グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

33 修復依頼~アメリアの絵本~

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  「そうね…まずはここに来るまでを話しますわ」

 老婦人は困った表情で話し始めた。

「家の庭先で壊れた絵本を取り出して眺めていたの。
 おばあちゃんの私が小さな頃から大事にしていた本よ。
 魔術が組み込まれた絵本だったのだけど、壊れて作動しなくなってしまったの。
 壊れたままだから以前のように読めなくて。
 でも、どうしてもまたこの本を読みたくて仕方なかった」

 老婦人は絵本を膝の上に置いて、優しく指先でなぞる。

「この絵本を直したかったのだけど、どこに持っていったらいいかわからなくて困っていたのよ。
 そしたら庭先に小さな妖精達がやってきて、悩んでいた私は妖精達に聞いたの。
 何処かに魔術書グリモワールを直してくれるところはないかしら?って、気づいたらこの場所にいたわ…」

「妖精達があなたのために、この場所に連れてきてくれたのでしょうね。
 この工房は妖精の案内がないと来れない場所にありますので」

「そうだったのね…。
 この絵本はここで直せるのかしら?」

 アメリアは心配そうにメルヒを見つめる。

「ええ、魔術書グリモワールの修復は僕の専門です。
 まずは状態を見てみましょう」

 大きく頷いたことでシャランと金縁眼鏡の鎖が揺れる。

「お願いしますわ」

 アメリアはメルヒに絵本を渡した。
 メルヒは絵本に触れで状態を確認する。
 私の目から見ても古い絵本である事が確認出来る。
 だか、本としての状態は悪くない。
 大切に扱っていたのだろう、パッと見ても損傷がみつからなかった。
 これなら問題ないのではと思ってしまう。

「この本は魔術書グリモワールとしての部分のみが壊れているようです。
 普通の絵本として利用は出来るようですが、それではダメなのですか?」

 アメリアは首を縦にふる。

「ええ、それではダメなのです」

 瞳に悲しみの色が浮かぶ。

「余程、思い入れのある術式が施されたもののようですねぇ」

「…はい」

 遠い記憶を遡るようにアメリアの瞳は虚空を見る。

「今はもう遠くへ逝ってしまった母の声がこの絵本から聞けるのです」

「お母様の声…」

 私は呟く。

「長くなってしまうけれど、聞いてくれるかしら?」

 メルヒと私は静かにうなずく。

「幼かった頃、看護師で家にいることが少ない母は私にこの絵本をくれました。
 幼い私が寂しくないようにこの本に声をいれていつでも声が聞けるようにしてくれたのです」

 光景を思い出して懐かしそうに目を細める。

「小さな私はそれでも不満でした。
 やはり本人に読んでもらうのが一番だからです。
 こんな偽物はいらないと、放り出した日もありました。
 そんなある日、母は病に倒れました。
 そこからの母の記憶は病院のベッドでの思い出ばかりになります」

 アメリアの目が滲み始める。

「私は、病院に通うのが日に日に辛くなっていきました。
 顔を合わせる度、弱っていく母を見るのが怖かったのです」

 アメリアの声が震える。
 私も苦しい気持ちに飲み込まれていく。

「幼いながらに母が死に逝く病に侵されたことを知っていました。
 顔を会われば涙で顔が滲み見ることも叶わず、声をあげようとすれば胸の苦しさで何を伝えたらいいか分かりませんでした。
 しかし、日々時間は流れていきます。
 病はどんどん進行してゆき、母は動くことも喋ることも出来なくなりました。
 表情だけは穏やかで瞳に私が写ると微笑んでました。
 こんな事になるのなら、泣いてばかりいないで向き合っていればと深い後悔に苛まれました。
 そうこうしているうちに程なくして、母は旅立ちました。
 遺された本だけが母の声を聞く唯一のものとなったのです。
 耐え難い悲しみも不思議なことに月日を重ねると落ち着いていきます。
 苦しい時や喜びにあふれた時にこの絵本を開いて、私は母に会っているのです」

 アメリアの話はここで終わった。

「お話ありがとうございました。
 この本がとても大切でものである事伝わりました」

 私もそれに頷く。

「また、お母様の声を届けてみせます」

 こうしてメルヒは依頼を受けた。

「修復の代金はどのくらいなのでしょうか?」

 心配そうにアメリアは尋ねる。

「そうですね対価はこの絵本の魔術式の複製レプリカをください。
 思いのこもったこの魔術は尊く貴重です」

「それで直していただけるなら、ありがたいわ」

 安心したようにアメリアは息を着いた。

「アメリア様はお屋敷で出来上がりを待ちますか?」

「それとも一度自宅へ帰られますか?」

 話が終わったのを察して、三つ子のカラスが問いかける。

「今日はもう遅いからここに泊めてもらうかしら。
  どのくらいで本は直るものなのです?」

「二日はかかるかと思いますが、術式だけなので早まるかもしれません」

 メルヒは本の状態をみて答える。

「では、ここで待たせていただくわ」

「アメリア様。
 お部屋までお送り致します」

 サファイアとルビーはアメリアを引き連れ部屋を出た。
 部屋には私とメルヒとエメランドが残った。
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