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第一話 辺境の村と二人の幼馴染
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朝霧が村を包んでいた。
白く柔らかな靄が、家々の屋根や畑の畝を静かに覆い、遠くの山並みはその輪郭すら霞んで見えない。空気は冷たく湿り気を帯びて、呼吸をするたびに肺の奥まで沁み込んでくるようだった。
レオンは母屋の裏手にある小さな畑で、腰を屈めて薬草を摘んでいた。
露に濡れた葉を丁寧に指先で挟み、茎を傷つけないようにそっと引き抜く。根元に近い部分を折ってしまうと薬効が落ちることを、彼は経験から知っていた。籠の中には、すでに何本もの青々とした薬草が積まれている。ほのかに苦い草の匂いが鼻をくすぐった。
指先に冷たい朝露の感触が残る。
この感覚が、レオンは好きだった。静かで、穏やかで、何も変わらない日常。鳥の囀りと、遠くで鳴く鶏の声。風が畑の草を揺らすかすかな音。それが彼の世界のすべてであり、それで十分だった。
ふと顔を上げると、母屋の窓から母が小さく手を振っているのが見えた。痩せた頬に穏やかな笑みを浮かべ、窓枠に片手を添えている。薄い寝巻きの肩が、朝の冷気に少しだけ震えていた。
「今日は少し体が楽そうだね、母さん。顔色もいいし……昨日の薬、ちゃんと効いてるみたいだ」
声を張ると、母は小さく頷いた。
「ええ……おかげさまでね。あなたがよく動いてくれるから、私は横になっているだけで申し訳ないくらいよ。朝早くから畑に出てくれて、本当に助かるわ」
「そんなの当たり前だよ。母さんが寝てる間に終わらせておけば、昼は母さんの世話に集中できるし。それに今朝は露が多いから、薬草の状態がすごくいいんだ。葉の色が濃くて、しっかり水を吸ってる。きっと薬師のおじさんも喜ぶと思う」
「あなたは昔から、そういう小さなことによく気がつく子だったわね。覚えてる? 小さい頃、私が熱を出して寝込んだことがあったでしょう。あのとき、あなた、裏の野原からお花を摘んできて、枕元に置いてくれたのよ。まだ五つか六つだったのに」
「……そんなこともあったっけ。全然覚えてないな」
照れくさくて、レオンは視線を手元の薬草に戻した。耳の先が少し熱い。母がそういう昔の話を持ち出すたびに、どう反応していいか分からなくなる。
母の声は弱々しいが、温かい。その声を聞くだけで、胸の奥が柔らかくほどけるような心地がした。自分は誰かの役に立っている。誰かに必要とされている。それだけで、十分だった。
「……ねえ、レオン。カイちゃんとエマちゃん、もうすぐなんでしょう? 手紙には、今週には着くって書いてあったわよね」
母の声に、期待の色がにじんでいた。
「うん。カイは王都の騎士見習いで、エマは魔導学院の魔導士見習い。二人とも、二年間みっちり鍛えられてるはずだから……きっと前より、ずっとかっこよくなってるよ」
「あの子たちが旅立ったのは、もう二年前になるのかしら……。早いわねえ。つい昨日のことみたい。カイちゃんは相変わらず元気にしているかしら。あの子、無茶ばかりするから心配で。エマちゃんも、無理をしていなければいいけれど。あの子は頑張りすぎるところがあるものね」
「カイは手紙でも相変わらずだったよ。『毎日走らされてるけど余裕だぜ。俺より先にバテるやつばっかりで退屈する』だって。あいつらしいだろ。絶対に弱音を吐かないんだから」
レオンは苦笑しながら続けた。
「エマは……丁寧な字で、びっしり二枚も書いてきた。王都の図書館がすごいって。『天井まで本が積まれていて、一生かかっても読み切れないわ』って。あいつ、昔から本が好きだったもんな。村の小さな書庫の本、全部読んでたくらいだし」
「ふふ、二人ともちっとも変わらないのね。カイちゃんは威勢がよくて、エマちゃんは知的で。……でもレオン、あなたも二人に負けないくらい立派よ。この村で、私のことを支えてくれて。あなたがいなかったら、私はとっくに駄目になっていたわ」
「母さん、大げさだよ。俺は別に、特別なことなんかしてない。畑を耕して、薬草を摘んで、薬師のところに届けて。誰にでもできることだ」
「特別よ。私にとっては、何よりも特別なこと。あなたがそばにいてくれるだけで、私は安心できるの。それがどれだけありがたいか、あなたにはまだ分からないかもしれないけれどね」
母の声が柔らかく震えた。レオンは返す言葉を探したが、見つからなかった。代わりに、少しだけ強く薬草の茎を握った。
レオンの声には、隠しきれない期待が滲んでいた。幼い頃から一緒に遊び、一緒に笑い、一緒に泣いた二人が、王都から帰ってくる。その事実だけで胸が躍る。二人は今、どんな顔をしているだろう。どんな話を聞かせてくれるだろう。想像するだけで、心が軽くなった。
母が小さく咳き込む音が聞こえ、レオンは慌てて籠を手に取った。
「すぐ戻るから。無理しないでね。窓、開けっぱなしだと冷えるから、少し閉めておいて。朝の空気は気持ちいいけど、母さんの体には冷たすぎる」
「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。少し咳が出ただけだから。朝の空気が気持ちいいのよ、本当に」
「母さんが大丈夫って言うときが一番心配なんだ。いつもそうだろ。朝は元気そうにして、昼過ぎには少し疲れた顔をして、夕方にはぐったりしてる。その繰り返しじゃないか」
「まあ……言い返せないわね。よく見てるのねえ、あなたは」
「毎日見てるんだから、当たり前だよ」
「わかったわ。おとなしくしてるから、安心して。窓も閉めておくわね。……早く行っていらっしゃい。薬師さんを待たせちゃ悪いでしょう」
「……行ってくる」
母が窓辺から消えるのを確認してから、レオンは畑の脇を通る小道へと歩き出した。
籠の中の薬草が、歩くたびにかすかに揺れる。朝霧はまだ晴れきっておらず、小道の先は白く煙っていた。足元の土は夜露に湿って柔らかく、靴底が沈む感触がした。
