ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

105.オリビアの嘘(前編)

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「……お願い、ですか?」
「はい。お時間は取らせませんわ」
「…………」

(オリビア様が、わたしにお願い? それに、突然来られるだなんて……)

 エリスはあまりにも予想外の状況に、すぐには返事を返せなかった。

 なぜならオリビアのこの行動は、一般的に無礼とされるものだったからだ。

 約束もなく、どころか、知らせひとつせずに訪問するなど、余程親しい仲でなければあり得ない。
 まして皇子妃であるエリスに、アポなし訪問など許しがたいことである。

 ――などと使用人たちは考えているのか、あるいは、オリビアが以前アレクシスのことを慕っていたという情報を知っているからなのか。彼らは皆一様に、オリビアを警戒する様子を見せた。

 もしエリスがこの場に現れなければ、エリスに知らせることなく、オリビアを追い返していただろうというくらいには。

 だが――。

(連絡もせずに来るということは、そうしなければならない理由があったということ。オリビア様には恩があるし、話も聞かずにお帰りいただくなんてできないわ。それにオリビア様は、シオンが今どうしているのか、知っているかもしれない)

 オリビアの願いというのが、リアムとの一件に関わりのあることだろうと予想はついていたけれど。
 聞けば困ることになるかもしれないと、わかってはいたけれど。

 それでもシオンのことや、今回の一件の詳細を知りたいと思っていたエリスには、オリビアを追い返すという選択肢は存在しなかった。


 エリスは、一歩、二歩とオリビアへと歩み寄り、ニコリと微笑む。


「時間なんて気になさらないで。これからちょうどお茶にしようと思っていたところでしたの。よろしければ、ご一緒していただけませんか?」

 何か言いたげな使用人たちを制するがごとく、エリスは侍女たちにお茶の準備をするように指示を出し、オリビアを宮の中へと招き入れた。


 ◇


 その後エリスは、オリビアを応接室に通すのではなく、散歩に誘った。

「お茶の支度ができるまで、外を歩きませんか? 庭園の奥に温室が……。オリビア様のお屋敷の温室には、遠く及びませんけれど」と。

 もちろん、それは二人きりになる口実だった。

 屋内ではどうしたって使用人たちの目があり、込み入った話をするのは難しい。
 だが外ならば、声が届かないほどの距離を空けるくらい容易いことだ。

 すると、オリビアはエリスの意図を汲んでくれたようで、「勿論ですわ」と快諾してくれた。


 こうして二人は、数人の侍女を後ろに従えて、庭園を抜け、温室へと向かった。

 十一月の半ばを迎えるこの季節、屋外庭園は流石に冷えてきたけれど、温室の中は十分すぎるほど暖かく、話をするにはちょうどいい。

 そう思って選んだ場所だったが、エリスは、温室に着く頃には自身の発言を後悔し始めていた。


(……やっぱり、オリビア様の顔色、悪い気がするわ。体調がよくないんじゃないかしら)


 ――そう。
 
 室内では気付かなかったが、こうして太陽の下を歩くと、オリビアの顔色の悪さがよくわかるのだ。

 隣を歩くオリビアの姿は、以前と変わらず気品に溢れているし、表情こそ読めないが、受け答えにはそつがなく、エリスに対する礼儀礼節もしっかり感じられる。

 だが、やはり、どう見ても顔色が悪いのである。


(もしかして、あまり眠れていないのかもしれないわ。気丈な方だと思っていたけれど……それほどリアム様の一件が堪えているということなの? 声のトーンも、先週に比べて、明らかにお元気がない)

 それはつまり、それだけあの一件の予後が悪いということなのではないか。

 アレクシスは何も話してくれないが、少なくとも、オリビアがこれだけやつれるだけの理由があるのではないか。

 そう思うと、いよいよ事の成り行きが心配になってくる。

 オリビアのことも、シオンのことも、何一つ把握しないまま、この五日間を過ごしていた自分が心底恥ずかしくなった。


(わたし、本当に何も知らないんだわ。そんなわたしが、オリビア様にどう声をかけてさしあげたらいいの?)


 そもそも、エリスとオリビアが言葉を交わすのは、今日でようやく四回目。

 一度目は図書館で助けられたとき。二度目はお茶会で、三度目は帝国ホテルで。

 その三回のうち、交流目的だったのはお茶会だけだ。
 だがそのときだって、オリビアと親しくなったのはエリスではなく、どちらかと言えばシオンの方だった。

 オリビアの笑顔を引き出したのもシオンだし、アボカドを一緒に収穫したのもシオン。

 つまり、エリスはオリビアのことをほとんど知らないといってよく、立場的に見ても、友人と呼べる間柄ではないことは間違いない。

 ましてエリスは、オリビアからしたら、かつての想い人アレクシスの妻であり、恋敵。
 一緒にいて楽しい相手ではないだろう。

 そんな自分に、オリビアは会いにきてくれたのだ。
 否――どうしても会わなければならない理由があったのだ。

 体調不良を押してまで――。


(ああ、それは……いったい誰の為に……?)


 エリスは自問し、自答する。


 ――そんなの、リアムの為に決まっているではないか、と。

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