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第一章
ロウグの夜
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《ロウグの夜》
ーーー
風がこの吟を運んでくる。
これは、森を出る前の、たったひと晩の話。
ーーー
その夜、野の市が森の近くに来ていた。
といっても、タリオスたち森の民がとくに騒ぎ立てることはない。
市は勝手に立ち、市は勝手に去っていく。
森の暮らしと交わるのは、ほんの端っこだけだ。
それでも、市が来れば草の束をまとめて持っていく者がいるし、荷を運ぶためロウグを貸すこともある。
この日もまた、うちのロウグが一頭、昼のうちに連れて行かれていた。
夜になって、森の外れにあかりが見えた。
ランタンではなく、火そのものの色だった。
風が温かく、焚き火の匂いが届いていた。
木々のあいだから、野の市の焚き火が見える。
遠巻きに、その手前を歩いていたのは、うちのロウグだった。
のっそり、もっさりした動きで、荷台もないまま、火の前に立った。
いつからいたのだろう。ロウグの陰に、ひとりの女が座っていた。旅人の身なりだった。市に同行した奏者らしい。
「ロウグがあなたを案じてる。さっき吟遊詩人が歌っていた塔へ行くの?」
タリオスが頷くと、女は立ち上がった。
「同行させてくれる?行き先は同じ」
「名は?」
「セラ。……それだけでいいわ」
誰かが、草を焼いている。
細かく刻まれた薬草の束だ。
ロウグはただ、それを見ていた。
そして、頭をぐっと下げた。
火のそばにいた子どもが一人、ロウグの頭をぽんと叩いた。
タリオスはその様子を、暗がりの中から見ていた。
ふと、足元の風が変わる。
吹いてきたのは森の奥の方、ナヴァラの樹の根の方角だった。
風が、背を押した気がした。
けれど、誰が押したのかはわからない。
声ではなく、ただ空気がそう告げたように思えた。
ロウグが火の前で振り返る。
遠い目をして、森の方をじっと見た。
タリオスのいる場所ではない。もっと、ずっと奥の方。
やがて火は小さくなり、ロウグはまた野の市の方へ戻っていった。
草のにおいが森にしばらく残っていた。
タリオスは明日の朝発つため、寝床に向かった。
服に染みついた焚き火のにおいは、一晩中ずっと抜けなかった。
ーーー
この話は、ここまで。
風が次の吟を運んでくるまで、しばしのおやすみを。
ーーー
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風がこの吟を運んでくる。
これは、森を出る前の、たったひと晩の話。
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その夜、野の市が森の近くに来ていた。
といっても、タリオスたち森の民がとくに騒ぎ立てることはない。
市は勝手に立ち、市は勝手に去っていく。
森の暮らしと交わるのは、ほんの端っこだけだ。
それでも、市が来れば草の束をまとめて持っていく者がいるし、荷を運ぶためロウグを貸すこともある。
この日もまた、うちのロウグが一頭、昼のうちに連れて行かれていた。
夜になって、森の外れにあかりが見えた。
ランタンではなく、火そのものの色だった。
風が温かく、焚き火の匂いが届いていた。
木々のあいだから、野の市の焚き火が見える。
遠巻きに、その手前を歩いていたのは、うちのロウグだった。
のっそり、もっさりした動きで、荷台もないまま、火の前に立った。
いつからいたのだろう。ロウグの陰に、ひとりの女が座っていた。旅人の身なりだった。市に同行した奏者らしい。
「ロウグがあなたを案じてる。さっき吟遊詩人が歌っていた塔へ行くの?」
タリオスが頷くと、女は立ち上がった。
「同行させてくれる?行き先は同じ」
「名は?」
「セラ。……それだけでいいわ」
誰かが、草を焼いている。
細かく刻まれた薬草の束だ。
ロウグはただ、それを見ていた。
そして、頭をぐっと下げた。
火のそばにいた子どもが一人、ロウグの頭をぽんと叩いた。
タリオスはその様子を、暗がりの中から見ていた。
ふと、足元の風が変わる。
吹いてきたのは森の奥の方、ナヴァラの樹の根の方角だった。
風が、背を押した気がした。
けれど、誰が押したのかはわからない。
声ではなく、ただ空気がそう告げたように思えた。
ロウグが火の前で振り返る。
遠い目をして、森の方をじっと見た。
タリオスのいる場所ではない。もっと、ずっと奥の方。
やがて火は小さくなり、ロウグはまた野の市の方へ戻っていった。
草のにおいが森にしばらく残っていた。
タリオスは明日の朝発つため、寝床に向かった。
服に染みついた焚き火のにおいは、一晩中ずっと抜けなかった。
ーーー
この話は、ここまで。
風が次の吟を運んでくるまで、しばしのおやすみを。
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