131 / 198
第二部
76.シオンの葛藤(後編)
しおりを挟む◇
それから約四時間が経った今、シオンはこうして、帝国ホテルの最上階、スイートルームの一室でエリスの寝顔を見つめていた。
シオンは先ほど、エリスの診察を引き受けてくれたホテルの医師から「大事ありません。じきに目を覚ますでしょう」との診断を受け、一先ず安堵したところだった。
けれど、エリスの身体が無事だとわかった途端、今度は自分のしでかしてしまったことへの罪の意識が湧いてくる。
いくらアレクシスが不在とはいえ、あまりにも身勝手なことをしてしまったのでは、と。
(姉さんが起きたら、何て説明しよう。勝手な行動を取ったことをまずは謝って……それから、図書館でのことと、オリビア様の火傷のことを話して……。――ああ、でも、結果的に未遂だったとはいえ、もし泣かれでもしたら……)
そろそろ目を覚ましてくれないだろうか。
そうは思うのに、いざ目を覚まして取り乱されたりでもしたら、どうしたらいいかわからない。
それに、このホテルに着いてから、オリビアから聞かされた『オリビアの左手の火傷の原因』――それがアレクシスであったのだとエリスに伝えなければならないことも、シオンの気分を憂鬱にさせた。
(オリビア様は自分で伝えると言っていたけど……よりにもよって『火傷』って。こういうのを因果っていうのかな。……切り傷とかなら良かったのに)
そもそもエリスは、オリビアの左手に火傷の痕があることを知らないはずだ。
オリビアが遠方に嫁がされることになったのが、その火傷の痕のせいであることも、知らないはず。
そんな状況で、事故とはいえ火傷を負わせたのがアレクシスであることや、アレクシスを恨んだリアムのせいで今回のような危険な目に合ったなどと知ったら、エリスはいったいどう思うのだろうか。
「…………」
(こういうとき、殿下ならどうするのかな。『問題ない』って、自信満々に言うんだろうか。宮廷舞踏会で、踊れなくなった姉さんに言ったみたいに)
――いや、流石にそれはないだろう。
なぜって、今回のことは外ならぬ、『アレクシス自身が原因』なのだから。
「……ああ、何かもう、疲れたなぁ」
いっそこのまま、エリスを連れて国外逃亡でもしてしまおうか。
何のしがらみもない場所で、一からやり直すというのも手かもしれない。
そんな、一度は捨てたはずの自分本位な望みが、シオンの中でムクムクと頭をもたげる。
もう、何もかもが面倒だ。
この場所から、エリスと二人逃げ出してしまいたい――そう、心が闇に囚われかける。
だが、そのときだった。
シオンの思考を無理やり現実に引き戻すかのように、何の前触れもなく、耳元に「ふぅっ」と吐息らしきものを吹きかけられたのは。
「――ひッ!?」
刹那、あまりにも突然のことに、シオンは悲鳴を上げて飛び上がった。
と同時に背後で上がる、ケラケラという笑い声。
その屈託のない子供のような声に、シオンは怒りを覚えながら、ゆっくりと背後を振り返る。
するとそこにいたのは――、
「君、相変わらず耳弱いんだね。変わってなくて安心したなぁ」
と美しい笑みを浮かべる、この部屋の借主――ジークフリート・フォン・ランデルの姿だった。
73
あなたにおすすめの小説
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話
鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。
彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。
干渉しない。触れない。期待しない。
それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに――
静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。
越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。
壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。
これは、激情ではなく、
確かな意思で育つ夫婦の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる