サリオン記

サリオンの記録者

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零の吟・旅立ちの予感

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《零の吟・旅立ちの予感》

ーーー
風がこの吟を運んでくる。
けれど、タリオスが森を出る前、
森にはまだ、風は吹いていなかった。
ーーー

葉は揺れず、鳥の声も遠く。
それなのに、森の奥で何かが終わろうとしている気配だけが、タリオスにはわかっていた。

土は乾き、地脈の流れが鈍い。
枝先の緑もくすみ、森の古樹ナヴァラの声が、以前より小さく感じる。

それでも、森の民の多くは気づいていなかった。
森がいつも通りであることを信じていたし、そうでなければならないと思っていた。

タリオスだけが、夜になると静かに槍を地面へ立て、地脈の声を聞いていた。
音もなく、ただ頭の奥に伝わる、かすかな重さ。
その重さが、日に日に薄れている。

「森が、やせてきている」
そう言えば笑われるか、心配されるか、いずれにせよ話は早く打ち切られる。

そんなある日、森の入り口に旅の者が訪れた。
銀髪を束ねた年老いた吟遊詩人。
街の市から流れてきたらしく、数日だけ滞在するという。

詩人は焚き火を囲んだ夜に、不思議なことを語った。

「西の塔に、忘れられた吟があるらしい」
「風の塔って、言うんだとか」

それがどうした、と笑う者もいた。
けれど、タリオスはその言葉に、森の底から呼ばれたような感覚を覚えた。

風。
吟。
塔。

意味のない組み合わせが、なぜか心に引っかかった。

翌朝、タリオスは古樹ナヴァラのもとを訪れた。

古樹は何も言わず、葉を揺らしもせず、ただ立っていた。
けれど、タリオスがそっと根元に手を置くと、遠くから水が流れるような感触が伝わった。

「森が、終わるのか?」

声に出してしまってから、自分で驚いた。

答えはなかった。けれど、その沈黙こそが答えのようだった。

タリオスはしばらく動けなかった。
けれどやがて、根の裂け目に何かが落ちているのを見つけた。

それは一束の紙だった。

厚みがあり、木の皮で作られたような紙。
焼けたような香りがし、角には細かい蔓のような模様が刻まれている。

手に取ると、紙の奥が、ほのかにあたたかかった。
何も書かれていないようでいて、何かがそこに封じられている気配があった。

「これは……」

ナヴァラは答えなかった。
ただ、葉の先が一枚だけ、タリオスの肩に触れた。

まるで、それが「渡された」という印のように。

タリオスは槍とその束を背に、ナヴァラに頭を下げた。

「行ってくる」

本当は、もっと何か言いたかった。
でも言葉にならなかった。

背を向けて森の外れに歩き出したとき、
振り返れば消えてしまいそうで、もう一度も見なかった。

風は、まだ吹いていなかった。

けれど、森のどこかで、何かが動きはじめていた。

ーーー
この話は、ここまで。
風が次の吟を運んでくるまで、しばしのおやすみを。
ーーー
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