高貴なる生徒会長は、今日も副会長を慈しむ  ~学園の貴公子と没落貴族のすれ違い救済ライフ~

夕凪ゆな

文字の大きさ
3 / 28
【日常編】雨宿りの古文書室

栞を挟まない時間

しおりを挟む
 晩秋の雨は、世界から色彩を奪い去る。
 王立ラプラス魔導アカデミーの北の果て、そびえ立つ北塔の最上階にある古文書室は、その日、墓所のような静寂に包まれていた。

 レイモンド・アシュクロフトは、埃っぽい空気の中で、古い羊皮紙をめくる音だけを友としていた。
 ここは、大陸随一の魔導師を育成する最高学府。本来なら、没落したアシュクロフト家の生き残りである彼に、居場所などないはずだった。だが、持ち前の緻密な魔導理論と、あるお節介な男の強引な推薦により、彼は生徒会副会長という学園の要職に留まっている。

 そんな彼の目的は、没落したアシュクロフト家の再興だ。
 そのための手掛かりを探す日常は、常に焦燥と隣り合わせ。周囲の学生たちが談笑に興じる放課後、彼はあえてこの忘れ去られた場所を選んでいた。

(……ここなら、誰にも邪魔されない)

 そう確信して重い木製の扉を開けたレイモンドは、しかし、微かな光に目を細めた。
 窓際の長机。沈みゆく琥珀色の陽光と、冷たい雨の青が混ざり合う場所に、先客がいた。

「……セオドリック」

 思わず、その名が漏れた。
 そこには、ランカスター公爵家の嫡男であり、学園の頂点に君臨する生徒会長、セオドリック・フォン・ランカスターがいた。
 透き通るような金髪に、海より深い碧眼の瞳。そこにいるだけで絵になる男だ。
 彼は制服のジャケットを椅子の背にかけ、シャツの袖を少し捲り、一冊の分厚い古書に没頭していた。

 取り巻きも、崇拝者も、追従者もいない。
 ただ一人の青年としてそこに座る彼の横顔は、不気味なほどに静謐せいひつだった。

「やあ、レイ。君もここへ来るなんて、僕たちはやはり波長が合うらしい」

 セオドリックは顔を上げず、ただ穏やかにそう言った。
 レイモンドは舌打ちを一つ。引き返すべきか迷ったが、結局、セオドリックから二つほど席を空けた場所に腰を下ろした。

「……あいにく、俺は仕事で来ている。お前のように、優雅な読書を楽しみに来たわけではない」
「僕も仕事だよ。未来の宰相として、過去の知恵を学ぶというね」
「お前が宰相か。……世も末だな」
「ははっ、じゃあ、代わりに君がやってくれる?」
「――遠慮する」

 それきり、会話は途絶えた。
 窓を打つ雨音が、次第に激しさを増していく。

 ふと、塔全体が微かに震え、激しい金属音が響いた。同時に照明が落ちる。
 落雷により、塔の完全隔離結界が自動作動したのだ。嵐が過ぎ去り、安全が確認されるまでの間、この部屋からは出られない。

「……閉じ込められたな。最悪だ」

 レイモンドは重い扉を睨みつけ、吐き捨てるように言った

「そうかな? 僕は、ようやく訪れたこの静寂を、気に入っているよ」
「お前はいつだってそうだ。自分の都合のいいように世界が動いてると思ってる」
「ははっ、そうか。君からはそう見えてるんだね」
「……何でもいいが、せいぜい邪魔をするなよ。俺は忙しいんだ」 
「ああ、約束しよう。君の思考の邪魔をするほど、僕は無粋じゃない」

 セオドリックは微笑むと、指先で魔導灯を灯した。
 薄暗い部屋に、温かな、小さな円形の光が浮かび上がる。
 二人の間の距離が、その光の輪によって、奇妙に狭まったように感じられた。


 一時間、あるいは二時間経っただろうか。
 レイモンドは、自分の集中力が驚くほど研ぎ澄まされていることに気づいた。

 隣に、自分以上の魔力と存在感を持つ男がいるというのに、不思議と息苦しくない。それどころか、セオドリックがページをめくるリズム、その静かな呼吸の音が、自分の思考を補完するメトロノームのように心地よかった。

(……没落して以来、誰かとこうして静寂を共有したのは、初めてかもしれない)

 セオドリックは何も強要せず、ただ隣にいる。
 彼が放つ圧倒的な光が、この薄暗い部屋では、レイモンドという影を優しく包み込む毛布のように機能していた。

 レイモンドはふと、隣の男の横顔を盗み見た。
 魔導灯に照らされたセオドリックの瞳は、いつもより深く、どこか遠くを見つめているようだった。
 この男も、自分と同じように、光という名の檻に閉じ込められているのかもしれない。

 その瞬間、レイモンドの胸に、名付けようのない信頼が芽生えた。
 主従でもなく、ライバルでもない。ただ、冷たい秋の雨を凌ぐ二匹の獣のような、奇妙で、切実な共犯意識。

(……このまま、雨が止まなければいい。栞など、必要ない。この続きのない時間だけが、俺の唯一の――)

 だが、その安らぎが、やがて来る歪んだ情熱への前触れであることに、この時のレイモンドはまだ、気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オークとなった俺はスローライフを送りたい

モト
BL
転生したらオークでした。豚の顔とかマジないわ~とか思ったけど、力も強くてイージーモードじゃん。イージーイージー!ははは。俺、これからスローライフを満喫するよ! そう思っていたら、住んでいる山が火事になりました。人間の子供を助けたら、一緒に暮らすことになりました。 子供、俺のこと、好きすぎるのやめろ。 前半ファンタジーっぽいですが、攻めの思考がヤバめです。オークが受けでも別に大丈夫という方のみお読みください。 不憫オークですが、前向きすぎるので不憫さは全くありません。 ムーンライトノベルズでも投稿しております。

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

執着騎士団長と、筋肉中毒の治癒師

マンスーン
BL
現代日本から異世界へ転生した治癒師のレオには、誰にも言えない秘密がある。 それは「定期的に極上の筋肉に触れて生命力を摂取しないと、魔力欠乏で死んでしまう」という特異体質であること! ​命をつなぐため、そして何より己のフェティシズムを満たすため、レオがターゲットに選んだのは「氷の騎士団長」と恐れられる英雄ガドリエル。 ​「あぁっ、すごい……硬いですガドリエル様ッ!(大胸筋が)」 「……っ、治療中にそんな熱っぽい声を出すなッ」 ​生きるために必死で揉みしだくレオを、ガドリエルは「これほど俺の身を案じてくれるとは」と都合よく勘違い 触られたいムッツリ攻め×触りたい変態受け

ボクの推しアイドルに会える方法

たっぷりチョコ
BL
アイドル好きの姉4人の影響で男性アイドル好きに成長した主人公、雨野明(あめのあきら)。(高2) 学校にバイトに毎日頑張る明が今推しているアイドルは、「ラヴ→ズ」という男性アイドルグループのメンバー、トモセ。 そんなトモセのことが好きすぎて夢の中で毎日会えるようになって・・・。 攻めアイドル×受け乙男 ラブコメファンタジー

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

処理中です...