく。

「……敬吾さんって、なんで時々そんなバカになんの?……」

呆れていると言うよりはなにか気の毒なものでも見たような逸の声音に、敬吾はやや居た堪れなくなる。

「……俺の中で敬吾さんは、合うとか合わないとかのレベルじゃないのに……」
「………………」
「──でも相性の良い悪いで言えっつったらもちろん良いんですよ?そうじゃなくて……」

困っているような、だが浸りきっているような静かで深い逸の声に、敬吾は口を挟めずにいた。

「好き過ぎる、なんかもう……気持ちが凄くて、充実感っていうか何ていうか」

「そりゃ性欲弱いとは言わないですけど。でも好きだから抱きたいって思うの敬吾さんだからです……前にも俺言いませんでしたっけ、敬吾さんだけ」

力強く敬吾を抱きしめるものの声音はやや張りなく、だが熱く耳元で言い含められて敬吾は呻いた。

その幽かな声が逸を力づける。

「毎日でもしたいし、出しても萎えなくて敬吾さんよく呆れてるじゃないですか」
「──っ」
「……そのまま抜かないでしたこともあるでしょ?誰にでもそうだったら頭おかしくないですか俺」

色気の滲み出した逸の声に息が詰まる。
それが悔しくて敬吾は苦し紛れに口を開いた。

「っ頭おかしいだろ、お前は……」
「──あはは!……敬吾さんにはね」
「………………」
「……敬吾さんにだけです」
「………………」
「お願いだから、分かって下さいよ……」

──それは、分かっていないわけではない。

逸に抱き締められたまま敬吾がむっと表情を歪めると、逸の吐息がふと温度を上げる。

「……敬吾さん、好きです」
「──!? な、にいきなり」
「好きです、大好き……」

この部屋に入る前心に留めていたことを、今逸は実行しようとしていた。

「……ちゃんと伝わってます?」
「わ、分かってるよ」
「本当に?」
「しつけえな!もーー………」

鬱陶しがられるのも、照れ隠しと呆れが混じったようなその声も、想像していたものとぴたりと重なる。

そうして──


「……証明させてください」
「……………は」
「俺がどれだけ敬吾さんのこと好きか」
「──え?いや、」
「あいつが何言ったか知らないですけど、こんな風になったことないですから俺……」
「──────」

──また。

「──でも」
「うん?」
「いや……」

肯定したくないだけの気持ちが声に出て、その先何を言えば良いのか分からず敬吾は口籠る。

その胸中まで今の逸は読み切れないのか、拗ねているように見える敬吾を甘やかすように抱き寄せ撫でていた。
その手はいつもならば──いや、今もそれなりには──好きなのだが、どうも「あいつ」の影がちらつくと、ただこのまま逸の陳情を受け入れる気にはなれない。

(……「そいつ」を──)

──敬吾が慌てて思考回路を遮断する。
砂に書いた気恥ずかしい台詞でも掻き消すように、乱暴に。

(何考えてんだ俺……!!)

──こんな子供じみた、馬鹿馬鹿しい、どうしようもない、らしくもない、くだらない情けない浅はかな身勝手な──

「………………っ」
「──敬吾さん?」

自分が小さく首を振ったことに敬吾は気づいていなかった。

「──な」

なんでもない。
いつもなら息を吸うように言ってしまうその言葉が躓いた。
──文字通り息が詰まって、苦しい。

出て行きたがる「なんでもない」を、唇の際で誰かが引き止めているようだった。
それが誰かも、どんな言葉なら呼吸と一緒に通してくれるのかも、分かっている。

分かっているが──

(くそ……)

──苦しい。

酸素が欲しい。
言いたいのではない、呼吸がしたいのだ。

(──言うから)

前置きくらいさせてくれ。

呼吸を人質に取られ、それを理由にした挙げ句、まずは言い訳のためという情けなさで敬吾はようよう口を割ろうとしていた。







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