ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

141.星に願いを(中編)

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 ◇


 その後エリスは、最後尾の席にアレクシスと並んで座り、演劇を鑑賞した。

 冬至の夜に訪れた闇の試練に立ち向かう人々の強い生き様と、太陽神ミトラスの誕生を、華やかな衣装をまとった演者たちが優雅な動きと力強い台詞で表現する――その様子に魅入られながら、このひと月のことを思い出す。


 アレクシスが宮で仕事をするようになってから、丁度ひと月。
 決闘があった日から数えると、ひと月半。

 エリスは、まるでリアムとの一件など最初からなかったかのような、平穏で穏やかな日々を過ごしていた。

 朝は相変わらずなかなか起きられない日が続いているが、朝食も夕食も、もちろんティータイムも、アレクシスと共に過ごすことができている。
 外出も許可されて、マリアンヌとお茶をしたり、図書館へ行くこともできるようになった。

 それもこれも、クロヴィスがルクレール侯爵を議長の座から追いやってくれたお陰だろう。

 ひと月前、議長の座を退く意思を示したルクレール侯爵は、翌日には帝都の屋敷を売り払う算段を整え、あっと言う間に領地へと帰還。
 それに伴い、エリスの不貞の噂はルクレール侯爵の議長辞任のニュースへと、一気に塗り替えられた。

 しかもその辞任は、クロヴィスではなく『アレクシスの怒りを買った』からだという情報が流れたために、貴族たちはエリスについてだけでなく、リアムの死についてさえも一切触れなくなった。
 アレクシスの怒りを買えば、命すら危ういと判断したのだ。

 その後すぐに、第二皇子クロヴィス派の伯爵が新議長に着任。まだ三十代の若い男らしいが、セドリック曰く、相当のやり手だと言う。

 また、つい先日、ランデル王国にいるオリビアからも手紙が届いた。

 オリビアはジークフリートの計らいで、医療院で看護助手として働き始めたという。いずれは資格を取り、看護師を目指すそうだ。

 一方リアムの方は、ジークフリートにその聡明さを買われ、行政官にならないかと誘われているとのこと。
 本人も、剣よりはペンを握る方が性に合っている自覚があるらしく、おそらくそちらの道に進むだろうとのことだった。


(オリビア様とリアム様が、あちらで無事に過ごされていることがわかって本当に良かったわ。――でも、本当に驚いたのはシオンのことなのよね)

 というのも、シオンはルクレール侯爵が売りに出した屋敷を、そのまま買い取ってしまったのだ。
 それも、解雇されるはずだった使用人たちを、一人残らずそのままに。

 それをアレクシスから知らされたエリスがシオンを問い詰めると、シオンはあっけらかんと笑ってこう言った。

「お金なら有り余るほどあるからね。有効活用しないと。それに、あの温室を取り壊しちゃうのはもったいだろう?」――と。


(あのときは本当に驚いたわ。結局、いくら払ったのかも教えてくれなくて……。せめて一言知らせてくれたら良かったのに)

 半数以上の使用人が辞めた状態だったとはいえ、毎月の給金を払い続けることを考えると、エリスはシオンの懐具合が心配になったのだが、その後セドリックが「十年は問題ないでしょう」と教えてくれたことで、ひとまず安堵したエリスである。


 ――そして最後に、進展があったことがもう一つ。

 エリスは、先週のマリアンヌとのお茶の時間を思い出す。

 エリスはその日、マリアンヌが首につけていた真珠のネックレスを見て、すぐにピンときた。
 ネックレスの意匠いしょうが、アレクシスから受け取ったロレーヌ土産の真珠のアクセサリーと同じものだったからだ。

(これって、絶対そうよね……?)

 だからエリスは、「もしかして、そのネックレスは」と尋ねてみた。

 するとマリアンヌは頬を赤く染めながら、「実は、とある方からいただいたの。ほら、この前の刺繍のハンカチ……そのお礼で」と、嬉しそうに笑ったのだ。

 その後マリアンヌは、セドリックの名前こそ出さなかったけれど、相手のいいところや、どんなところに惹かれているかなどを、恥ずかしそうに語ってくれた。



(あのときのマリアンヌ様、本当にお可愛らしかったわ)

 エリスは、思わずニヤけそうになる唇を押し留めながら、

(そうだわ。今日の星への願い事は、お二人の恋の成就にしようかしら)

 などと考え始める。
 エリスは一週間ほど前から『願い事』を何にするか考えていたのだが、今が幸せすぎて、他に望むものが思い当たらなかったからだ。

 願い事の内容はどんなことでもいいと聞いているし、他人の幸福を願ったって、何の問題もないだろう。


 エリスが願い事を決めたところで、劇は最高潮を迎え、太陽神ミトラスが人々に希望を授ける場面へと移る。

『人々よ! その願いを星へ託せ――永遠に輝く光のもと、我がなんじらの祈りを聞き届けよう!』

 演者の力強い声が広場に響き渡り、大きな歓声が沸き起こる。――終幕だ。


「どうだった? エリス」
「とても興味深かったです。また来年も観たいですわ」
「そうか。気に入ってもらえたなら何よりだ。来年も一緒に観よう」
「はい、殿下」

「……そろそろ日が暮れるな、移動するか」

 その声に空を見上げると、青色だった空は、すっかり紅色に染まっていた。
 メインイベントの時間だ。

 隣に座っていたアレクシスが立ち上がり、優しい笑顔で、手を差し伸べてくれる。

「さあ、手を」

 エリスはそんなアレクシスの微笑みに胸をときめかせながら、右手をそっと、アレクシスの手のひらに重ねた。
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