サリオン記

サリオンの記録者

文字の大きさ
2 / 28
第一章

ロウグの夜

しおりを挟む
《ロウグの夜》
ーーー
 風がこの吟を運んでくる。
これは、森を出る前の、たったひと晩の話。
ーーー

その夜、野の市が森の近くに来ていた。
といっても、タリオスたち森の民がとくに騒ぎ立てることはない。
市は勝手に立ち、市は勝手に去っていく。
森の暮らしと交わるのは、ほんの端っこだけだ。

それでも、市が来れば草の束をまとめて持っていく者がいるし、荷を運ぶためロウグを貸すこともある。
この日もまた、うちのロウグが一頭、昼のうちに連れて行かれていた。


夜になって、森の外れにあかりが見えた。
ランタンではなく、火そのものの色だった。
風が温かく、焚き火の匂いが届いていた。

木々のあいだから、野の市の焚き火が見える。
遠巻きに、その手前を歩いていたのは、うちのロウグだった。
のっそり、もっさりした動きで、荷台もないまま、火の前に立った。

いつからいたのだろう。ロウグの陰に、ひとりの女が座っていた。旅人の身なりだった。市に同行した奏者らしい。

「ロウグがあなたを案じてる。さっき吟遊詩人が歌っていた塔へ行くの?」
タリオスが頷くと、女は立ち上がった。
「同行させてくれる?行き先は同じ」
「名は?」
「セラ。……それだけでいいわ」


誰かが、草を焼いている。
細かく刻まれた薬草の束だ。
ロウグはただ、それを見ていた。
そして、頭をぐっと下げた。

火のそばにいた子どもが一人、ロウグの頭をぽんと叩いた。
タリオスはその様子を、暗がりの中から見ていた。

ふと、足元の風が変わる。
吹いてきたのは森の奥の方、ナヴァラの樹の根の方角だった。

風が、背を押した気がした。

けれど、誰が押したのかはわからない。
声ではなく、ただ空気がそう告げたように思えた。

ロウグが火の前で振り返る。
遠い目をして、森の方をじっと見た。
タリオスのいる場所ではない。もっと、ずっと奥の方。


やがて火は小さくなり、ロウグはまた野の市の方へ戻っていった。
草のにおいが森にしばらく残っていた。

タリオスは明日の朝発つため、寝床に向かった。
服に染みついた焚き火のにおいは、一晩中ずっと抜けなかった。

ーーー
この話は、ここまで。
風が次の吟を運んでくるまで、しばしのおやすみを。
ーーー
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。  発端は彼女の父親が行方不明となり、叔父である父の弟が公爵邸に乗り込んで来たこと。  何故か叔父一家が公爵家の資産に手を付け散財するが、祖父に相談してもコロネに任せると言って、手を貸してくれないのだ。  そもそも父の行方不明の原因は、出奔中の母を探す為だった。その母には出奔の理由があって…………。  残された次期後継者のコロネは、借金返済の為に事業を始めるのだ。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

処理中です...