村の薬師のもとへ薬草を届け、代わりに母の薬を受け取る。それが、ここ数年の変わらない日課だった。
母を守ること。
それがレオンの生きる理由であり、彼が自分に課した、たったひとつの役割だった。
◇
ふと、レオンの脳裏に古い記憶が蘇った。
忘れたいのに忘れられない、あの日の光景。
十歳の夏。村の広場で行われた、年に一度の魔力測定の儀式。
あの日も、こんなふうに朝霧が出ていた気がする。けれど昼前にはすっかり晴れ上がって、広場には強い日差しが照りつけていた。
子どもたちは一人ずつ、魔力測定器の前に立たされた。それは台座の上に据えられた透明な水晶玉で、触れた者の魔力に反応して光を放つ仕組みになっている。光の強さや色が、その子の魔力の大きさと属性を示すのだと、教師が事前に説明していた。
最初の子が緊張した面持ちで手をかざすと、水晶玉は淡い光を灯した。
「おおっ」と歓声が上がる。
次の子は赤い火花を散らし、その次の子は青白い輝きを生んだ。子どもたちの歓声が上がるたびに、レオンの胸は少しずつ重くなっていく。
自分の番が近づいてくる。
まだ五人いる。四人。三人。胸の奥で、不安が脈打つように膨らんでいった。手のひらが冷たい汗で濡れている。拳を握って、それを隠した。
そして、レオンの番が来た。
水晶玉の前に立つ。周囲の視線が、一斉に自分に集まるのが分かった。手を伸ばす。指先が水晶玉の冷たい表面に触れた。
何も起こらなかった。
光も、火花も、揺らめきすらない。ただ透明な球体が、冷ややかにそこに在るだけだった。
レオンは手を離し、もう一度触れた。何も変わらない。三度目。やはり、何も。
周囲が静まり返った。
その静寂が、耳の奥で鳴り響くようだった。誰もが口を閉ざし、気まずそうに視線を泳がせている。水晶玉だけが、何事もなかったかのように透き通っていた。
教師が、咳払いをひとつした。
「……レオン君は、その……魔力が、まだ目覚めていないようだね。うん、こういうこともある。珍しいことではあるが、焦ることはないよ。成長とともに芽生える例もあるからね」
教師の声は優しかったが、その目は明らかに困惑していた。視線がレオンからわずかに逸れる。その小さな仕草が、どんな言葉よりも雄弁に現実を物語っていた。
静寂を破ったのは、子どもたちのざわめきだった。
「見たかよ、あれ。ゼロだってさ」
「うそだろ。何も出ないのかよ。光すらないぞ」
「魔力ゼロって、初めて見た。そんなことって本当にあるんだな」
「あいつ、本当に魔法使えないのか? かわいそうに……」
「なあ、壊れてんじゃないの、あの水晶玉。もう一回やらせてみろよ」
「いや、さっきまで普通に光ってたじゃん。壊れてるわけないだろ」
「じゃあマジでゼロなんだ……うわ、やべえな。聞いたことねえよ、そんなの」
「ゼロって……何もできないってことだよな。将来どうすんだ、あいつ」
声は小さかったが、一つ残らずレオンの耳に届いていた。ひそひそと交わされる囁きが、針のように胸を刺す。
レオンは何も言い返せなかった。
ただ、じっと地面を見つめることしかできなかった。足元の乾いた土に、小さな蟻が列を作って歩いているのが見えた。視界が滲んでいくのを、必死に堪えた。
泣いてはいけない。
それだけは、してはいけない。ここで泣いたら、もう二度と顔を上げられなくなる気がした。
奥歯を噛み締めた。唇の内側を噛んだ。鉄の味がした。それでも涙は止まらなくて、俯いたまま、自分の服の裾をきつく掴んだ。指が白くなるほど強く。
その日以来、彼は魔法の話題を避けるようになった。
誰かが魔法の練習をしている横を通り過ぎるとき、自然と足が早くなった。村の子どもたちが水晶玉ごっこをして遊んでいるのを見かけると、黙って反対の道を選んだ。自分の服の裾を無意識につまむ癖も、あの日から始まったのかもしれない。
あの日から、「魔法」という言葉が少しだけ苦手になった。
◇
けれど、カイとエマは違った。
二人だけは、あの日の後も、レオンを変わらず扱ってくれた。
カイは、広場の隅でひとり俯いていたレオンのところに真っ先に駆けてきて、その頭を軽く小突いた。
「おい、何しけた面してんだよ。魔法なんか使えなくても、お前は俺の弟分だ。それは昨日も今日も明日も変わんねえよ。そんなもん気にしてたら日が暮れるぞ。なあ、聞いてんのか? お前にはお前のいいとこがあるだろうが。虫捕りは俺より上手いし、川で魚を見つけるのだって誰よりも早い。そういうのは、魔法じゃできねえことだろ」
エマは、その隣で静かに微笑んでいた。
「魔力がすべてじゃないわ。世界にはね、魔法なんか一切使えなくても、たくさんの人を救った人がいるの。本で読んだの。あなたには、あなたにしかできないことがきっとある。私、知ってるもの。あなたがどれだけ優しくて、どれだけ周りのことを見ているか。お母さんが具合の悪いとき、真っ先に気づくのはいつもあなたでしょう。それは、魔法なんかよりずっと大切なことだと思うの」
あの日の二人の声を、レオンは今でも鮮明に覚えている。
その記憶が、今でもレオンの支えになっていた。二人がいてくれたから、彼は自分を完全には否定せずに済んだ。世界の全部が敵に回ったような気がしたあの日、たった二人だけが、彼の隣に立ってくれた。
それだけで十分だった。
それだけで、生きていけると思えた。
◇
薬師の家への道すがら、村の広場に差し掛かると、見慣れない男が村人たちと立ち話をしているのが目に入った。
旅装束に身を包んだ中年の男だった。日に焼けた肌と、荷を背負い慣れた逞しい肩幅。街道を行き来する商人か、それに近い稼業の者だろう。傍らには、荷を満載した驢馬が一頭、退屈そうに尾を振っている。
レオンは薬師の家へ向かう途中だったが、その会話が否応なく耳に入ってきた。
「ったく、王都は物騒でな。近頃じゃあ、王子様の命を狙う連中がいるって話だ。俺ぁ商売で街道を行き来してるが、この一月で検問が三倍に増えやがった。荷物の中身をいちいち確かめられるもんだから、商売あがったりだよ」
