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2章 リリスと闇の侯爵家
61 ダミアンの宝物その一
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「びぃぃぃぃ!!!」
新緑が目立つ、おだやかな季節。
オプスキュリテ侯爵家の住む地にも春が訪れ、色とりどりの草花が画家の持つパレットのように咲き乱れる。
屋敷から聞こえる泣き声と合わさり風が頬を撫でた。
四歳になってしばらくたった頃、ダミアンに初めての妹が生まれた。
母上のお腹が少しずつ膨らんでいたのは分かっていたが、突然現れたその存在によくわからない気持ちになった。
まだ、それがどのようなら存在であるから分からずに産声を聞いたのをおぼろげに覚えている。
「妹君ですよ。
お兄様になりましたね」
顔も覚えていない使用人の一人が微笑んでこちらに駆け寄ってくる。
「…いもうと?」
「一緒に会いに行きましょう」
差し出された大きな手に小さな自分の手を伸ばす。
連れていかれた先にはベットに横たわり、産まれたばかりの子を見つめる母上の姿があった。
「ダミアン、この子はあなたの妹よ」
そう言われ母上に抱かれた小さな存在を見つめる。
弱々しくて儚い小さな赤子の姿が見えた。
「頑張ったのう。
女の子とはワシは嬉しい。
かわいいのう」
ベットの向こう側から父上がデレデレしながら、赤子の頬を撫でる。
「ふぇぇぇぇぇ!!!」
嫌だったのか泣き出してしまった。
思った以上の大きな声だ。
うるさくてダミアンは両手で耳をふさぐ。
「…うるさい」
赤子を見れば閉じた瞼から涙があふれていた。
「ダミアンだって、こういう時があったのだぞ」
「よく泣くのがこの子の仕事よ…」
「ぼくは、こんなに泣いてないはずです」
両親を疑わしげに見つめる。
頬を膨らませて不満をあらわす。
それを見て両親は面白そうに笑っていた。
「この子の名前は?」
呼び方に困りダミアンは両親に尋ねた。
「…ふむ、目が開くまでは名前は付けられないのだ。
特に女の子はな…。
色彩も見たいし、しばらくはこのままになるな」
「どんな色彩をしているか、妾も楽しみよ。
髪は黒髪。
オプスキュリテ侯爵家の血を受け継いでおるな。
妾の瞳は茶色じゃが、お主に似れば黒い瞳じゃろうな。
黒い色は他の色素よりも強いと聞くし」
両親は赤子を見つめながら楽しそうに話していた。
「この子の瞳はいつ開くの?」
「一日、二日だったり。
一週間だったり。
はたまた数週間かもしれないのう。
それぞれのペースで開くそうだから」
「ふーん」
ダミアンはそこで赤子への興味をなくした。
瞳が開いたらまた来てもいいかもしれない。
泣くばかりで自分と何かをして遊ぶことも出来ない。
この部屋はうるさいし、想像は出来ないけど、こんな大きな物を生み出したのだ。
母上も休みたいだろうとダミアンは部屋から出ていった。
ダミアン一人だった世界が急に二人になった。
しかしそれでも兄である自覚が生まれることは無かった。
侯爵家に産まれたダミアンにはたくさんの使用人が屋敷で働いている。
ダミアンが会わなくても、赤子はすくすく育つだろう。
五日がたった頃、ダミアンは赤子の存在など頭の隅っこに追いやっていたところに、またもや使用人が駆けてやってきた。
買ってもらったばかりの、絵本を読んでいたところだったので、邪魔されてダミアンは愚図る。
「すいません、ダミアン様。
緊急のお知らせなのです。
私と一緒に奥様のところに行きましょう」
「いや!
読むまで、どこにも行かないからね」
「そんな…。
妹君の瞳が開かれたのですよ。
気になってましたよね?」
「…今は忙しいから、またね」
「仕方ないですね。
…失礼します」
そう言うとこの使用人はダミアンのことを抱きかかえて歩き出した。
「…なにするの!」
「移動しながらでも本は読めますよ」
そう言われて、はたと気づき絵本を読む。
読めるなら、まぁいいかとそのまま読み進めた。
降ろされた頃には絵本は読み終わり、母上の部屋の前にいた。
扉の向こう側から異様な熱気が伝わってくる。
不安になって、連れてきてくれた使用人を見上げた。
「…なにがおこってるの?」
「…この家の者にとっては重要なことだそうです。
さぁ、行ってください」
背中を軽く押されて、ダミアンは歩を進める。
扉を開くと興奮した両親の姿があった。
ダミアンが部屋に入ったことも気づかずに、喜びで涙を流している。
「黒い髪に赤い瞳!
この子はリリス!!!」
「ワシらの代で薔薇姫を授かった!!!
