302 / 345
寸志の快感 8
しおりを挟む
弾かれたように逸が膝を立て、敬吾の肩を掴む。
「どういう意味ですかそれっ──」
「知らねーよそんなこと!」
敬吾はそう言うが、当然ながら隼の言わんとするところは「現状満足しているのか?」である。
「なんで敬吾さんそんなにあいつの言うこと重視すんの?敬吾さんがその場で駄目だって言えばいい話じゃないですか」
「言ったよ!言ったけど……つーか、お前にも一言言ってやりたかっただけだからこれ!!」
「うっ、……すみません」
それはそうか。
敬吾の八つ当たりなら、いくらでも受ける心づもりではあるが。
「──でもじゃあ、そんな気全然無いのは分かってくれてます?よね?」
「………」
「敬吾さん」
「……そ、それは……、そうは思うけど、実際のとこは俺は分かんないだろ」
秤に掛けられる側なのだから。
そして、さまざまに話を聞かされたのだから。
斜め下に視線を逃がす敬吾の顔を痛々しく見つめ、ゆっくりと強く抱き寄せて逸は小さくため息をつく。
「……敬吾さんって、なんで時々そんなバカになんの?……」
呆れていると言うよりはなにか気の毒なものでも見たような逸の声音に、敬吾はやや居た堪れなくなる。
「……俺の中で敬吾さんは、合うとか合わないとかのレベルじゃないのに……」
「………………」
「──でも相性の良い悪いで言えっつったらもちろん良いんですよ?そうじゃなくて……」
困っているような、だが浸りきっているような静かで深い逸の声に、敬吾は口を挟めずにいた。
「好き過ぎる、なんかもう……気持ちが凄くて、充実感っていうか何ていうか」
「そりゃ性欲弱いとは言わないですけど。でも好きだから抱きたいって思うの敬吾さんだからです……前にも俺言いませんでしたっけ、敬吾さんだけ」
力強く敬吾を抱きしめるものの声音はやや張りなく、だが熱く耳元で言い含められて敬吾は呻いた。
その幽かな声が逸を力づける。
「毎日でもしたいし、出しても萎えなくて敬吾さんよく呆れてるじゃないですか」
「──っ」
「……そのまま抜かないでしたこともあるでしょ?誰にでもそうだったら頭おかしくないですか俺」
色気の滲み出した逸の声に息が詰まる。
それが悔しくて敬吾は苦し紛れに口を開いた。
「っ頭おかしいだろ、お前は……」
「──あはは!……敬吾さんにはね」
「………………」
「……敬吾さんにだけです」
「………………」
「お願いだから、分かって下さいよ……」
──それは、分かっていないわけではない。
逸に抱き締められたまま敬吾がむっと表情を歪めると、逸の吐息がふと温度を上げる。
「……敬吾さん、好きです」
「──!? な、にいきなり」
「好きです、大好き……」
この部屋に入る前心に留めていたことを、今逸は実行しようとしていた。
「……ちゃんと伝わってます?」
「わ、分かってるよ」
「本当に?」
「しつけえな!もーー………」
鬱陶しがられるのも、照れ隠しと呆れが混じったようなその声も、想像していたものとぴたりと重なる。
そうして──
「……証明させてください」
「……………は」
「俺がどれだけ敬吾さんのこと好きか」
「──え?いや、」
「あいつが何言ったか知らないですけど、こんな風になったことないですから俺……」
「──────」
──また。
「──でも」
「うん?」
「いや……」
肯定したくないだけの気持ちが声に出て、その先何を言えば良いのか分からず敬吾は口籠る。
その胸中まで今の逸は読み切れないのか、拗ねているように見える敬吾を甘やかすように抱き寄せ撫でていた。
その手はいつもならば──いや、今もそれなりには──好きなのだが、どうも「あいつ」の影がちらつくと、ただこのまま逸の陳情を受け入れる気にはなれない。
(……「そいつ」を──)
──敬吾が慌てて思考回路を遮断する。
砂に書いた気恥ずかしい台詞でも掻き消すように、乱暴に。
(何考えてんだ俺……!!)