旅人の荒っぽい声が、静かな村の朝に響く。
「王族の話なんざ、ここじゃ別世界のことさ。俺たちゃ畑耕して、陽が昇ったら起きて、暮れたら寝る。王様が誰だろうと、雨さえ降ってくれりゃ文句はねえよ」
村人の一人が肩をすくめて答えた。だが、その表情には隠しきれない不安が浮かんでいる。冗談めかした口調とは裏腹に、目だけは笑っていなかった。
「そう言ってられるのも今のうちだぜ、兄さん。隣国ノクターンの影の部隊だとか何だとか、きな臭い噂が絶えねえんだ。王都にいると夜も気が休まらねえよ。酒場に行っても、みんなひそひそ話ばっかりでさ。杯を傾ける手も落ち着かねえ」
「影の部隊……。なんだいそりゃ、大層な名前だな。芝居小屋の演目にでも出てきそうだ」
村人が小さく笑ったが、その声には力がなかった。
レオンも思わず足を止めていた。影の部隊。聞き慣れない言葉だったが、その響きだけで、背筋に冷たいものが走るような心地がした。
「暗殺者の集団らしいな。顔を見せず、名を名乗らず、影から影へ移動するとか。一度狙った標的は絶対に逃がさないって噂だ。王都の衛兵でも手が出せねえって話でよ。腕利きの騎士が三人がかりで追い詰めても、煙みたいに消えちまったとか」
「やめてくれよ、そんな話。聞いてるだけで背筋が寒くなる。ここは辺境の、地図に載るかも怪しい村だぞ。そんな連中とは一生縁がねえさ」
「だといいがな。だがよ、最近は辺境の村でも行方不明者が出てるって話だ。用心に越したことはねえよ、兄さん。夜中に見知らぬ人影を見かけたら、絶対に近づくんじゃねえぞ」
「……おい、本当かよ、それ。脅かすのもいい加減にしてくれ」
「脅かしてるんじゃねえよ。俺は街道で聞いた話をしてるだけだ。信じるかどうかはあんた次第さ。だが、火のない所に煙は立たねえって言うだろう。……まあ、俺も早いとこ荷を売りさばいて、安全な町に引っ込みてえよ」
王家の血。王都の陰謀。暗殺者の集団。
どれもこれも、レオンにとっては遠い世界の話だった。物語の中の出来事のように、現実味がない。
自分がそこに関わることなど、絶対にありえない。そう、確信していた。
この村で、母と静かに暮らしていければいい。それ以上は何も望まない。望む必要もない。レオンは視線を落とし、再び歩き出した。籠の中の薬草が、一歩ごとにさらさらと葉擦れの音を立てている。
◇
薬師の家は、村の中ほどにある古い石造りの建物だった。
扉を叩くと、白髪交じりの髭を蓄えた老人が顔を出した。薬師のゴードンだ。村で唯一の医療の心得を持つ人物であり、レオンにとっては薬草の師匠でもあった。
「おお、レオンか。今朝も早いな。どれ、見せてみろ」
「おはようございます、ゴードンさん。今朝は露が多かったので、状態のいいのが採れました。これ、見てください。葉の色がいつもより濃くて、茎もしっかりしてます」
ゴードンは籠を受け取り、薬草を一本ずつ手に取って確かめた。節くれ立った指が、葉の裏を丁寧に撫でる。
「ふむ……。確かに、今日のは上出来だ。この葉脈の走り方を見ろ、均一に広がっているだろう。こういう状態の薬草は、煎じたときに成分がよく出る。お前の目利きも、ずいぶん確かになったな」
「本当ですか。ゴードンさんに教わったとおりに、朝一番の露がついているうちに摘むようにしてるんです。あと、根元から三節目のところで切ると、残った株からまた新しい芽が出るって、前に教えてもらったでしょう。あれ、試したら本当にうまくいきました」
「覚えていたか。感心だな。その方法は、わしが若い頃に師匠から教わったものだ。王都の薬学書には載っていない、この土地ならではの知恵でな。お前は飲み込みが早い。わしの弟子にしてやってもいいくらいだ」
「弟子って……俺なんかが?」
「謙遜するな。お前は魔法こそ使えんが、植物を見る目がある。薬草というのはな、一本一本が違う顔をしている。それを見分けられるかどうかは、才能の問題だ。お前にはその才がある」
レオンは少し驚いた顔をした後、照れくさそうに頭を掻いた。
「ありがとうございます。……それで、母さんの薬なんですけど」
「ああ、用意してある。昨日のうちに煎じておいた。朝と晩、食後に飲ませなさい。それから、これも持っていけ」
ゴードンは棚の奥から、小さな布袋を取り出した。
「これは?」
「乾燥させた甘草の根だ。薬が苦くて飲みにくいと、前にお前の母さんがこぼしていただろう。これを少し混ぜれば、味が和らぐ。お代はいらんよ。畑の雑草抜きを手伝ってもらった礼だ」
「……ゴードンさん。ありがとうございます、本当に」
「礼を言うなら、明日も良い薬草を持ってこい。それが一番の礼だ。……ああ、それとな、レオン」
ゴードンは少し声を落とした。
「今朝、旅の商人が広場で物騒な話をしていただろう。わしも少し聞いた。王都が騒がしいらしいな」
「……ええ。影の部隊がどうとか。でも、この村には関係ないですよね」
「そう願いたいものだ。だがな、世の中というのは不思議なもので、関係ないと思っていたことが、ある日突然目の前に現れることがある。……いや、年寄りの繰り言だ。気にするな。母さんを大事にしなさい」
「はい。……行ってきます」
レオンは薬と甘草の袋を大切に籠にしまい、薬師の家を後にした。
◇
薬師の家を出ると、日はすでに高く昇っていた。
朝霧はすっかり晴れ、村は穏やかな陽光に包まれている。家々の煙突から立ち上る細い煙、井戸端で洗い物をする女たち、柵の中で草を食む羊の群れ。いつもと何も変わらない、辺境の村の昼下がりの風景だった。
家に戻ったレオンは、母に薬を飲ませ、甘草のことを伝えた。
「まあ、ゴードンさんったら。いつも気を遣ってくださるのね。今度お会いしたら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ」
「薬、少しは飲みやすくなった?」
「ええ、全然違うわ。ほんのり甘くて、これなら続けられそう。ゴードンさんにも、あなたにも、感謝しなくちゃね」
