北の砦に花は咲かない

渡守うた

文字の大きさ
3 / 40
序章

3、決意

しおりを挟む

 この国の人々には生まれた時から魔力が備わっている。
 魔力は魔法を起こす時に必要なエネルギーだ。
 この世界で魔力を持たないということは、魔法使いとしてだけでなく、ただ生活を送るだけでも困難なのだが──。




 セスは重い瞼を持ち上げた。あの後そのまま体調を崩し、高熱にうなされていた。
 キャシーの献身によってやっと様態が安定してきたところだ。
 それでも寝ているだけでは気が狂いそうで、セスはキャシーに魔法の資料を頼んで持ってきてもらい、読み漁っていた。
 セスは手元の本に視線を落とす。

『【厄災】とは巨大な力を持った魔物のことである。歴史を辿ると、過去にも幾度か凶悪な魔物が出現したことがあり、それらを総じて【厄災】と呼んでいる。
魔物とは──』

 そこには【厄災】と総称される、巨大な魔物についての歴史が綴られていた。
 熱心に文字を追うセスに、キャシーが声を掛けた。

「坊ちゃん、読書はそのくらいにしてご飯を食べてくださいね」

 セスは彼女の顔を見ずに告げる。

「キャシー、一人で食べられるから、もう下がって良い」
「はい。……無理でしょうけれど、あまりお気を落とさないでくださいね。なんだかすっかり人が変わってしまったようで、心配です」
「うん。僕は大丈夫だから」
「……はい。では、失礼します」

 セスは子供時代に戻ってしまったからと言って、子供のように振る舞うことはしなかった。そんな気力もなかったし、奇異の目で見られるならばそれは仕方ないと思ったのだ。
彼女はセスの様子が突然変わったことを、母親を亡くした悲しみや魔力を失った衝撃によるものだと受け取っているようだった。
 セスは彼女が退室したのを確認する。
 そして、こっそりと屋敷を抜け出した。
 療養中に考えていたことがある。

(僕が子供に戻っているということは、あの場に居た皆も戻ってきているのでは?)

 セスはスカーレット・シエンナという、北の要塞で出会った女性騎士を思い浮かべた。彼女との関係性を一言で表すのは難しいのだが、便宜上恋人としておく、そんな間柄だった。
 彼女も【厄災】と戦い、自分を庇って死んだ。

(僕だってこんなに混乱してるんだ、スカーレットだってきっと戸惑ってるに違いない!)

 セスはスカーレットとの会話を思い起こす。確か実家は王都にあって、意外と近くに住んでいたことに驚いた記憶がある。

(確か4区に屋敷があるって言っていた)

 辺りを見回す。
 セスは寄合馬車に飛び乗った。




 日が傾いてきた。どうやってここまで辿り着いたのかよく覚えていない。
 衝動に突き動かされるまま、気だるい身体を必死に動かして歩き回った。
 「シエンナという騎士の家」を尋ねて、教えられるままに来た。立派な門構えの、堅牢な邸宅であった。
 セスはシエンナ邸を前にして、初めて怖気づいた。何に恐怖しているのか自分でも分からない。ただ、太陽の角度が変わり、無骨な屋敷が影を落としているのを見て、足が震えた。

「きみ、どうしたの?」

 声が掛けられたのはそんな時だった。
 息を止めて声の方を振り向く。
丁度、現在のセスと同じ年頃の少女がこちらを見ていた。
 夕日を受けて、豊かな赤毛が燃えるように輝いている。少女は快活な微笑みを湛えたまま小首を傾げた。
 それはまさしく、北の砦で出会った彼女であった。

(スカーレット!)

 セスは叫びたかった。でも、喉が張り付いて言葉が出ない。
 言葉を発さないセスに、少女は少しだけ眉を下げた。

「──この辺りで見ない子だね。迷子になっちゃったの?」

 セスは今度こそ本当に息が止まるかと思った。頭の芯から冷えていく感覚に、思わず視線を落とす。自分の影が地面に伸びている。
 無理矢理顔を上げる。少女は目を見張った。
 セスは動かない足を何とか引きはがして踵を返した。

「きみ、待って──」

 スカーレットの声が呼んでいる。今度は振り返ることができなかった。




(覚えていなかった)

 スカーレットは覚えていなかった。それは魔力を失ったことよりも衝撃だった。同じことばかりをぐるぐると考えてしまう。何も入っていない筈の胃からこみ上げてくるものがあって、セスは胸を押さえた。

(スカーレットは覚えていなかった)

 足が震える。

(スカーレットはもう、僕の知っているスカーレットではない)

 セスは暗い淵を覗きこんでいるような気持ちになる。
 しかし彼女がこの世界に存在して、回帰前の会話の通りシエンナ邸があったということは、回帰前に起きた出来事は今回も起こり得るだろう、ということだ。
 つまり【厄災】もやってくるのではないか、とセスは考える。
 それならば、今度こそ。セスは決意する。

──愛した人たちに生きてもらいたい。大切な人たちに幸せでいてほしい
──今度こそ【厄災】を倒して彼らを生き残らせる



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏
ファンタジー
魔法が当たり前、人間によく似た長寿の生命体は「神」と呼ばれる異世界、「デウスガルテン」。 かつて一つだった世界は複数の「箱庭」という形でバラバラに分かたれてしまい、神も人間も別々に生きている。 物語は、神のみが生きる箱庭「キャッセリア」から始まる。 ユキア・アルシェリアは、若い神の少女でありながら、神と人間が共存する世界を望んでいる。 それは神としては間違いで、失敗作とも役立たずとも揶揄されるような考え方。 彼女は幼い頃に読んだ物語の感動を糧に、理想を追い続けていた。 一方。クリム・クラウツは、特別なオッドアイと白銀の翼を持つ少年の姿をした断罪神。 最高神とともに世界を治める神の一人である彼は、最高神の価値観と在り方に密かな疑問を持っていた。 彼は本心を隠し続け、命令に逆らうことなく断罪の役割を全うしていた。 そんな中、二人に「神隠し事件」という名の転機が訪れる。 ユキアは神隠し事件に巻き込まれ、幼なじみとともに命の危機に陥る。 クリムは最高神から神隠し事件の調査を任され、真実と犯人を求め奔走する。 それは、長く果てしない目的への旅路の始まりに過ぎなかった────。 生まれた年も立場も違う二人の神の視点から、世界が砕けた原因となった謎を追うお話。 世界観、キャラクターについては以下のサイトにまとめてあります↓ https://tsukuyomiraika.wixsite.com/divalega ※ノベルアップ、カクヨムでも掲載しています。 【2023/12/19】 1~3話を約二年ぶりにリライトしました。 以前よりも世界観などがわかりやすくなっていると思いますので、読んでいただければ幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...