ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

114.エリスの願い(前編)

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(……ミートパイ、か)


 アレクシスは食事を開始して早々、前菜と同じタイミングで運ばれてきた自身の好物ミートパイを見て、鋭く目を細めた。

 その裏にあるのは、自分はいったいどんな気持ちでこの料理を口に運べばいいのだろうか、という、複雑な感情だった。


(約束したこととはいえ、こうして俺の好物を出してくれるということは、エリスは俺に怒ってはいないということか?)

 アレクシスは、パイにナイフを入れながらそう考えて、けれどすぐに手を止める。

(いや、エリスは義理堅い女性だ。たとえ俺に不満を抱こうと約束は守るだろう。つまり、もしここで俺が能天気な顔でこの料理を食べたりすれば、エリスは俺を察しの悪い男だと思うのではないか?)


「…………」

 ――流石にそれは考えすぎか。

 だが頭ではわかっていても、気にせずにはいられない。

 エリスが好物を作ってくれたことは間違いなく嬉しいはずなのに、手放しで喜べないことが歯がゆくて仕方ない。


 そんな葛藤に苛まれたアレクシスは、ナイフとフォークを握りしめたまま、皿の上のパイをじっと見つめ、しばしの間固まっていた。

 すると、そんなアレクシスの態度を変に思ったのだろう。
 不意に、エリスが問いかける。

「あの……殿下? 今日はパイの気分ではありませんでしたか?」

「――!」

 その声にハッと視線を上げると、エリスが不安げな顔でこちらを見ていた。

 アレクシスは慌てて否定する。

「い、いや、そんなことは……。少し考え事をしていただけだ」
「そう、ですか? でももし、お口に合わなけれ「いや、君の作ったものが口に合わないなんてあるわけがない。いただこう」

 アレクシスはエリスの声に被せ気味に答えると、急いでナイフとフォークを動かし、一口サイズに切り分けたパイを口に運ぶ。

 そうしてすぐに「美味い」と伝えたのだが、明らかに取ってつけたような反応だったせいか、エリスは傷ついたような顔をして、俯いてしまった。


 そんなエリスの表情に、アレクシスは再び罪悪感に襲われる。

(ああ、俺はいったい何をやってるんだ……)

 エリスの作ったパイが美味しくないはずがない。
 実際、味はいつもと変わらず美味しいし、何より、エリスが自分の好物を作ってくれたということに喜びを感じている。

 だがどうしても、素直に喜べない自分がいた。

 まだエリスに決闘のことを伝えられていないこと。
 それに、エリスが言った『大切な話』の内容――それが気になって、全てがぎこちなくなってしまう。


(俺は、エリスにこんな顔をさせるために内緒にしていたわけではないというのに)

 そもそも、決闘について秘密にしていた一番の理由は、エリスに心労をかけたくなかったからだ。

 他にも、エリスに恐れられたくなかっただとか、リアムに対して優しさを発揮してほしくなかっただとか、別の理由も含まれていたが、一番の理由は、エリスを守りたかったから。

 だが、今の状況は……。

「…………」

(本当は、食事の途中で話そうと思っていたが……)

 エリスにこんな顔をさせたまま、これ以上食事を続けることはできない。

 アレクシスはそう判断し、ナイフとフォークを皿に置いて、唇を開く。


「エリス、もしや君の話というのは――」
「――!」

 刹那、驚いた様に瞼を開き、顔を上げるエリス。
 
 アレクシスはそんなエリスを真正面に捉え、どうか違っていてほしい、と心の奥底で祈りながら、
 けれど、きっとそうに違いないと覚悟を決めて、問いかける。


「決闘のこと、なのか?」

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