「大げさだよ。……母さん、少し休んでて。昼過ぎには起こすから」
母が寝入るのを見届けてから、レオンは家の周りの雑事を片付けた。薪を割り、水を汲み、鶏小屋の手入れをする。昼食は質素なパンとスープで済ませ、午後は畑の手入れに費やした。母が目を覚ませば、また薬を飲ませ、様子を見る。
それが、レオンの一日だった。
毎日が同じことの繰り返しだったが、退屈だとは思わなかった。母の体調が少しでもよくなれば、それだけで一日に意味が生まれた。
◇
日は傾き始め、村全体が夕暮れの橙色に染まっていた。
空が燃えるような茜色に変わり、遠くの山の稜線が黒い影絵のように浮かび上がる。空気が少しずつ冷たくなって、昼間の温もりが地面からゆっくりと抜けていくのが分かった。どこかの家の煙突から、夕餉の支度をする煙が立ち上っている。夜が、すぐそこまで来ていた。
家の前に出たレオンは、箒を手に取り、玄関先の小道を掃き始めた。乾いた土の上を、藁の穂先がさらさらと音を立てる。母が窓辺で静かに休んでいるのが、視界の端に見えた。
小さな日課にすぎない。けれど、こうして家の周りを整えておくことが、母を安心させるのだとレオンは知っていた。帰ってきた二人に、みすぼらしい姿は見せたくないという気持ちもあった。
その時だった。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきた。
規則正しい、力強い蹄音。一頭ではない。二頭分の足音が、村の入口の方角から近づいてくる。
レオンは箒を止め、顔を上げた。
夕陽を背に、二頭の馬のシルエットが浮かび上がっている。逆光で顔は見えない。けれど、その輪郭だけで、レオンには分かった。分かってしまった。心臓が、どくんと大きく跳ねる。
「おーい、レオン! 生きてたか、この役立たず!」
明るく、遠慮のない声が村中に響き渡った。
「相変わらず箒なんか持ちやがって! 似合いすぎるぞお前、完全に村の掃除番だな! いや、むしろ箒が本体か? お前と箒、どっちがメインだか分かんねえよ!」
レオンは思わず箒を取り落としそうになった。心臓がばくばくと鳴っている。この声を、この調子を、聞き間違えるはずがない。
「役立たずって言うな! 二年ぶりの再会でそれが第一声かよ……! 普通もうちょっと、こう、感動的な言い方があるだろ!」
叫び返しながら、レオンは自分の声が震えているのに気づいた。嬉しさなのか、呆れなのか、自分でも分からない。たぶん、両方だった。
「でも……帰ってきたんだな。本当に、帰ってきたんだな」
馬から飛び降りたのは、黒髪を短く刈り上げた少年だった。
カイだ。
二年前に別れたときはまだ少年のひょろりとした体型だったが、今は見違えるほど逞しくなっている。肩幅は広がり、腕は太く、背丈もレオンより頭ひとつ分は高い。簡素ながらも手入れの行き届いた革鎧を身につけ、腰には訓練用の木剣を携えていた。日焼けした顔に浮かぶのは、相変わらずの快活な笑み。白い歯を見せて笑うその表情だけは、二年前と少しも変わっていなかった。
「悪ぃ悪ぃ、つい癖でな! お前の顔見たら、昔の調子が全部戻っちまった。二年分の我慢が一瞬で吹っ飛んだぜ。……でも元気そうで安心した。手紙じゃ分からねえからな、実際に会わねえと。声聞いて、顔見て、初めて安心できるってもんだ」
カイはそう言いながら、レオンの前に立ち、まじまじと顔を覗き込んだ。
「……なんだよ、そんなに見るなよ」
「いや、ちょっと待て。お前、ちゃんと飯食ってるか? ちょっと痩せたんじゃねえのか。頬がこけてるぞ。顎の線がくっきりしすぎだ」
「食べてるよ、ちゃんと。母さんの分と自分の分、毎日作ってる。カイこそなんだよ、その腕。丸太みたいになってるじゃないか。人間の腕じゃないだろ、それ」
「はっ、騎士見習い舐めんなよ! 毎日素振り三百回、走り込みは城壁の外周三周、午後は模擬戦闘に組み手、夕方は鎧つけたまま階段の昇り降り。体が鍛えられないわけがねえだろ。最初の三ヶ月は地獄だったけどな。飯食っても全部吐くし、筋肉痛で階段降りるのに五分かかるし」
「それでもカイは、同期の中で一番成績がいいのよ。本人は絶対に自分からは言わないけれど」
もう一頭の馬から、静かに降り立った人影があった。
赤褐色の髪を三つ編みにまとめた少女。エマだった。
魔導学院の紋章が縫い取られた深い藍色のローブを身にまとい、腰には革装の小さな書物袋を提げている。二年前よりも背が伸び、顔立ちは少女から大人の女性へと移り変わる途上にあった。落ち着いた、理知的な瞳がレオンをまっすぐに見つめる。その眼差しには、柔らかな温かさと、どこか研ぎ澄まされた聡明さが同居していた。
「久しぶりね、レオン。背、ちょっと伸びた? 前に会ったときより、少し大人びて見えるわ」
「エマ……」
レオンは一瞬言葉を失い、それからようやく声を絞り出した。
「そっちこそ、大人っぽくなって……。そのローブ、すごく似合ってるな。魔導士って感じだ」
「ありがとう。でもね、これ、見た目ほど着心地は良くないのよ。布地がしっかりしている分、夏は暑くて仕方ないの。訓練中に汗だくになって、もう何度脱ぎ捨てようと思ったか。カイなんか、私のこと見て何て言ったと思う? 『真冬でもそれ着てろ、涼しそうだから』ですって」
「言ってねえよ! ……いや、言ったかもしれねえけど、悪気はなかったぞ。あれは褒め言葉だ。涼しげに見えるってのは、つまり優雅だってことだろ」
「どこが褒め言葉なのよ。苦しいわね、その言い訳」
「うるせえな。お前は昔から揚げ足を取るのがうまいんだよ。王都に行ってますます磨きがかかりやがった」
二人のやりとりを聞いているだけで、レオンの顔は自然とほころんでいた。変わっていない。二年という時間が嘘のように、三人の間にあった空気がそのまま戻ってくる。
エマが、レオンに向き直った。その表情が、少しだけ真剣なものに変わる。
「ねえ、レオン。本当に元気にしてた? 手紙では分からないことも多いから、直接聞きたかったの。お母様の具合はどう?」
