グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

60 色欲

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 褐色の肌に赤紫の瞳、白に近い灰色の髪そこからのぞくとがった耳が人ではないことを物語る。

「…誰だ」

 警戒の視線をダミアンは向ける。
 そして苛立ちを隠そうともせずに女にぶつけた。

「なぜ、この場にいる?
 この部屋に入るな」

 それに動じず、女は妖艶に微笑む。
 むせかえるような色香が全身から溢れていた。
 女性的な曲線はメリハリがあり、豊かであるべき部分をおしげもなく際立たせている。
 褐色の肌が異国を感じさせ刺激的だ。
 この季節はまだ冷えるというのに紫色の薄いドレスを着ている。

「あらぁ、やだ。
 そんなに、おっかない視線向けないで欲しいわ。
 ちゃんとミルキに話して、この部屋にいるわよ。
 あたしはここに滞在してる双子王子の従者。
 レインって名前よ」

 ムスッとした顔で、ダミアンは立ち上がる。

「…レイン。
 そんな従者などいたか?
 私は会ったことがない。
 だが、お前の見た目はダークエルフそのものだ。
 魔族であることは確かだな」

「この場所に、着いたばかりだもの。
 そりゃ、あたしを知ってるわけないわよね…」

 ありゃりゃという表情でレインはダミアンに微笑んでくる。

「魔族であることは分かったが、怪しい女と話すことなどないな。
 この部屋から出ていって欲しい」

「うーん、本当にそうかしら?
 いいこと教えてあげられると思うけれど…。
 ねぇ、ダミアン様?」

 レインがダミアンの腕をとる。
 ボリュームのある胸が押し当てられ、柔らかな感触に包まれる。
 普通の男であったなら、頭が働かなかっただろう。
 しかし、ダミアンは汚物でも触れてしまったかのように視線をくべ、振り払った。

「…触るな。
 汚れるだろう」

「ふふ、殿下たちみたいなこと言うのね!
 やっぱり、気に入ったわ。
 ダミアン様、あたしと楽しいことしましょう?」

 振り払ったにも関わらず、恍惚の表情を浮かべ、抱きしめるように両腕を広げて迫ってくる。
 それをダミアンは軽蔑した瞳でレインを見た。
 この身にそんなふうに触れていいのはリリスだけだ。
 だんだんと視界がレインでいっぱいになる。
 他のものが何も見えないほどレインが近づいた。
 ダミアンはレインを避けようとして体を捻る。
 しかし、それは失敗に終わり強い衝撃で後ろに倒れた。
 避けることが叶わなかったダミアンは、ちょうどリリスのベッドに押し倒される形になった。
 上を見れば天井の代わりにレインが頬を染め嬉しそうに舌なめずりをしている。

「…っ、なにをする!」

 自らの上に覆いかぶさるレインをつき飛ばそうとダミアンはあばれる。
 それを肘で押さえつけられ、レインの両手のひらが顔を包み込んだ。
 思った以上に強い力だ。

「…ダミアン様、あたしの話を大人しくきいてほしい。
 あたしはあなたを気に入ってしまったの。
 この熱をダミアン様の手で冷ましてほしいわ」

「ふざけるな…。
 会ったばかりだろう。
 何をする…」

「…えっ、ベッドの上で男女が揃えばすることなんて決まっているわ。
 楽しいことよ」

 ダミアンの表情がより嫌悪に満ちる。
 女と思って多少は手加減をしていたが、やめよう。
 指先を小さく動かし影を操る。
 そんなダミアンに気づかずに、レインはダミアンの白いシャツからのぞく鎖骨を指でなぞる。

「あたしをひとときでも愛してくれるなら。
 尽くしてあげる。
 痛いことも辛いことも笑顔で耐えられるわ。
 愛こそが、あたしの糧なのよ。
 身をゆだねて、あたしを愛して」

 吐き気がするような言葉に胸焼けがする。
 今、出会ったばかりだというのに愛を語るのその姿がおぞましく思えた。
 ダミアンの影がレインの背後に伸びる。
 容赦なくレインの肢体を打った。

「…きゃっ」

 ムチのようにしなりながら、影でできた紐がぐるぐるとレインを拘束していく。
 太い天井の柱から、そのまま吊るした。
 紐で締め付けてもなお、恍惚に瞳が揺れる。
 ダミアンを見るその表情が不快だったので、目も覆い隠した。

「あらぁ、こういうのが趣味なの?
 お姉さん、ぞくぞくしちゃうわ」

「迷惑だ。
 今後、私に近づかないでもらおうか」

 ベッドから起き上がり、ぱたぱたとレインが触れた場所を丁寧に手で払う。

「リリスの部屋が汚れてしまっただろう。
 どうしてくれる」

 ゆらゆらと揺れるレインを睨みつける。

「お姉さんと楽しいことしてくれないの?」

「…するわけないだろう。
 私がこの部屋からでるまで、その姿でいるんだな。
 ミルキにでも助けてもらえよ」

 そう行ってダミアンは嫌そうに部屋から出ていこうとする。
 遠ざかる足音で気づいたのかレインが話しかけてきたが気にせず進む。

「あらぁ、行ってしまうの?
 まだ、あたしの話は終わってないわよ
 出ていったら後悔するわ。
 赤い瞳の女の子の話をしてないわよ」

 その言葉に木のドアに手をかけていたダミアンの足が止まる。
 吊り下げたレインを振り返った。

「ここのお屋敷に着く前のできごとよ。
 黒い髪に赤い瞳の女の子と遠いフォルセという街で、あたしはぶつかったの。
 とっても美味しそうな香りのする子だったわ。
 みんなの愛する薔薇姫ちゃんと特長が一緒よね?」

 その言葉にダミアンはレインの傍まて歩みよる。

「…なぜ、私にそれを教える?
 嘘じゃないだろうな?」

「…嘘なんかつかないわよ。
 気に入る男に教えたかったのよ。
 出来れば、楽しいこともして欲しかったわ。
 有益は情報を与えた、あたしにご褒美くれてもいいのよ」

 胡散臭いという眼差しをダミアンはレインに向ける。
 しかし、今まで少しも姿を現さなかった貴重なリリスの情報だ。
 真偽のほどは疑わしいが、探す価値はあるだろう。
 考えているとレインはダミアンに語りかける。
 ゆらゆらとブランコのように身を揺らしながら。

「どの殿方も恋に落ちてしまう…。
 なんて魔性な女の子なのかしら。
 あなたはなぜ、あの赤い瞳女の子を愛するの?
 血をわけた妹でしょう?」

 その言葉にダミアンは幼い日々を思い浮かべる。
 リリスに出会った日のことを…。
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