よくやった!」
「これでオプスキュリテ侯爵家は安泰よ。
どんなお願いをしようかのう?」
それを一人、何もわからずにダミアンは見ていた。
この空間から置いていかれているような、不安な気持ちになる。
薔薇姫って何?リリスって?とぐるぐると疑問が溢れ出す。
口を挟むことも出来ずダミアンは、ただ立ちすくみながら、両親を見ていた。
あんなに喜んでいるのだからきっといい事が起こったんだとダミアンは思った。
しばらく棒立ちして様子を見ていたら、両親と目があった。
「あら、ダミアン。
こちらへいらっしゃい」
「息子よ、お前も見るのだ」
母上と父上が手招きしてダミアンを呼ぶ。
ダミアンは少しずつ近づいていく。
「お前の妹は薔薇姫。
我が一族の宝物。
名はリリスだ」
ダミアンは赤子の顔を見る。
産まれた赤子は、血のように赤い瞳を持っていた。
新緑が目立つ、おだやかな季節。
オプスキュリテ侯爵家の住む地にも春が訪れ、色とりどりの草花が画家の持つパレットのように咲き乱れる。
屋敷から聞こえる泣き声と合わさり風が頬を撫でた。
四歳になってしばらくたった頃、ダミアンに初めての妹が生まれた。
母上のお腹が少しずつ膨らんでいたのは分かっていたが、突然現れたその存在によくわからない気持ちになった。
まだ、それがどのようなら存在であるから分からずに産声を聞いたのをおぼろげに覚えている。
「妹君ですよ。
お兄様になりましたね」
顔も覚えていない使用人の一人が微笑んでこちらに駆け寄ってくる。
「…いもうと?」
「一緒に会いに行きましょう」
差し出された大きな手に小さな自分の手を伸ばす。
連れていかれた先にはベットに横たわり、産まれたばかりの子を見つめる母上の姿があった。
「ダミアン、この子はあなたの妹よ」
そう言われ母上に抱かれた小さな存在を見つめる。
弱々しくて儚い小さな赤子の姿が見えた。
「頑張ったのう。
女の子とはワシは嬉しい。
かわいいのう」
ベットの向こう側から父上がデレデレしながら、赤子の頬を撫でる。
「ふぇぇぇぇぇ!!!」
嫌だったのか泣き出してしまった。
思った以上の大きな声だ。
うるさくてダミアンは両手で耳をふさぐ。
「…うるさい」
赤子を見れば閉じた瞼から涙があふれていた。
「ダミアンだって、こういう時があったのだぞ」
「よく泣くのがこの子の仕事よ…」
「ぼくは、こんなに泣いてないはずです」
両親を疑わしげに見つめる。
頬を膨らませて不満をあらわす。
それを見て両親は面白そうに笑っていた。
「この子の名前は?」
呼び方に困りダミアンは両親に尋ねた。
「…ふむ、目が開くまでは名前は付けられないのだ。
特に女の子はな…。
色彩も見たいし、しばらくはこのままになるな」
「どんな色彩をしているか、妾も楽しみよ。
髪は黒髪。
オプスキュリテ侯爵家の血を受け継いでおるな。
妾の瞳は茶色じゃが、お主に似れば黒い瞳じゃろうな。
黒い色は他の色素よりも強いと聞くし」
両親は赤子を見つめながら楽しそうに話していた。
「この子の瞳はいつ開くの?」
「一日、二日だったり。
一週間だったり。
はたまた数週間かもしれないのう。
それぞれのペースで開くそうだから」
「ふーん」
ダミアンはそこで赤子への興味をなくした。
瞳が開いたらまた来てもいいかもしれない。
泣くばかりで自分と何かをして遊ぶことも出来ない。
この部屋はうるさいし、想像は出来ないけど、こんな大きな物を生み出したのだ。
母上も休みたいだろうとダミアンは部屋から出ていった。
ダミアン一人だった世界が急に二人になった。
しかしそれでも兄である自覚が生まれることは無かった。
侯爵家に産まれたダミアンにはたくさんの使用人が屋敷で働いている。
ダミアンが会わなくても、赤子はすくすく育つだろう。
五日がたった頃、ダミアンは赤子の存在など頭の隅っこに追いやっていたところに、またもや使用人が駆けてやってきた。
買ってもらったばかりの、絵本を読んでいたところだったので、邪魔されてダミアンは愚図る。
「すいません、ダミアン様。
緊急のお知らせなのです。
私と一緒に奥様のところに行きましょう」
「いや!
読むまで、どこにも行かないからね」
「そんな…。
妹君の瞳が開かれたのですよ。
気になってましたよね?」
「…今は忙しいから、またね」
「仕方ないですね。
…失礼します」
そう言うとこの使用人はダミアンのことを抱きかかえて歩き出した。
「…なにするの!」
「移動しながらでも本は読めますよ」
そう言われて、はたと気づき絵本を読む。
読めるなら、まぁいいかとそのまま読み進めた。
降ろされた頃には絵本は読み終わり、母上の部屋の前にいた。
扉の向こう側から異様な熱気が伝わってくる。
不安になって、連れてきてくれた使用人を見上げた。
「…なにがおこってるの?」
「…この家の者にとっては重要なことだそうです。
さぁ、行ってください」
背中を軽く押されて、ダミアンは歩を進める。
扉を開くと興奮した両親の姿があった。
ダミアンが部屋に入ったことも気づかずに、喜びで涙を流している。
「黒い髪に赤い瞳!
この子はリリス!!!」
「ワシらの代で薔薇姫を授かった!!!
よくやった!」
「これでオプスキュリテ侯爵家は安泰よ。
どんなお願いをしようかのう?」
それを一人、何もわからずにダミアンは見ていた。
この空間から置いていかれているような、不安な気持ちになる。
薔薇姫って何?リリスって?とぐるぐると疑問が溢れ出す。
口を挟むことも出来ずダミアンは、ただ立ちすくみながら、両親を見ていた。
あんなに喜んでいるのだからきっといい事が起こったんだとダミアンは思った。
しばらく棒立ちして様子を見ていたら、両親と目があった。
「あら、ダミアン。
こちらへいらっしゃい」
「息子よ、お前も見るのだ」
母上と父上が手招きしてダミアンを呼ぶ。
ダミアンは少しずつ近づいていく。
「お前の妹は薔薇姫。
我が一族の宝物。
名はリリスだ」
ダミアンは赤子の顔を見る。
産まれた赤子は、血のように赤い瞳を持っていた。
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