「うん……まあ、良い日と悪い日の繰り返しだよ。冬は特に辛そうでさ、咳が止まらない夜もあった。でも、今日は調子がいいみたいだ。二人が来るって話したら、朝からずっと嬉しそうにしてて。窓を開けて、ずっと外を見てた。『早く会いたいわ』って、何度も言ってたよ」
「そっか……。おばさん、昔から優しい人だもんな。俺たち三人が泥だらけになって遊んで帰っても、怒らずにいつも笑って迎えてくれた。『まあまあ、元気な証拠よ』って言ってさ。あったかい布巾で顔を拭いてくれるんだ。あれが好きだったな、俺」
カイが、少し遠い目をして言った。
「あの頃が懐かしいわ。私たち三人で、村の裏山まで競争して駆け上がって……レオンがいつも一番最後に登ってきて、膝に手をついて息を切らしてたっけ。顔を真っ赤にして、『待ってくれよ』って」
「あれは……二人が速すぎたんだよ。カイは言わずもがなだけど、エマも足速かったじゃないか。俺の倍くらいの歩幅で走るんだもん、勝てるわけないだろ」
「倍は言い過ぎよ。せいぜい一・三倍くらいだわ」
「細かいな……」
三人で笑い合った。夕陽が三人の影を長く伸ばしている。
だが、笑いながらも、レオンは気づいていた。
二人の表情に、何か影が差していることに。笑顔の奥に、言葉にできない重いものを抱えているような気配。カイの目の下にうっすらとある隈。エマの指先が、話している間もときおり落ち着きなく動いていること。
「……二人とも、ちょっと疲れてないか? なんだか、目の下に隈があるような気がするんだけど。馬の旅が長かったのか?」
レオンの問いかけに、カイは一瞬だけ表情を曇らせた。
ほんの一瞬だった。だが、レオンはそれを見逃さなかった。
すぐに、カイはいつもの明るさを取り戻す。少しだけ力のこもった笑みで。
「まあな。王都からここまで馬で三日だぜ? ケツが割れるかと思った。騎士見習いってのは、思ってたより大変でさ。訓練だけじゃなくて、雑用も山ほどあるし、先輩騎士の言うことは絶対だし。鎧の手入れ、馬の世話、武器庫の整理、見回りの当番……帰る頃には毎日ヘトヘトだぜ。疲れた顔にもなるさ」
「それだけじゃないでしょう」
エマが静かに口を挟んだ。その声には、カイとは違う種類の慎重さが宿っている。
「最近は……ちょっと、物騒でね。王都の空気が、半年ほど前から変わってきているの。街を歩いていても、衛兵の数が明らかに増えているし、夜になると巡回の松明がいくつも見えるわ。学院の中でも、先生たちがひそひそと話し合っている姿を何度か見かけた。生徒には詳しいことは教えてもらえないけれど、何か大きなことが起きているのは間違いないと思う」
「……物騒って、どういうことだ? 何かあったのか?」
レオンは眉を寄せた。今朝、広場で旅の商人が話していたことが頭をよぎる。
「いや、大したことじゃねえよ。王都ってのはいつだって色んな噂が飛び交ってるもんだ。気にすんな、レオン。俺たちがここに来たのは、お前やおばさんに会うためだ。それだけだ。な?」
カイの声は明るかったが、どこか強引に話を切り上げるような響きがあった。
「カイの言う通りよ。辺境のこの村には関係のない話だわ。……ごめんね、変なこと言って。せっかくの再会なのに、暗い話をしてしまったわ」
エマが小さく首を振る。
「物騒」。
今朝も、誰かが同じ言葉を使っていた。旅の商人。影の部隊。王子の暗殺。そして今、カイとエマも同じことを言っている。
レオンの胸に、小さな不安が芽生えた。
だが、彼はそれを振り払った。今は、二人が帰ってきてくれたことを喜ぶべきだ。余計な詮索は、きっと二人を困らせるだけだ。二人が話したくないことを、無理に聞き出す必要はない。
「……とりあえず、家に入ろう。母さんも喜ぶよ。朝からずっとそわそわしてたんだ。二人が来るの、本当に楽しみにしてたから。夕飯の支度もしてあるし、今日はちょっとだけ奮発したんだ」
「おう! おばさんの顔、早く見てえな。あ、土産も持ってきたんだ。王都の菓子。甘いやつ。砂糖をたっぷり使った焼き菓子でさ、王都じゃ人気の店なんだ。朝から行列ができるような」
「カイったら、それ自分が食べたくて買ったんでしょう。旅の間に我慢するの大変そうだったものね」
「う……否定はしねえけど、おばさんへの土産だってのは本当だぞ。半分は。いや、七割は」
「私もお土産があるの。薬草の本よ。王都の古書店で見つけたの。辺境地域の薬草図鑑で、この辺りに自生する植物も載っていたわ。レオンが好きそうだと思って」
「え……俺に? わざわざ探してくれたのか?」
「古書店を三軒回ったわ。でも、見つけたときは嬉しかった。レオンの顔が浮かんだの。きっと目を輝かせるだろうなって」
「……ありがとう、エマ。すごく嬉しい」
レオンは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
二人を家の中へと案内する。カイがレオンの肩を叩き、「変わんねえなあ、この家」と懐かしそうに呟いた。その手の温もりが、じわりと染みた。
◇
夜。
小さな食卓を囲んで、レオンと母、そしてカイとエマが座っていた。
テーブルの上には、質素ながらも温かい夕食が並んでいる。レオンが昼過ぎから準備した野菜の煮込みと、焼きたてのパン、それに卵を使った素朴な料理。普段の食事よりは少しだけ品数が多い。二人を迎えるために、レオンが工夫を凝らした精一杯のもてなしだった。
蝋燭の灯りが、四人の顔を柔らかく照らしている。母の顔には、ここ数ヶ月で一番の明るい笑みが浮かんでいた。それを見るだけで、レオンの心は満たされる。
「あなたたち、本当に立派になって……。見違えたわ。カイちゃん、こんなに大きくなって。出発するときはレオンと同じくらいの背丈だったのに、今はもう見上げるほどね。エマちゃんも、すっかり綺麗になったわ。大人の女性の顔をしているもの」
