ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

103.オリビアの訪問(前編)

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 アレクシスがクロヴィスとの手合わせを終えてしばらく経った頃、エリスはエメラルド宮の自室で、シオンからの返事を待ち続けていた。




(遅いわね。まだ戻ってこないなんて、何かあったのかしら)


 エリスは、時間の経過と共に膨らんでいく不安に押しつぶされそうになりながら、窓からじっと、正門の方の様子を伺う。



 エリスがシオンへ宛てた手紙を侍女に預けたのは、三時間以上も前のこと。

 そのときエリスは、遅くとも二時間もあれば、侍女は戻ってくるだろうと考えていた。

 宮から学院までの距離は、馬車で片道三十分程度。

 今日は平日で講義があるとはいえ、業者や外部の研究員が多く出入りする学院では、講義中であろうと生徒を呼び出すことが可能だ。その為、侍女がシオンに会うのは何ら難しいことではない。
 だから、何かトラブルでもない限り、すぐに戻ってくるだろうと。
 
 だが実際は、三時間が経った今も、侍女が戻ってくる気配はない。


(流石に遅すぎるわ。もしかして、シオンはまだ学院に戻っていないのかしら)


 この五日間、アレクシスもセドリックも、シオンについて何一つ教えてはくれなかった。

 エリスが自分から聞かなかったというのもあるだろうが、シオンについてだけではなく、リアムのことやオリビアのこと、そして、エリスの不名誉な噂について今後どのような対応をするのかということさえ、アレクシスは話そうとしなかった。

 エリスはアレクシスのその心を、自分を守ろうとするが故だと理解していた。

「君は何も心配せずに、自分の身体のことだけを考えて過ごしてくれ」

 ――と、ひと月ぶりに再会した五日前の夜、寝台で囁いてくれた言葉の通りに。


 だが、そのときは何の疑いもなく頷いたエリスも、時間が経つにつれ、違和感を覚えるようになった。

 アレクシスを疑うつもりはないし、彼の愛は信じている。
 けれど、本当に自分は何も知らないままでいいのだろうかと、守られているだけでいいのかと、そんな疑問を抱くようになった。


(わかっているわ。殿下はわたしが『知る』ことを望んでいない。それがわたしを守るためだということも、理解はしているつもりよ。……だけど)


『宮の外には出ないでくれ』というアレクシスの言いつけを破るつもりはない。

『シオンの出入りを禁じる』との決め事に、不満を述べるつもりもない。

 この先アレクシスが諸々の事件についてどんな決定を下そうと、理解し、受け入れるつもりでいる。
 それがアレクシスの愛だと信じているから。

 しかし、それでも。
 いや、だからこそ、秘密や隠し事はしないでほしいと思ってしまう。

 アレクシスが何を考えて、どうしたいのか、その心だけでも教えてほしいと、知りたいと願ってしまう。
 守られるだけではなく、アレクシスの心を理解し、共に悩み、支えたいと。

 そう思うのは、自分の我儘わがままだろうか――。



 エリスは時計の針をじっと見つめながら、祖国での古い記憶を思い起こす。

 それはいつだったか昔、婚約者のユリウスに宛てた手紙を、腹違いの妹、クリスティーナに駄目にされたときの記憶。


(……確かあれは、わたしが十二のときだったかしら)

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