ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

文字の大きさ
99 / 198
第二部

44.二年前の真相(前編)

しおりを挟む
 セドリックがその情報を掴んだのは、演習参加の為に帝都を出発する、数日前のことだった。


 セドリックは、かつてルクレール家のタウンハウスでメイドとして働いていたという、若い女性の家を訪れた。二年前のお茶会の頃の、オリビアとリアムの様子を尋ねるためだ。

 女性は最初こそセドリックに警戒心を示したものの、わずかばかりの心づけ・・・を渡すと途端に饒舌になり、色々と話してくれた。

 するとそこで、二つの事実が判明した。

 一つ目は、『二年前の春、オリビアが何らかの理由で怪我を負い、その怪我の治療を理由に、領地に引き下がってしまった』こと。
 そしてもう一つは、『オリビアが近々結婚する』ということである。


「オリビア様が結婚?」

 これを聞いたセドリックは、真っ先に自分の耳を疑った。

 セドリックは、この女性を訪ねるより先に、社交界で二人の噂を密かに尋ねて回っていたが、どこにもそのような情報はなかったからだ。

 セドリックは慌てて確認する。

「それは確かなのでしょうか?」
「ええ。私、今でもあのお屋敷で働く子たちと時々お茶をするんです。そのときに聞いた話なので、確かかと」
「ちなみに、お相手の名前などは」
「さあ、そこまでは。でも、子爵様だって言ってましたよ。それも、四十を過ぎた方だって」
「子爵? それも、四十を過ぎた?」
「驚きますよね。でも間違いありません。私も信じられなくて何度も聞いたんですから。だってありえないじゃないですか。侯爵家のオリビア様が子爵家に嫁ぐだなんて。――とにかく、そのせいで侯爵閣下とリアム様の仲は今、最悪らしいんです。リアム様は昔からオリビア様をとても大切にされていたので、侯爵閣下の決断に強く反発されているらしくて。食事も別で、まともに会話すらしないそうなんです」

「…………」
(これはいったい、どういうことだ?)

 オリビアとリアムの父、ルクレール侯爵は野心家で有名だ。
 それなのに、下位貴族である子爵家に娘を嫁がせるなど考えられない。

 ――が、一度はそう考えたものの、セドリックはすぐに思い至る。

(もしや、オリビア様が負った怪我というのが原因か?)と。
 

 ◇
 

『オリビアの結婚』。

 それをアレクシスに伝えるべく、セドリックは一度大きく咳ばらいをする。そうして、再び切り出した。

「オリビア様が、近々ご結婚なさるようですよ」と。

「……っ」

 すると、セドリックの口から飛び出した『結婚』の二文字に、アレクシスは大きく目を見開いた。

「結婚? オリビアが?」と小さく零し、やや逡巡する。
 その顔に映るのは、驚きと困惑。そして、安堵だろうか。

 あれだけ自分にアプローチをかけていたオリビアが、別の男と結婚する。それすなわち、自分のことは綺麗さっぱり諦めてくれたということだ、とでも考えたのか。
 あるいは、オリビアが・・・・・怪我したことを・・・・・・・知っていた・・・・・からこその、安堵なのか。

 セドリックはアレクシスの様子を観察しつつ、低い声で続ける。

「ですが、少々妙なのです」

「妙? いったい何がだ」
「オリビア様の結婚相手が、子爵なのです。それも、四十を超えた方だと」
「――!」
「オリビア様は侯爵家のお方。それなのに、二回りも離れた子爵に嫁ぐなどありえません。しかも、婚約式すら済ませずに嫁がれるとのこと。これを妙と言わずして、何と言いましょうか」
「…………」

 するとアレクシスは、セドリックの諭すような声音に、何か勘づいたのだろう。やや顔色を悪くし、ぐっと押し黙る。 
 そんなアレクシスの態度に、セドリックは確信めいたものを感じた。

(ああ。やはり殿下は、オリビア様が怪我を負ったことを知っていらっしゃったのだ。――いや、それどころか、殿下のこの反応は……)

 夕暮れ時――くれないに染まる密室で、セドリックはアレクシスをじっと見つめる。
 そうして、静かな声でこう尋ねた。

「もう一度聞きます。二年前、オリビア様と何があったのですか?」
「…………」
「オリビア様は二年間、病気で療養していることになっていました。けれど実際は、火傷の治療のためであったと、元使用人の女性から聞いたのです。ですが結局、傷痕は消えることなく……今は片時も手袋・・を手放せなくなってしまったと。私が思うに、オリビア様が子爵家に嫁ぐことになったのは、その火傷の痕が原因なのでは」
「…………」
「殿下。あなたは今の話を聞いても、口を閉ざすおつもりですか? そんなはずありませんよね」

 二年前ならばいざ知らず、エリスと心を通わせた今のアレクシスが、他でもない『火傷の痕』のせいで子爵家に追いやられるオリビアの存在を無視できるとは、セドリックには到底思えなかった。

 だからセドリックは、この機会にどうしても確かめておかねばと、こうして話しているのだ。

 もしオリビアが子爵家に嫁いでしまった後になって『火傷の痕』のことを知ったなら、アレクシスはきっと後悔することになるだろうと、そう考えたから。

 ――セドリックは、じっとアレクシスの言葉を待つ。

 するとしばらくして、ようやく、アレクシスは観念したように口を開いた。


「……俺のせいだ」と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。 彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。 干渉しない。触れない。期待しない。 それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに―― 静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。 越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。 壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。 これは、激情ではなく、 確かな意思で育つ夫婦の物語。

処理中です...