「おばさん、やめてくださいよ。照れるじゃないすか。俺なんか、でかくなっただけっすよ。中身は全然変わってないです。……でも、おばさんも元気そうで良かった。正直、レオンの手紙読んで、俺もエマも結構心配してたんです。冬に具合が悪くなったって書いてあったとき、すぐにでも飛んで帰りたかったんすけど、訓練が佳境でどうしても抜けられなくて」
「あら、レオンったら。そんなに心配させるようなこと書いたの? 困った子ねえ」
「……いや、ちょっとだけだよ。冬の一番寒い時期に、母さんが三日くらい起き上がれなくなったことがあって。薬師のゴードンさんに来てもらって、なんとか持ち直したんだけど……あのときは、さすがに怖くて、つい手紙に書いちゃったんだ」
「もう、大げさなのよ、この子は。私は大丈夫。こうしてみんなでご飯を食べられるんだもの。これ以上の幸せはないわ」
「おばさん、無理だけはしないでくださいね。王都から、少しいい薬草を持ってきたんです。魔導学院の薬学棟で、事情を話して分けてもらいました。辺境では手に入りにくい種類のものも混ぜてあるの。レオンに渡しておくから、薬師さんに見てもらってくれる?」
「まあ、ありがとうエマちゃん。わざわざそんな……。あなたは本当に気が利く子ね。昔から、気配りの人だったものねえ」
「いえ、当然のことです。おばさんには、小さい頃からたくさんお世話になりましたから。少しでも恩返しができればと思って」
「二人とも、ありがとう。母さん、嬉しそうだね」
レオンは二人と母の様子を見ながら、静かに微笑んだ。それから、少し声のトーンを落として言った。
「俺は……村で母さんを守るだけで精一杯だよ。二人みたいに、すごいことはできない。剣も振れないし、魔法も使えないし。でも、ここで母さんのそばにいることが、今の俺にできる一番大事なことだと思ってる」
それが自分の役割だと、ずっと信じてきた。母を守ること。それ以上のことは、自分には望めない。望む資格がない。
だが、その言葉にカイが反応した。
箸を止め、真剣な表情でレオンを見つめる。
「……そうとも限らねぇぞ、レオン。お前だって……。いや、お前には、俺たちが王都で知ったことを……伝えなきゃいけないことが……」
「カイ」
エマが静かに、しかし明確な声で制止した。
その一言に込められた力は、穏やかな口調とは裏腹に、有無を言わせぬものだった。カイの言葉が、途中で断ち切られる。
「今はやめておきましょう。今日は再会を喜ぶ日よ。……ね?」
エマの瞳がカイを射抜くように見つめている。そこには、明確な警告が込められていた。今ここで、それを言うべきではない。
カイは唇を引き結び、視線をレオンに戻した。その目には、何か言いたくて仕方がないという色が滲んでいる。申し訳なさと、焦りと、それでいて確固たる決意が入り混じった、複雑な眼差し。
「……ああ、そうだな。悪ぃ、変なこと言った。飯がうまくて、つい口が滑った。おばさんの味付け、懐かしくてさ。このスープ、昔よく作ってくれたやつだろ。あのときと同じ味がする」
「ふふ、覚えていてくれたの? でもこれ、作ったのはレオンよ。私はもう、台所に長く立っていられないから。レオンが全部やってくれるの」
「マジかよ。レオン、お前料理もできるのか。すげえな」
「母さんに教わっただけだよ。大したもんじゃない」
「カイ、あなた昔からそうよね。大事なときに限って口が先に動くんだから。頭で考える前に喋り始めるのは、二年経っても治ってないのね」
「うるせえな。お前こそ、いつもいつもタイミングを見計らいすぎなんだよ。慎重すぎて、逆に機を逃すことだってあるだろうが」
「慎重なのは美徳よ。あなたの場合は無謀って言うの」
「無謀じゃねえ。即断即決だ」
「同じことよ。言い方を変えただけじゃない」
レオンは二人のやり取りを聞きながら、小さく笑った。だが、笑いの下で、違和感が消えずに残っている。
二人が何かを隠している。それは明らかだった。しかも、それは自分に関わることらしい。カイが言いかけた言葉。「お前には伝えなきゃいけないことがある」。あの台詞の続きが、ずっと気にかかる。
胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚。抜こうとすれば余計に深く食い込む、そんな種類の引っかかりだった。
けれど、レオンはあえて問い詰めなかった。
今夜は、この温かい空気を壊したくなかった。
「……王都の話、もっと聞かせてよ。どんなところなの? どんなことがあったの? 俺、この村から一歩も出たことないから、何もかも想像するしかないんだ。二人の手紙だけが、外の世界への窓みたいなもんだったからさ」
レオンが話題を変えると、母も興味深そうに身を乗り出した。
「ああ、そうだな! 王都はすげえぞ。まず、でかい。とにかくでかい。城なんか見上げたら首が痛くなるくらい高くてさ。最初に城門をくぐったとき、俺、口開けたまま五分くらい固まってたもん。城壁だけで、この村がすっぽり入るくらいの高さがあるんだ。石を一個一個積み上げて作ったらしいけど、何百年かかったんだって話だよ」
「城壁の上を歩けるの?」
「歩ける歩ける。衛兵の巡回路になっててな。上から見下ろすと、街全体が見渡せるんだ。屋根が海みたいにずーっと続いてて、その向こうに王城の尖塔が突き出てる。夕暮れ時なんか、最高の眺めだぜ」
「街には何があるの? 市場とか、お店とか?」
「あるなんてもんじゃねえよ。大通りの市場はな、端から端まで歩くだけで半日かかる。嘘じゃねえぞ。食い物屋だけで百軒はあるな。肉の串焼き、窯から出したばかりのパン、南の国から運ばれてきた見たことない果物、甘い香りの菓子屋、スパイスの効いた異国の料理……。鼻がおかしくなるくらい色んな匂いが混ざってるんだ。初めて行ったとき、俺、財布の中身を全部使っちまってさ」
「全部?」
「全部。一銭残らず。串焼きだけで六本食って、パン三つ買って、果物の砂糖漬けってのを試して、仕上げに肉饅頭を二つ。腹がはちきれそうになって、訓練場に戻ったら動けなくなった」
「それ、訓練初日の話でしょ」
エマが呆れたように、それでいて楽しそうに口を挟んだ。
