192 / 198
第二部
137.移りゆく(後編)
しおりを挟む◇
「――ん……」
――それからどれくらい経っただろう。
暖炉のパチパチという音に瞼を開くと、そこは自分の寝室だった。
灯りのない暗い部屋に、暖炉の炎だけが明るく揺らめいている。
「――!」
(やだ。わたしったら、いつの間に……)
どうやら眠ってしまっていたようだ。
庭園で、アレクシスに抱き抱えられたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。
エリスは咄嗟に身体を起こそうとした。
けれどどういうわけか身体は微動だにせず、そこでエリスはようやく気付く。
自分がベッドではなく、ソファの上――しかも、アレクシスの腕の中にいることに。
「……っ」
(これ、どういう状況なの……!?)
エリスは驚きと戸惑いに息を呑んだ。
背後から、アレクシスの腕ががっちりと腰をホールドしていたからだ。
「あ……、あの、殿下……?」
エリスは声をかけてみるが、反応はない。
きっと、アレクシスも眠っているのだろう。
だがそれも無理はない。
アレクシスはここのところ、ずっと忙しくしていたのだから。
(お忙しい殿下が、わざわざ早く帰ってきたんだもの。きっと大事な話があったはずよ。それなのに寝てしまうなんて……)
意識がはっきりするにつれ、申し訳なさが募っていく。
こんなことなら、庭園で話を聞いておくべきだった――そんな風に。
すると、その時だ。
アレクシスは目を覚ましたのか、大きく身じろぎし、深く息を吐く。そして、小さく呟いた。
「……エリス?」
その声には戸惑いが滲んでいた。
アレクシスは、どうしてエリスが自分の腕の中にいるのか分からないようだった。
けれどすぐに状況を理解したのか、エリスの腰に回していた放すと、困ったように微笑む。
「すまない。君を離しがたくて、そのまま眠ってしまった。どこか痛むところはないか?」
「――っ」
その声はあまりにも甘く、まるで夢の続きを語っているかのようだった。
(やっぱり、今日の殿下は様子が変よ)
先ほど、庭園で自分を心配したときもそうだった。
今日のアレクシスはいつもと違い、どこか物憂げな雰囲気を纏っている。
きっとこれは、宮廷で余程のことがあったのだろう。
そう確信したエリスは、顔を赤く染めながら、ふるふると首を振った。
「いいえ、どこも……。わたくしの方こそ、申し訳ございません。大事な話があったのでしょう? それなのに眠ってしまうなんて……」
「話? 俺はそんなことを言ったか?」
「いえ。でも、お忙しい殿下が早く帰ってくるなんて、そうとしか……」
暖炉の側のソファの上で、エリスはアレクシスに身体を預けたまま、冷静な声で問いかける。
するとアレクシスは、合点がいった、という顔をした。
「ああ、それはな……」
アレクシスは、エリスの腰に再び腕を回し、口角を上げる。
「明日からしばらくの間、宮で仕事をしようと思ってな。本棟への人の出入りが増えるから、君に伝えておかなければと思ったんだ」
「……え? こちらで、お仕事を?」
「ああ。そうすれば、好きな時に君に会えるだろう? 朝食も夕食も、午後のティータイムも、共に過ごせる」
「――!」
刹那、思いもしなかった言葉に、エリスは再び息を呑む。
正直、ときめきを感じ得なかった。
この一週間の間に積み重なっていた不安な気持ちが、一瞬で吹き飛ぶように思えた。
だが、それでも、どうしても違和感が拭えない。
どうしてアレクシスは急に態度を変えたのだろうと。
その理由を、尋ねてもいいのだろうか。それとも……。
――エリスがそんなことを考え始めた矢先、アレクシスはエリスの気持ちを悟ったのか、あるいは、先回りするつもりなのか、神妙な顔で続ける。
「ここしばらく、君の相手をしてあげられずにすまなかった。君は気付いていただろうが……白状すると、俺は君のことを避けていたんだ。決闘直後、君が倒れたのを見て、どう接したらいいかわからなくなってしまってな。……情けない男だろう?」
「――! そんな、決してそのようなことは……!」
「いいや、そうなんだ。事実俺は、今朝になって事態が好転するまで、君とこうして話す勇気が持てなかったのだからな」
「……!」
――事態が好転。
その言葉に、エリスはハッとする。それは間違いなく、リアムの件についてに違いなかった。
この一週間、気にし続けていたけれど、結局一度も聞けなかったこと――それを今、アレクシスは話そうとしてくれている。
それを察したエリスは、覚悟を決めて、アレクシスに問いかけた。
「そのお話、詳しく聞かせてくださいますか?」
すると、「勿論だ」と頷くアレクシス。
「君にとっては、あまり気持ちのいい話ではないだろうが――」そう前置きをした上で、アレクシスは慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。
65
あなたにおすすめの小説
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる