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Ep.44 北風の午後、消えた視界(前)≪晴れのち曇り≫
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昼を過ぎて、海の色が少し変わった。
さっきまで真上から落ちていた光が斜めに砂を滑っていく。太陽は高いままなのに、影だけがじわじわ伸びていった。タープの布が風をはらんで、ぱたぱたと鳴る。
午前中に集めたゴミ袋が砂の上に並んでいて、透明なビニール越しに色とりどりのガラクタが透けて見えた。ここに集まった分だけ砂浜が綺麗になったということでもあり、それだけ人がここに何かを落としてきた痕跡でもあった。
休憩エリアのすぐそばでは、アカツキが俺の肩にべったり張り付いていた。午前中からずっとだ。
『湊~、まだ休憩終わらなくていいよね?ほら、もっと撫でてもいいんだよ?』
尻尾で俺の首筋をくすぐりながら、甘ったるい声を出してくる。毛が柔らかすぎて、思わず肩がすくんだ。
「くすぐったいって。もう十分撫でたから。……アカツキ、今日どうしたの?」
『どうしたの、とは失礼だな~。海と湊のダブル癒しだよ?ここが特等席じゃなかったらどこが特等席なの』
「理屈になってないから」
『サービスだよ、サービス。限定アニマルセラピー』
「そのセラピー、こっちの集中力削ってくるんだけど」
『いったん削って調整するの。はいリラックス~』
指先で尻尾をつまむと、アカツキはわざとらしく『きゃっ』と声を上げてさらに頬に寄りかかってきた。甘え倒しモード継続中だ。
(……これ、甘えてるっていうより、なにかを守ってるみたいだな)
笑いながらも、正直暑い。首筋に貼りつく毛並みがふわふわで、余計に体温を上げてくるから地味に蒸す。
反対側ではケロスケが肩の上で四肢を投げ出して、潮風を胸いっぱいに吸い込んでいた。
『ふぅ~……塩分、うま……。この塩分濃度、クセになるな』
「飲むなよ」
『吸う派だっつってんだろ。これは“潮風を味わう”って高度な遊びだ』
「はいはい。高度な両生類、ね」
こいつなりに楽しんでいるらしい。さっきまで砂山を作っては自分で崩す遊びを延々と繰り返していたのに、今は空を見上げてうっとりしている。
海風がさっきより強くなってタープの紐がきしんだ。波の音も少し荒く聞こえる。そろそろ北側のエリアに移動する時間だ。
「アカツキ」
『なぁに?』
「せっかく海に来たんだからさ。午後はケロスケと遊んできていいよ」
『……え、いいの? 特別許可?』
金色の目がぱちぱち瞬いて、すぐにきらっと光る。
「うん。ケロスケも遊びたいだろ」
『よっしゃー!潮風バンザイ!相棒、話が分かるじゃねぇか!』
ケロスケが肩からぴょんと飛び降り、砂の上で両手を広げた。
「ケロスケを頼むね、アカツキ」
そう言った途端にアカツキの尻尾が、ぴたっと止まった。次の瞬間、尻尾をぶわっと広げて目を輝かせた。
『え、今のってさ。任務?湊からの正式な依頼?』
「任務ってほどじゃないけど……お願い。迷子にしないで」
『任せてよ!じゃあ湊、俺たちが帰ってくるまで、絶対にケガすんなよ?』
「縁起でもないこと言うな」
軽口なのに妙に耳に残る言い方だった。心のどこかで「本当に何もないといいけど」と勝手に構える自分がいる。海は楽しいけど、少し気を抜いただけで体力も注意力も持っていかれる。
ケロスケをアカツキの頭に乗せると、二匹はきゃいきゃい騒ぎながら砂浜の方へ駆けていく。上空からスイがくるりと旋回し、『じゃあ海側の風に乗って、案内するね』と柔らかい声を落として、一緒に向こうへ飛んでいった。
『お、案内係だな鳥。頼れる~』
『じゃ、観察ツアーの始まりだね』
二匹と一羽(?)は、スイを先頭に砂浜の方へ移動していった。砂の上に落ちる三つの小さな影が、尻尾と羽と丸い背中の形で揺れている。
「……仲良しだな、あいつら」
白河が紙コップをゴミ袋に入れながら笑った。
「やっと静かになったな」朱里が伸びをしながら言う。「さっきまで、肩の上が動物園だっただろ」
「それはほんと否定できない……」
肩が急に軽くなった気がした。さっきまでの賑やかさが少し遠くなって、潮の音がくっきりしてくる。
「でもまあ、あれはあれで癒されんだよな」
朱里は口では文句を言いながら、目は明らかに緩んでいた。
神代が腕時計をちらりと見て言う。
「そろそろ北側に移動しようか。風が出てきたから、気をつけて」
タープの影から出ると、日差しが一段明るく感じた。砂が足首の辺りでさらさらと騒ぐ。美化委員の先導で、俺たちは浜沿いの遊歩道を歩き出した。
◇
さっきまで真上から落ちていた光が斜めに砂を滑っていく。太陽は高いままなのに、影だけがじわじわ伸びていった。タープの布が風をはらんで、ぱたぱたと鳴る。
午前中に集めたゴミ袋が砂の上に並んでいて、透明なビニール越しに色とりどりのガラクタが透けて見えた。ここに集まった分だけ砂浜が綺麗になったということでもあり、それだけ人がここに何かを落としてきた痕跡でもあった。
休憩エリアのすぐそばでは、アカツキが俺の肩にべったり張り付いていた。午前中からずっとだ。
『湊~、まだ休憩終わらなくていいよね?ほら、もっと撫でてもいいんだよ?』
尻尾で俺の首筋をくすぐりながら、甘ったるい声を出してくる。毛が柔らかすぎて、思わず肩がすくんだ。
「くすぐったいって。もう十分撫でたから。……アカツキ、今日どうしたの?」
『どうしたの、とは失礼だな~。海と湊のダブル癒しだよ?ここが特等席じゃなかったらどこが特等席なの』
「理屈になってないから」
『サービスだよ、サービス。限定アニマルセラピー』
「そのセラピー、こっちの集中力削ってくるんだけど」
『いったん削って調整するの。はいリラックス~』
指先で尻尾をつまむと、アカツキはわざとらしく『きゃっ』と声を上げてさらに頬に寄りかかってきた。甘え倒しモード継続中だ。
(……これ、甘えてるっていうより、なにかを守ってるみたいだな)
笑いながらも、正直暑い。首筋に貼りつく毛並みがふわふわで、余計に体温を上げてくるから地味に蒸す。
反対側ではケロスケが肩の上で四肢を投げ出して、潮風を胸いっぱいに吸い込んでいた。
『ふぅ~……塩分、うま……。この塩分濃度、クセになるな』
「飲むなよ」
『吸う派だっつってんだろ。これは“潮風を味わう”って高度な遊びだ』
「はいはい。高度な両生類、ね」
こいつなりに楽しんでいるらしい。さっきまで砂山を作っては自分で崩す遊びを延々と繰り返していたのに、今は空を見上げてうっとりしている。
海風がさっきより強くなってタープの紐がきしんだ。波の音も少し荒く聞こえる。そろそろ北側のエリアに移動する時間だ。
「アカツキ」
『なぁに?』
「せっかく海に来たんだからさ。午後はケロスケと遊んできていいよ」
『……え、いいの? 特別許可?』
金色の目がぱちぱち瞬いて、すぐにきらっと光る。
「うん。ケロスケも遊びたいだろ」
『よっしゃー!潮風バンザイ!相棒、話が分かるじゃねぇか!』
ケロスケが肩からぴょんと飛び降り、砂の上で両手を広げた。
「ケロスケを頼むね、アカツキ」
そう言った途端にアカツキの尻尾が、ぴたっと止まった。次の瞬間、尻尾をぶわっと広げて目を輝かせた。
『え、今のってさ。任務?湊からの正式な依頼?』
「任務ってほどじゃないけど……お願い。迷子にしないで」
『任せてよ!じゃあ湊、俺たちが帰ってくるまで、絶対にケガすんなよ?』
「縁起でもないこと言うな」
軽口なのに妙に耳に残る言い方だった。心のどこかで「本当に何もないといいけど」と勝手に構える自分がいる。海は楽しいけど、少し気を抜いただけで体力も注意力も持っていかれる。
ケロスケをアカツキの頭に乗せると、二匹はきゃいきゃい騒ぎながら砂浜の方へ駆けていく。上空からスイがくるりと旋回し、『じゃあ海側の風に乗って、案内するね』と柔らかい声を落として、一緒に向こうへ飛んでいった。
『お、案内係だな鳥。頼れる~』
『じゃ、観察ツアーの始まりだね』
二匹と一羽(?)は、スイを先頭に砂浜の方へ移動していった。砂の上に落ちる三つの小さな影が、尻尾と羽と丸い背中の形で揺れている。
「……仲良しだな、あいつら」
白河が紙コップをゴミ袋に入れながら笑った。
「やっと静かになったな」朱里が伸びをしながら言う。「さっきまで、肩の上が動物園だっただろ」
「それはほんと否定できない……」
肩が急に軽くなった気がした。さっきまでの賑やかさが少し遠くなって、潮の音がくっきりしてくる。
「でもまあ、あれはあれで癒されんだよな」
朱里は口では文句を言いながら、目は明らかに緩んでいた。
神代が腕時計をちらりと見て言う。
「そろそろ北側に移動しようか。風が出てきたから、気をつけて」
タープの影から出ると、日差しが一段明るく感じた。砂が足首の辺りでさらさらと騒ぐ。美化委員の先導で、俺たちは浜沿いの遊歩道を歩き出した。
◇
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