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黄昏時という世界

帰郷

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 祖母がケガをしたという知らせを、臥月ふしづき 聡椛さとかは高校を卒業した翌日に聞いた。

「聡椛、あんたはどうする?」
 母真知子が電話を終えて尋ねてきた。

 テレビを観ていた聡椛は、母が何か言ったのはわかったが、その内容までは聞き取れず「なーに?お母さん何か言った?」と体を母の方に向けて聞き直した。

 「九州にいるおばあちゃんが骨折したらしいの……大したことはないらしいんだけど、とりあえず心配だから、お父さんが帰ってきて話をしてからになるけど、明日あっちに様子見に行こうと思うの」

 九州のおばあちゃんは母方の祖母だ。祖父は大分前に亡くなったので、今は確か独り暮らしのはずだ。

 「あんたも行くなら一緒に連れていくけど?」
 (そういえば部活に入ったりバイトしたりで、なかなか向こうに行けてなかったなぁ…高校もちょうど卒業したことだし、いい機会かも…)

 「……うん、私も行くよ」
 「そう?なら一応泊まりの準備しておいて。何日になるかわからないから多めにね」
 そう言うと母は、バタバタとリビングから出ていった。
  
 「おばあちゃんか……」
 聡椛はソファに座り直すと、小学生以来会っていない祖母の姿を思い浮かべた──

 ⛩ ⛩ ⛩

 『おばあちゃーん虫が出たー』
 『はいはい…………これで大丈夫。聡椛は都会の子だねぇ。この辺りはコレが当たり前なんだよ』

 風を入れるために開けていた扉から、見たことのない大きな虫が入ってきた。
 それに驚いた聡椛は泣きながら祖母にすがり付いた。

 昔は平気だったものが、大きくなると何故か苦手になるもので、小学三年生の聡椛も例に漏れず、以前は平気だった虫が大の苦手になっていた。

 そんな聡椛の頭を祖母は笑いながら撫でると、箒で虫を外に出した。
 『虫キラーイ』
 『そう言いなさんな。虫がいるってことは自然が豊かってことなんだよ?』
 『でも……』
 『大丈夫。寝るときは蚊帳を吊ってあげるからね』
 『うん……』

 聡椛は祖母の後についていき、部屋に蚊帳が吊るされるのは眺めていた。
 そこでふと今朝見つけた部屋の事を思い出した。

 『ねぇねぇ、おばあちゃん。そう言えば今日この家の奥まで行ったの!そしたらね、一つだけ可愛い襖のお部屋があったの!なんであそこだけ違うの?』
 聡椛の言葉に考えるように祖母の手が止まった。

 しかし、それも一瞬の事で、何のことかすぐに検討がついたようだ。
 『…あんな奥まで行ったんだねぇ』
 『うん、なんだか探検してるみたいだった』
 嬉しそうに答える孫に祖母は優しく微笑んだ。

 祖母の家は歴史が長く、昔はここら一帯を治める地主だったらしい。
 田舎特有の古民家の広さよりも大きい家は、もはや屋敷とい行った方がしっくりくる。

 数える程度にしか来たことのない聡椛には、まだ入ったことのない場所がいくつかあった。
 もちろん庭の隅にある蔵には一番最初に探検済みだ。

 とにかく、今朝早くに目が覚めた聡椛は未だに行ったことのない家の奥へと足を向けた。

 長い廊下には閉じられた大きな襖が続き、(こんなにお部屋使うのかなぁ…)と歩きながら考えたりした。

 たまに階段が出現するが、迷子になるから二階この先はまた今度と自分に言い聞かせ、まずは一番の好奇心の先である奥にどんどん進んでいく。

 奥に行くにつれて徐々に暗くなっていく。普段使わないからだろう…電気の明かりが消えている。
 自分で届く高さの電源は、頑張って背伸びをしてつけていったが、とにかく廊下が長い。

 さらに入り組んでいるのでどれがどの電源なのか分からず、結果最小限の明かりとなり、ほんのり暗くなってしまった。
 しかも、ここまでくれば窓がないので日の光が入らない。進むにつれてだんだんと不安になってきた聡椛は、もうこの辺で戻ろうと踵を返した。

 そのとき、視界の隅に可愛らしい柄の襖が目に入った。
 (ここだけ他のと違う…せっかくここまで来たんだから…)
 恐る恐る近づき、ソッと襖に手をかけた。
 少し開いた隙間から、冷やっとした風が流れ、聡椛の頬を撫でる。
 それは、不思議と優しさを感じるもので、(…)聡椛はいつの間にか入っていた肩の力を抜いた。

 襖を開けた先には10畳程の部屋があり、物がたくさん置いてあった。
 「つまんないの…」
 に興味を無くした聡椛は、ガッカリするともと来た道を戻ったのだ。
 
 『よく迷子にならなかったねぇ』
 『通ったところは電気をつけたから、それが目印になったよ』
 『それは賢いねぇ』
 自信満々に胸を張る聡椛の頭を、祖母は優しく撫でた。
 『あの部屋はね、我が家の守り神である━━の部屋なんだよ』
 『━━━?』
 
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 ──ん?そう言えば、あのとき祖母は何と言ったか…

















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