──こんな子供じみた、馬鹿馬鹿しい、どうしようもない、らしくもない、くだらない情けない浅はかな身勝手な──
「………………っ」
「──敬吾さん?」
自分が小さく首を振ったことに敬吾は気づいていなかった。
「──な」
なんでもない。
いつもなら息を吸うように言ってしまうその言葉が躓いた。
──文字通り息が詰まって、苦しい。
出て行きたがる「なんでもない」を、唇の際で誰かが引き止めているようだった。
それが誰かも、どんな言葉なら呼吸と一緒に通してくれるのかも、分かっている。
分かっているが──
(くそ……)
──苦しい。
酸素が欲しい。
言いたいのではない、呼吸がしたいのだ。
(──言うから)
前置きくらいさせてくれ。
呼吸を人質に取られ、それを理由にした挙げ句、まずは言い訳のためという情けなさで敬吾はようよう口を割ろうとしていた。
「どういう意味ですかそれっ──」
「知らねーよそんなこと!」
敬吾はそう言うが、当然ながら隼の言わんとするところは「現状満足しているのか?」である。
「なんで敬吾さんそんなにあいつの言うこと重視すんの?敬吾さんがその場で駄目だって言えばいい話じゃないですか」
「言ったよ!言ったけど……つーか、お前にも一言言ってやりたかっただけだからこれ!!」
「うっ、……すみません」
それはそうか。
敬吾の八つ当たりなら、いくらでも受ける心づもりではあるが。
「──でもじゃあ、そんな気全然無いのは分かってくれてます?よね?」
「………」
「敬吾さん」
「……そ、それは……、そうは思うけど、実際のとこは俺は分かんないだろ」
秤に掛けられる側なのだから。
そして、さまざまに話を聞かされたのだから。
斜め下に視線を逃がす敬吾の顔を痛々しく見つめ、ゆっくりと強く抱き寄せて逸は小さくため息をつく。
「……敬吾さんって、なんで時々そんなバカになんの?……」
呆れていると言うよりはなにか気の毒なものでも見たような逸の声音に、敬吾はやや居た堪れなくなる。
「……俺の中で敬吾さんは、合うとか合わないとかのレベルじゃないのに……」
「………………」
「──でも相性の良い悪いで言えっつったらもちろん良いんですよ?そうじゃなくて……」
困っているような、だが浸りきっているような静かで深い逸の声に、敬吾は口を挟めずにいた。
「好き過ぎる、なんかもう……気持ちが凄くて、充実感っていうか何ていうか」
「そりゃ性欲弱いとは言わないですけど。でも好きだから抱きたいって思うの敬吾さんだからです……前にも俺言いませんでしたっけ、敬吾さんだけ」
力強く敬吾を抱きしめるものの声音はやや張りなく、だが熱く耳元で言い含められて敬吾は呻いた。
その幽かな声が逸を力づける。
「毎日でもしたいし、出しても萎えなくて敬吾さんよく呆れてるじゃないですか」
「──っ」
「……そのまま抜かないでしたこともあるでしょ?誰にでもそうだったら頭おかしくないですか俺」
色気の滲み出した逸の声に息が詰まる。
それが悔しくて敬吾は苦し紛れに口を開いた。
「っ頭おかしいだろ、お前は……」
「──あはは!……敬吾さんにはね」
「………………」
「……敬吾さんにだけです」
「………………」
「お願いだから、分かって下さいよ……」
──それは、分かっていないわけではない。
逸に抱き締められたまま敬吾がむっと表情を歪めると、逸の吐息がふと温度を上げる。
「……敬吾さん、好きです」
「──!? な、にいきなり」
「好きです、大好き……」
この部屋に入る前心に留めていたことを、今逸は実行しようとしていた。
「……ちゃんと伝わってます?」
「わ、分かってるよ」
「本当に?」
「しつけえな!もーー………」
鬱陶しがられるのも、照れ隠しと呆れが混じったようなその声も、想像していたものとぴたりと重なる。
そうして──
「……証明させてください」
「……………は」
「俺がどれだけ敬吾さんのこと好きか」
「──え?いや、」
「あいつが何言ったか知らないですけど、こんな風になったことないですから俺……」
「──────」
──また。
「──でも」
「うん?」
「いや……」
肯定したくないだけの気持ちが声に出て、その先何を言えば良いのか分からず敬吾は口籠る。
その胸中まで今の逸は読み切れないのか、拗ねているように見える敬吾を甘やかすように抱き寄せ撫でていた。
その手はいつもならば──いや、今もそれなりには──好きなのだが、どうも「あいつ」の影がちらつくと、ただこのまま逸の陳情を受け入れる気にはなれない。
(……「そいつ」を──)
──敬吾が慌てて思考回路を遮断する。
砂に書いた気恥ずかしい台詞でも掻き消すように、乱暴に。
(何考えてんだ俺……!!)
──こんな子供じみた、馬鹿馬鹿しい、どうしようもない、らしくもない、くだらない情けない浅はかな身勝手な──
「………………っ」
「──敬吾さん?」
自分が小さく首を振ったことに敬吾は気づいていなかった。
「──な」
なんでもない。
いつもなら息を吸うように言ってしまうその言葉が躓いた。
──文字通り息が詰まって、苦しい。
出て行きたがる「なんでもない」を、唇の際で誰かが引き止めているようだった。
それが誰かも、どんな言葉なら呼吸と一緒に通してくれるのかも、分かっている。
分かっているが──
(くそ……)
──苦しい。
酸素が欲しい。
言いたいのではない、呼吸がしたいのだ。
(──言うから)
前置きくらいさせてくれ。
呼吸を人質に取られ、それを理由にした挙げ句、まずは言い訳のためという情けなさで敬吾はようよう口を割ろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる