グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

38 修復作業~アメリアの絵本~

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メルヒに促され、裏表紙うらびょうしに書いてある魔術式を模写もしゃしていく。
メルヒがまいた白い粉のおかげで、とても見やすかった。
魔術式を完成させると式が起動し光だす。
今回は光っただけで特に何も起こらなかった。

「ありがとう」

メルヒが私が描いた模写を手に取る。
そのまま持っていき、簡易的にまとめた模写の束に加えた。
さっきは一斉に声が流れ出したので、身構えて耳を塞ぐ準備をする。
メルヒは先程と同じようにページをめくった。

「…」

開いたページの場所で正しく声流れだす。

「やはり、この式が大事なところだったみたいですね」
「そうだねぇ。
この魔術式を新しく付与するか同じ素材で描くかを考えないといけない」

メルヒはこちらを眺めて思案するように虚空を見る。

「リリスばかりに働かせて、ボクは何もしていないみたいだから、ちゃんと直してる姿を見せないといけないねぇ」

そういいながらメルヒは大きな白い羽で裏表紙に振りかけた白い粉を払い落とす。

「その粉はなんですか?」

私はキラキラと光る白い粉のことが気になった。
メルヒが小瓶をこちらに渡してくれる。
光にあてて瓶をかざすと透明な砂のように見えた。

「これは水晶の粉末だよ。
魔術式に反応して動いて留まる性質を持っているんだ。
特別な方法で作られた素材だよ。
リリスの目の方が便利だけど、見えないものを見るために使うものだねぇ」
「修復で使う、ほとんどの物が不思議で面白いです」

サラサラと瓶の中で砂を動かす。
たしかに、水晶を加工しているのか水晶とは違う色味が混ざって見える。

「石を砕いて絵の具を作ってるお店もフォルセの街にはあるよ。
リリスは見に行ったら楽しいかもしれないねぇ。
透明なガラス瓶に粉末になった石が色とりどりに並んでいるよ」
「それは、ぜひ見てみたいです」

絵の具屋さんの話をきいて興味が湧いてくる。

「そのうち行くといいよ。
そのフード被ってれば大丈夫だろうしねぇ」

メルヒは引き出しから綿棒にガラス皿、試し書き用の紙を取りだす。

「素材を合わせて修復することにしたから、リリスはよく見ておくんだよ。
そのうちやることになるかもしれない」
「分かりました」

メルヒの手元がよく見えるように作業机に近づく。
どんなふうに直すのが見るのが楽しみだ。

「まずは、これがなんのインクを使ってるか調べる。
そこまで古いものではないから、現在も使われているものとさほど変わらないはずだよ」

綿棒を手に取り、絵本の魔術式の部分に擦りつける。
綿棒に細かく黒い粉末のようなものが付着した。
付着した物をガラス皿に置く。

「あとは、この付着している粉末と新しく書き足すインクとの相性をみる。
正確に調べたかったら、顕微鏡や分析装置で調べることもあるけど。
これが一番やりやすいやり方だよ。
修復の世界では、非破壊調査が主だけれど、魔術式はサンプリングを取って見るのが一番良いとされてる。
魔術的なものが絡むと原則が変わるんだよねぇ」

難しい考え方だと思ったけれど、魔術式に限るならなんとなく理解できた。
オリジナルを傷つけないことが大切で古いものでなければ魔術式はあとづけも出来るものなんだ。

「今から実験をするのですよね。
なんだかわくわくします。
どんな反応が起きるのでしょうか」
「リリスはこういう実験的なのも好きなんだねぇ」

メルヒは三つ子達を眺めるような眼差しをこちらに向ける。

「わくわくしてる所悪いけれど、何も反応が起きないインクを選ぶのが今回の大事なところだよ」

その言葉に私は少しがっかりする。
派手な反応を期待していたからだ。
金色に光輝いたり、小爆発を起こしたり。

「そうですか…。
てっきり、合うやつは神々しく光り輝いたりするのかと思いました」
「そんなことが起きたら、使った時に何が起こるか怖いよ」

メルヒはそれぞれのガラス皿に少しずつインクをいれていく。
全部、あの絵本の魔術式と似た色味のインクだ。

「さて、欠片を浸してみようか」

それぞれのインクに何を入れたものか名称が書かれていた。

『夜』『月夜』『闇』

名称どおり、微妙に差がある黒が並べられている。

『夜』は紫がかった黒だ。
『月夜』は月に照らされた濃紺の黒
『闇』暗い黒そのもの

「この中のどれかが合うものだよ。
リリスが反応みたそうだから、あえて反応が出そうな色もあるけどねぇ」
「黒といっても、こんなに色味に差があるのですね」

インクを眺めるのも楽しそうだ。
お店に行けば並んでいるものを見れるのよね。
塔の中では知りえなかった面白そうなものばかりで、心が踊る。

「じゃあ、まずは『夜』から欠片をいれるねぇ」

メルヒがピンセットで綿棒に付着した小さな欠片をいれる。
ジュワという音をたてて紫色の煙がもくもく上がった。

「うわっ!」

上がった煙からパチパチパチと何かが弾ける音が聞こえる。

「ケホッ…」

近くで見ていたせいで煙を吸い込みそうになってしまい、眉を寄せる。

「煙いです」
「ふーん、こういう煙が出るんだねぇ。
なかなか派手な反応がだった。
サンプリングが少量でよかったねぇ」

メルヒも不思議そうに煙を眺める。

「普段はあんまり激しく反応出るものでやらないか面白いねぇ。
じゃあ、次は『闇』にいれるねぇ」

欠片が入るとキーンという高音が響き、欠片がコポコポと飲み込まれていく。
インクが伸縮しコウモリの形にまとまり、崩れて液体にもどっていく。

「これはどうなのです?
不思議な変化の仕方でしたけれど、反応が出てるからダメだねぇ」
「次を見てみようか、今度は『月夜』だよ」

欠片をそっとインクの中に沈める。
何の反応もなくインクは静かなままだった。

「これが絵本に使えるインクですね。
本当に何も反応ないです。
さっきまで面白かったのに…」

今までの反応が面白かったせいで、見劣りしてしまう。

「そうだねぇ。
退屈だろうけど、これが合うインクだよ」
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