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第二章
二の吟・共に鳴る塔
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《二の吟・共に鳴る塔》
ーーー
風がこの吟を運んでくる。これは、共鳴の塔で、セラが自分の“音”を取り戻した日の話。
ーーー
共鳴の塔は、雨読の町を越えて東に進んだ、霧の湧く谷にあった。
乾いた岩地を抜け、苔としずくの香る森に分け入ると、塔はしんと静かにそこに立っていた。塔というより、円形の劇場のようだった。外壁には蔦が絡み、天頂は開かれたまま。風が雲をちぎって、音もなく通り過ぎていく。
セラはその入口に立って、塔の気配を感じ取ろうとしていた。
背後には、タリオスとロウグの気配。けれど、彼女は振り返らず、そっとリラのケースを握る。
「ここが、“結界の塔”じゃないの?」
出発の前にそう聞いたとき、タリオスは首を横に振った。
「名前は――“共鳴の塔”だよ」
セラはまだ、その意味を掴めていなかった。
*
塔の最上階は、吹き抜けの広間だった。
響きのために設計されたのか、天井のかけられたアーチも、壁面も、音を吸いすぎず、残しすぎず保つように作られている。中心には石でできた小さな台座があり、そこに腰を下ろして、セラはゆっくりとリラを構えた。
弓のようにたわむ弦を爪弾くと、ひとつ、ふたつ――音が塔に満ちていく。
この音は、まだ共鳴しない。ただの旋律。
セラはわかっていた。
かつてこのリラとともに、結界を張る役目に選ばれかけた自分。
けれど音に意味が宿らなくなったあの日、自ら手を離して修道院を去った。
もう一度、この音に、意味を宿せるのか。
――今の自分は、それを試しに来た。
弦をひとつ強く鳴らす。
その瞬間、塔の床の下――地の奥から、ぶわり、と何かが浮かび上がるような気配がした。
「タリオス……?」
ふと顔を上げると、塔の入り口で立ち止まっていたはずの彼が、手にした槍を静かに床へ立てていた。
目を閉じて、何かに耳を澄ますように。
その足元から、青く淡い光がじわりと広がっていく。
光は蔦のように塔の床を這い、壁を伝い、やがて――セラの音に、触れた。
「……!」
音が震えた。セラの弦が、タリオスの“地脈”と呼応する。
塔全体がふるえる。弦の響きと、地の鼓動が重なり合い、塔の空間を包んでいく。
これが、“共鳴”――
セラの記憶の奥に、失われていたその言葉がふいに蘇った。
塔の中央、空に向かって空いた穴の奥から、ひと粒の光が降りてくる。
それは、音の波紋に乗って、ゆるやかに舞いながら塔の中心へ。
セラのリラの上で、しずかに震える。
「……やがて芽吹くは、ひとつの響き」
セラはその詞を、自然に口にしていた。
吟の一節が、塔に染みわたり、旅の書の一ページに刻まれる。
そして、共鳴は、収まった。
*
タリオスは塔の壁にもたれ、光が収まるのを見守っていた。
セラが近づくと、彼は肩をすくめてひとこと。
「……聞こえたよ。あのときの音に、近いものが」
セラは微笑んだ。
「私が、ずっと、求めていたのはこれだったのかもしれない。でも……」
「でも?」
「それでも、もう少し、君たちと旅をしてみたいと思ったの」
それだけ言って、彼女はロウグの方へ歩き出す。
タリオスはその背中を見送りながら、塔の中心に残された光の名残に、目を落とした。
ーーー
この話は、ここまで。
風が次の吟を運んでくるまで、しばしのおやすみを。
ーーー
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風がこの吟を運んでくる。これは、共鳴の塔で、セラが自分の“音”を取り戻した日の話。
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共鳴の塔は、雨読の町を越えて東に進んだ、霧の湧く谷にあった。
乾いた岩地を抜け、苔としずくの香る森に分け入ると、塔はしんと静かにそこに立っていた。塔というより、円形の劇場のようだった。外壁には蔦が絡み、天頂は開かれたまま。風が雲をちぎって、音もなく通り過ぎていく。
セラはその入口に立って、塔の気配を感じ取ろうとしていた。
背後には、タリオスとロウグの気配。けれど、彼女は振り返らず、そっとリラのケースを握る。
「ここが、“結界の塔”じゃないの?」
出発の前にそう聞いたとき、タリオスは首を横に振った。
「名前は――“共鳴の塔”だよ」
セラはまだ、その意味を掴めていなかった。
*
塔の最上階は、吹き抜けの広間だった。
響きのために設計されたのか、天井のかけられたアーチも、壁面も、音を吸いすぎず、残しすぎず保つように作られている。中心には石でできた小さな台座があり、そこに腰を下ろして、セラはゆっくりとリラを構えた。
弓のようにたわむ弦を爪弾くと、ひとつ、ふたつ――音が塔に満ちていく。
この音は、まだ共鳴しない。ただの旋律。
セラはわかっていた。
かつてこのリラとともに、結界を張る役目に選ばれかけた自分。
けれど音に意味が宿らなくなったあの日、自ら手を離して修道院を去った。
もう一度、この音に、意味を宿せるのか。
――今の自分は、それを試しに来た。
弦をひとつ強く鳴らす。
その瞬間、塔の床の下――地の奥から、ぶわり、と何かが浮かび上がるような気配がした。
「タリオス……?」
ふと顔を上げると、塔の入り口で立ち止まっていたはずの彼が、手にした槍を静かに床へ立てていた。
目を閉じて、何かに耳を澄ますように。
その足元から、青く淡い光がじわりと広がっていく。
光は蔦のように塔の床を這い、壁を伝い、やがて――セラの音に、触れた。
「……!」
音が震えた。セラの弦が、タリオスの“地脈”と呼応する。
塔全体がふるえる。弦の響きと、地の鼓動が重なり合い、塔の空間を包んでいく。
これが、“共鳴”――
セラの記憶の奥に、失われていたその言葉がふいに蘇った。
塔の中央、空に向かって空いた穴の奥から、ひと粒の光が降りてくる。
それは、音の波紋に乗って、ゆるやかに舞いながら塔の中心へ。
セラのリラの上で、しずかに震える。
「……やがて芽吹くは、ひとつの響き」
セラはその詞を、自然に口にしていた。
吟の一節が、塔に染みわたり、旅の書の一ページに刻まれる。
そして、共鳴は、収まった。
*
タリオスは塔の壁にもたれ、光が収まるのを見守っていた。
セラが近づくと、彼は肩をすくめてひとこと。
「……聞こえたよ。あのときの音に、近いものが」
セラは微笑んだ。
「私が、ずっと、求めていたのはこれだったのかもしれない。でも……」
「でも?」
「それでも、もう少し、君たちと旅をしてみたいと思ったの」
それだけ言って、彼女はロウグの方へ歩き出す。
タリオスはその背中を見送りながら、塔の中心に残された光の名残に、目を落とした。
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この話は、ここまで。
風が次の吟を運んでくるまで、しばしのおやすみを。
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