「先輩騎士に怒鳴られてたわよね。『腹が膨れて動けないだと? 騎士見習いの恥だ、壁の前に立て、日が沈むまでそこで立っていろ』って。カイ、本当に日没まで立ってたのよ。途中で一回、倒れかけたけど」
「……あれは黒歴史だ。頼むから忘れてくれ。つうか、なんでお前がそんな詳しいんだよ。魔導学院は騎士団の訓練場と離れてるだろ」
「噂はすぐに広まるのよ。『入隊初日に食べ過ぎで倒れた馬鹿がいる』って、学院の食堂でも話題になってたわ」
「マジかよ……。俺の恥が王都中に知れ渡ってんじゃねえか」
「王都中は大げさよ。騎士団と魔導学院の関係者くらいよ。たぶん」
「十分広いわ!」
食卓に笑いが起きた。母も口元を押さえて笑っている。
「ふふ、楽しそうねえ。エマちゃんの方はどうなの? 魔導学院って、どんなことをするの? 魔法の勉強って、想像もつかないわ」
「魔導学院ではまず、魔法の基礎理論を徹底的に叩き込まれるんです。魔力の流れの仕組み、属性の分類と相性、詠唱の構造と発音の正確さ……。覚えることが本当に多くて、最初の半年は毎晩、教科書を枕にして寝落ちしていました。文字通り、本に埋もれる生活でしたね」
「魔法って、呪文を唱えるだけじゃないんだ」
レオンが少し驚いた声で訊いた。
「全然違うの。呪文は魔法のほんの一部でしかないわ。魔力をどう体内で循環させるか、どの経路を通して外に放出するか、その制御の仕方を理解していないと、呪文を唱えても何も起きないか、暴発するかのどちらかなの。理論と実践、両方が噛み合って初めて魔法は成立する。……でも、実技の授業が一番好きだわ。自分の魔力が形になる瞬間は、何度経験しても胸が高鳴るの。指先から風が生まれて、それが自分の意思で動くのよ。あの感覚は、言葉では伝えきれないわ」
「エマは風の魔法が得意なんだ。俺、合同訓練のとき初めて見てさ。教室の中で小さな竜巻を作ってみせたんだよ。机の上の紙が全部舞い上がって、天井近くでぐるぐる回ってた。教官が拍手して、『見事だ』って言ったんだぜ」
「あれは制御を失いかけただけよ。紙が舞い上がったのは、出力を絞り切れなかったせい。教官の拍手も、半分は冷や汗だったと思うわ。……もう少しで窓ガラスを割るところだったもの」
「謙遜すんなって。あのとき同期の連中、みんな口開けて見てたぞ。『あの子すげえ』って。俺は鼻が高かったね、幼馴染だってこと自慢しまくったから」
「やめてよ、恥ずかしい……。でも、ありがとう。カイがそう言ってくれると、少し自信が持てるわ。学院には才能のある人がたくさんいて、自分なんかまだまだだって思うことの方が多いから」
「エマちゃん、すごいのねえ。風の魔法だなんて、素敵だわ」
母が感嘆の声を上げた。それから、レオンの方を向く。
「レオン、あなたも何か興味のあることはないの? 二人の話を聞いていると、外の世界にはいろんなことがあるのねえ」
「俺は……薬草を育てるのが好きだよ。種類を覚えて、どの症状にどの薬草が効くか調べるのは楽しいんだ。組み合わせ次第で効果が変わったりもするし、奥が深い。魔法は使えないけど、薬草のことなら、少しは詳しくなった。ゴードンさんにも褒めてもらえるようになったし」
「おう、それだよレオン!」
カイが身を乗り出した。
「お前の薬草の知識は大したもんだぜ。半年くらい前だったかな、手紙で毒消しの調合法を教えてくれただろ。青苔草と赤根蔓を三対一で混ぜて煎じるやつ。あれ、訓練中に毒虫に刺された同期がいてさ、医務室が混んでて待たされそうだったから、俺が試しに作ってやったんだ。そしたら、腫れがみるみる引いていったんだよ。周りの奴ら、目を丸くしてた」
「えっ、本当か? あれ、ただの民間療法なのに……。この辺の村に昔から伝わってるやり方を、ゴードンさんに教わって書いただけだよ」
「本当よ」
エマが頷いた。
「カイが興奮して私のところに駆け込んできたの。息を切らしながら、『レオンすげえぞ、天才だぞあいつ!』って。あまりに大声だから、廊下中に響いてたわ。気になって、私も魔導学院の薬学教授に聞いてみたの。辺境の調合法について。そうしたら教授が言ってたわ。『辺境の薬草学は王都ではあまり体系的に研究されていないが、何百年もの実践に裏打ちされた知恵が詰まっている。むしろ、王都の薬学が見落としている領域かもしれない』って。とても感心していたわ」
「……そうなんだ」
レオンは目を見開き、それから静かに視線を落とした。
「なんか……嬉しいな。こんな辺境の、魔法も使えない俺の知識が、誰かの役に立ったんだ」
「役に立ったどころじゃねえよ。お前は立派だぜ、レオン。剣も魔法もなくたって、お前にはお前の武器がある。それを忘れんなよ」
カイの声は冗談めかしていたが、その目は真剣だった。
食事が進むにつれて、話題は次々と移り変わった。王都の街並み、学院の講義、騎士団の日常、変わった食べ物の話、面白い人物の話。カイが大げさな身振り手振りで語り、エマが冷静に補足し、母が楽しそうに笑い、レオンは時折質問を挟みながら耳を傾けた。
温かい食卓だった。
蝋燭の灯りに照らされた四人の顔は、どれも穏やかで、どれも幸せそうだった。少なくとも、この瞬間だけは。
◇
食事を終え、母が寝室に引き取った後、レオンは一人で外に出た。
夜空には満天の星が輝いていた。
王都では見られないほど鮮やかな星々が、漆黒の空を埋め尽くしている。天の川が白い帯のように空を横切り、その光だけで足元がうっすらと見えるほどだった。虫の声が、絶え間なく夜の帳を満たしている。
冷たい夜気が頬を撫でた。深呼吸をすると、胸の奥まで澄んだ空気が染み渡って、食卓の温もりで火照った体が心地よく冷えていく。
レオンは家の前の古い切り株に腰を下ろし、空を見上げた。
自分の世界は、ここだけで十分だ。
母がいて、幼馴染がいて、薬草の知識があって、村の人たちがいる。小さな世界だけれど、欠けているものは何もない。これ以上を望んだら、きっと罰が当たる。
そう思おうとした。
けれど、胸の奥で、何かが小さく疼いていた。
