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第二部
29.誘い(後編)
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エメラルド宮に戻ると、いつものようにエリスが出迎えてくれる。
「本日もお疲れ様でございました。お早いお帰り、嬉しいですわ」と言って、柔らかな笑みを投げかけてくれるエリスを前にすると、先ほどまで感じていたセドリックに対するモヤモヤが、嘘の様に消えていった。
(ああ、やはりエリスの笑顔は凄いな。心が洗われるようだ)
アレクシスは脱いだコートを侍従に預けながら、エリスに微笑み返す。
「今日くらい、君とゆっくり過ごしたくてな。細々したことは部下に任せて帰ってきてしまった」
昨日までは、何だかんだあって帰宅は夜十時を過ぎるのがザラだった。
それでもエリスは毎晩必ず起きて待っていてくれたが、共に過ごせたのは、睡眠時間を除けばほんの二、三時間程度。
だからアレクシスは、今夜こそはエリスとゆっくり過ごすと決めていた。
とはいえ、今の時刻は午後五時を回ったころ。少々中途半端な時間である。
さて、どうするか――と考えた末、アレクシスはエリスを散歩に誘うことにした。
「夕食まではまだ時間があるだろう。すぐに着替えてくるから、庭を散歩でもしないか?」と。
本音を言えば、今すぐ寝台に連れ込みたいところである。
が、ここのところアレクシスは毎晩エリスを抱き続けており、この時間から事に及ぶのは流石に色々と憚(はばか)られた。
かと言って、エリスと個室に二人きりになってしまえば、手を出さずにいられる自信はない。
となると、残る選択肢は二つ。使用人らの目のある場所で過ごすか、屋外に出るかである。
だがエリスは、そんなアレクシスの葛藤など全く素知らぬ様子でこう言ったのだ。
「散歩も良いのですけれど、その前に、部屋に来ていただけませんでしょうか」と。
アレクシスは目を見開く。
「……君の部屋に、か?」
「はい。もしくは、殿下のお部屋でも……」
「…………」
(これは、誘われていると思っていいのか?)
アレクシスは一瞬都合よく考えたものの、いいや、きっと違うのだろうと内心大きく首を振った。
エリスのことだ。もっと何かしら健全な理由があるに違いない。
アレクシスは邪念を追い払うように息を吐き、どうにか平静を取り繕う。
「では、着替えたら君の部屋に行こう。それでいいか?」
「……! はい、では、お部屋でお待ちしておりますね」
アレクシスの答えに、エリスはほっとしたように息を吐き、足早に去っていく。
そんなエリスの背中を、アレクシスはどうにも気まずい気持ちで見送るのだった。
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