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第一部
41.建国祭と迷子の子ども(前編)
しおりを挟む建国祭の始まりは午前十時。王宮での式典から始まる。
これは皇族と貴族のみが参列する、厳かな式だ。
それが終わると、皇子・皇女らはパレード用の馬車に乗り込み、街の中を一周しつつ帝都中央広場へ移動。
それから、皇族代表者が民衆へスピーチを行い、最後に建国祭の開始を宣言する――という流れである。
当然この祭典には、アレクシスだけでなく、エリスも参加することになっていた。
のだが、今日の二人は基本的に別行動だ。
というのも、アレクシスは式典前に警備の最終チェックを行うため会場入りが開始直前になること。
加えて、パレードで乗る馬車が別々であることなどが理由だった。
(実際、アレクシスが式典会場に入ってきたのは開始直前、五分前のことだった)
――式典は皇帝主導のもと滞りなく開始され、一時間程度で問題なく終わった。
さて、次はパレードである。
と言っても、皇子妃であるエリスには特に与えられた役目はない。
皇子や皇女らは、煌びやかに飾り立てられた屋根なしの白い馬車の上から民衆たちに手を振らなければならないが、妃らは通常の屋根付きの馬車に乗って広場に移動するだけ。
そのためエリスは馬車の中から、建国祭に沸き立つ街の様子を眺めているだけでよかった。
(いつも賑やかな街だけれど、今日は一段と活気づいているわ。それに人々のこの歓声……皇族への信頼が厚いのね)
皇帝不在のパレードであるにもかかわらず、民衆の歓声はとどまることを知らない。「皇帝陛下万歳!」「帝国万歳!」という声や、皇子・皇女らを慕う声があちこちから聞こえてくる。
ちなみに、皇子の中で圧倒的に人気なのは第二皇子のクロヴィス。皇女の中ではマリアンヌがダントツだ。
逆に、アレクシスの名前はお世辞にも多いとは言えない。
(そう言えば、マリアンヌ様は言っていたわね。殿下は一度も手を振ったことがないって)
エリスは市民たちの声を聞きながら、式典前にマリアンヌから言われたことを思い出す。
「アレクお兄さまはパレードが大のお嫌いで、一度も手を振ったことがないのよ。それどころか、警備を優先したいと言ってパレードをすっぽかしたこともあるの。流石にそのときはクロヴィスお兄さまも激怒されて、そういう態度なら軍を辞めさせるって大喧嘩になっていたわ。わたくしが思うに、アレクお兄さまが皇族の礼服をお召しにならないのは、クロヴィスお兄さまへのせめてもの反抗心の表れなのよ。身体は大きいのに、やることが子供みたいでしょう?」――と。
エリスはそれを聞いたとき、思わずクスリと笑ってしまった。
本当は呆れるところなのかもしれないが、その人間味のあるエピソードをとても微笑ましく思ったからだ。
(最初はどれほど冷酷な方かと思っていたのに……)
アレクシスに嫁いできたばかりのときは恐ろしくてしかたなかったのに、気付けばすっかりそんな気持ちは消え失せている。
その最たる理由は、マリアンヌが話してくれるアレクシスの人間像のおかげだろう。
お茶会のときの『アレクシスの好き嫌い』についての話題や、今のような『パレードをすっぽかしてクロヴィスに激怒される』エピソードなどが、アレクシスも自分と何ら変わらない、感情を持った人間であることを教えてくれるから。
(きっと殿下は今、仏頂面をしてるわね。隣で見られないのが残念だわ)
――エリスは不意にそんなことを考えて、ひとり頬を緩めるのだった。
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