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第二部
97.違和感(前編)
しおりを挟む――アレクシスが軍事演習から戻って早五日。
その日も、いつも通りの朝だった。
アレクシスと共に起床したエリスは、着替えを済ませたのち、アレクシスと朝食を囲む。
朝食を済ませたら、宮廷に上がるアレクシスを見送るため玄関ホールに向かい、そこに待機しているセドリックにアレクシスを引き渡す。
なお、『引き渡す』――という単語を使った理由は、アレクシスがなかなかエリスから離れようとしないからだ。
この五日間のアレクシスは、そろそろ出なければ間に合わないという時間になっても、「やはり今日は休みにしよう」などと言って、エリスを抱きしめて放そうとしない。
そんなアレクシスを宥めるのが、エリスの毎朝の仕事になっていた。
「殿下、そろそろお出になりませんと。セドリック様が困っていらっしゃいますわ」
「そんなもの、困らせておけばいいだろう」
「またそんなことを仰って。今日は殿下のお好きなミートパイを焼いてお待ちしておりますから」
「…………」
「ですから、早く行って早く帰ってきてください。ね?」
「…………はぁ、わかった。……仕方ないな」
こんなやり取りを交わし、エリスはアレクシスの背中を笑顔で見送る。
「夕方には戻る。宮からは絶対に出るんじゃないぞ」
という去り際の忠告に、拭えない違和感を抱きながら――。
◆
――「しばらく、宮の外には出ないでくれないか」
アレクシスからそう言われたのは、五日前、演習から戻ったアレクシスと再会した、その日の夜のことだった。
入浴後の眠りから覚めたエリスは、その後宮廷から戻ったアレクシスに、このように告げられた。
「俺のいない間に、また今回のようなことが起きたら困る。まして君は妊娠している身だ。この件が全て片付くまでは、宮内で過ごしてほしい」と。
「…………」
(この件、というのは、わたしの噂のことよね。つまり、噂が完全に鎮火するまで大人しくしていろ、という意味かしら……)
決闘のことを知らされていないエリスは、アレクシスの言葉に少々の疑問を持ったが、懇願するようなアレクシスの表情を見て、頷かないわけにはいかなかった。
それに、そもそもリアムとの一件は、「俺が戻るまで大人しくしていろ」とのアレクシスの言葉を守らなかった自分に責任がある。
エリスはそのように考えていたため、アレクシスがそれで安心できるなら、と素直に従ったのだ。
だが、一つだけ気になることがあった。
それは、アレクシスがシオンの宮の出入りを禁止にしてしまったことである。
それまで毎日宮にやってきていたシオンが、ホテルで別れてからというもの、一向に姿を現さない。
手紙を出してみても、返事一つ寄越さない。
そのことに疑問を持ったエリスがようやく昨夜、
「シオンについて、セドリック様から何か聞いておりませんか? ホテルで別れてから、音沙汰がないのです。手紙を出しても返事がなくて」
と尋ねたところ、アレクシスは、
「シオンには、しばらくの間宮の出入りを禁じると伝えてある。君を無断外泊させた責任を取らせてな。手紙の返事がないのは、反省しているからなんじゃないのか?」と答えたのだ。
――その返答に、エリスは疑問を抱かざるを得なかった。
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