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第二部
116.決闘の朝(前編)
しおりを挟む――『どうかお二人を、引き離さないでいただけないでしょうか?』
エリスがアレクシスにそう頼んでから、二日が経った決闘当日の朝。
エリスは、今にも雨が降り出しそうな曇天の下、シオンの迎えの馬車に乗り、決闘場所である帝都第二陸軍基地へと向かっていた。
もうまもなく開始される決闘に大きな不安を抱えながら、この二日間のことを思い出していた。
(結局、あれから殿下とはほとんど話もできないまま、この日を迎えてしまったわ。今日の決闘、どうなってしまうのかしら……)
◆
二日前、エリスはアレクシスに、『オリビアをリアムと引き離さないでほしい』とお願いした。
決闘には反対しない。けれど、二人を共にいさせてあげてほしい、と。
それは事実上、『リアムを許す』ということと同義だった。
リアムに深手を負わせずに勝利し、尚且つリアムに重い罰を与えない、という意味に他ならなかった。
――アレクシスはそう解釈したのだろう。
やや気分を害した様子で、エリスに尋ねる。
「君は、俺にリアムを許せと言うのか? あいつに罰を与えるなと?」
「そこまでは申しておりません。わたくしはただ、お二人が共に歩める方法があるのではと」
「それが許せと言う意味だろう」
「……っ」
「君には悪いが、俺は――」
まるで畳み掛けるようなアレクシスの声に、エリスは思わず言葉を呑み込む。
「リアムを許すことはできない」
「――!」
「あいつには、それ相応の罰を与えなければ」
「…………」
「とはいえ、君の言うことも一理ある。命だけは取らないと約束しよう。だが、それ以上の返事はできない。理解してくれ」
「……っ」
(……命、だけは……)
それは事実上の拒絶だった。
少なくとも、エリスにはそう聞こえた。
命だけは見逃してやる――だが、それ以外は譲れない。
と同時に、これ以上口を出すなと、壁を作られた気がした。
その後のことは、よく覚えていない。
アレクシスの言葉が思いの他ショックだったのか、それとも自身の不甲斐なさに打ちひしがれたのか。
食事の終わり際に何か質問された記憶はあるのだが、何を聞かれたのか、自分がどう答えたのか、何も思い出せなかった。
気付いたときには食事は終わっていて、アレクシスは席を立った後だった。
◇
(あの後、殿下はいつものようにわたしの元を訪れてくれたけれど、何だか気まずくて……。結局、あれ以降『決闘』のことは何も話せないまま、今日を迎えてしまった)
――話そうと思えば、機会はいくらでもあったというのに。
(自分がこんなにも意気地なしだったなんて。……それに)
それは今より二時間ほど前の、朝食が終わる頃のこと――エリスは突然、アレクシスからこのように伝えられた。
「今日の決闘だが、シオンに迎えを頼んでおいた。俺はセドリックと先に行くから、君はシオンと後で合流してほしい」と。
エリスは驚いた。
てっきり、アレクシスと一緒に行くと思っていたからだ。
「……え? 一緒に行かれるのではないのですか?」
エリスが困惑気味に尋ねると、アレクシスは申し訳なさそうに眉を下げる。
「すまない。集中したいんだ」
「――!」
この言葉に、エリスはショックを受けざるをえなかった。
『集中したい』――たったそれだけの言葉なのに、アレクシスに拒絶されたような気分になった。
その後エリスは、結局まともな返事もできないまま、アレクシスの背中を見送ったのだ。
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