カイが言いかけた言葉。エマの警告するような視線。二人の目の下の隈。旅の商人が語った、王都の不穏な空気。影の部隊。行方不明者。
何かが、静かに近づいている。
漠然とした不安。だが同時に、それは何か大きな変化の前触れのようにも感じられた。
レオンはそっと息を吐いた。白い吐息が、夜の闇に溶けて消えていく。
「……考えすぎだ。今日は、二人が帰ってきた。それだけで十分じゃないか」
自分に言い聞かせるように呟いて、レオンは立ち上がった。
振り返ると、家の窓から蝋燭の淡い灯りが漏れている。母はもう眠っただろうか。カイとエマは、客間で休んでいるだろうか。
明日はきっと、また穏やかな一日が来る。
そう信じて、レオンは家の中へ戻ろうとした。
◇
その時。
村の外れ、深い森の中。
月明かりすら届かない木々の奥で、ひとつの人影が息を潜めていた。
顔の上半分を覆う薄い銀の仮面。夜闇と見分けのつかない黒装束。足音はおろか、呼吸の気配すら周囲に溶け込んでいた。その人物は、木々の間から村を見下ろすように、微動だにせず佇んでいる。
存在そのものが、影と同化していた。
風が梢を揺らしても、枝が軋んでも、その人影だけは完全な静止を保っている。まるで、闇の中に切り取られた一枚の絵のように。
「……観測、確認。対象は予測座標に合致。誤差なし」
低く呟かれた声は、森の闇に吸い込まれ、誰の耳にも届かない。
仮面の下の瞳が、村の一点を凝視していた。
それは、星空を見上げて佇む少年の姿だった。レオンが立つ場所を、正確に、一寸の狂いもなく捉えている。
「対象……接近可能。周辺の警戒レベル、最低。護衛に相当する存在……二名。現時点では無防備」
影が、わずかに揺れた。
枝を踏む音すらなく、その人影は一歩だけ前に出た。仮面の縁が月光を受けて、ほんの一瞬だけ鈍く光る。
「……次の指示を待つ」
それだけを呟くと、人影は再び完全な静寂に沈んだ。
森の闇が、その存在を丸ごと飲み込んでいく。
風が止んだ。虫の声だけが、変わらず夜を満たしている。何事もなかったかのように。
辺境の村は、静かな夜に包まれていた。
まだ誰も知らない。
この夜を境に、すべてが変わり始めることを。
白く柔らかな靄が、家々の屋根や畑の畝を静かに覆い、遠くの山並みはその輪郭すら霞んで見えない。空気は冷たく湿り気を帯びて、呼吸をするたびに肺の奥まで沁み込んでくるようだった。
レオンは母屋の裏手にある小さな畑で、腰を屈めて薬草を摘んでいた。
露に濡れた葉を丁寧に指先で挟み、茎を傷つけないようにそっと引き抜く。根元に近い部分を折ってしまうと薬効が落ちることを、彼は経験から知っていた。籠の中には、すでに何本もの青々とした薬草が積まれている。ほのかに苦い草の匂いが鼻をくすぐった。
指先に冷たい朝露の感触が残る。
この感覚が、レオンは好きだった。静かで、穏やかで、何も変わらない日常。鳥の囀りと、遠くで鳴く鶏の声。風が畑の草を揺らすかすかな音。それが彼の世界のすべてであり、それで十分だった。
ふと顔を上げると、母屋の窓から母が小さく手を振っているのが見えた。痩せた頬に穏やかな笑みを浮かべ、窓枠に片手を添えている。薄い寝巻きの肩が、朝の冷気に少しだけ震えていた。
「今日は少し体が楽そうだね、母さん。顔色もいいし……昨日の薬、ちゃんと効いてるみたいだ」
声を張ると、母は小さく頷いた。
「ええ……おかげさまでね。あなたがよく動いてくれるから、私は横になっているだけで申し訳ないくらいよ。朝早くから畑に出てくれて、本当に助かるわ」
「そんなの当たり前だよ。母さんが寝てる間に終わらせておけば、昼は母さんの世話に集中できるし。それに今朝は露が多いから、薬草の状態がすごくいいんだ。葉の色が濃くて、しっかり水を吸ってる。きっと薬師のおじさんも喜ぶと思う」
「あなたは昔から、そういう小さなことによく気がつく子だったわね。覚えてる? 小さい頃、私が熱を出して寝込んだことがあったでしょう。あのとき、あなた、裏の野原からお花を摘んできて、枕元に置いてくれたのよ。まだ五つか六つだったのに」
「……そんなこともあったっけ。全然覚えてないな」
照れくさくて、レオンは視線を手元の薬草に戻した。耳の先が少し熱い。母がそういう昔の話を持ち出すたびに、どう反応していいか分からなくなる。
母の声は弱々しいが、温かい。その声を聞くだけで、胸の奥が柔らかくほどけるような心地がした。自分は誰かの役に立っている。誰かに必要とされている。それだけで、十分だった。
「……ねえ、レオン。カイちゃんとエマちゃん、もうすぐなんでしょう? 手紙には、今週には着くって書いてあったわよね」
母の声に、期待の色がにじんでいた。
「うん。カイは王都の騎士見習いで、エマは魔導学院の魔導士見習い。二人とも、二年間みっちり鍛えられてるはずだから……きっと前より、ずっとかっこよくなってるよ」
「あの子たちが旅立ったのは、もう二年前になるのかしら……。早いわねえ。つい昨日のことみたい。カイちゃんは相変わらず元気にしているかしら。あの子、無茶ばかりするから心配で。エマちゃんも、無理をしていなければいいけれど。あの子は頑張りすぎるところがあるものね」
「カイは手紙でも相変わらずだったよ。『毎日走らされてるけど余裕だぜ。俺より先にバテるやつばっかりで退屈する』だって。あいつらしいだろ。絶対に弱音を吐かないんだから」
レオンは苦笑しながら続けた。
「エマは……丁寧な字で、びっしり二枚も書いてきた。王都の図書館がすごいって。『天井まで本が積まれていて、一生かかっても読み切れないわ』って。あいつ、昔から本が好きだったもんな。村の小さな書庫の本、全部読んでたくらいだし」
「ふふ、二人ともちっとも変わらないのね。カイちゃんは威勢がよくて、エマちゃんは知的で。……でもレオン、あなたも二人に負けないくらい立派よ。この村で、私のことを支えてくれて。あなたがいなかったら、私はとっくに駄目になっていたわ」
「母さん、大げさだよ。俺は別に、特別なことなんかしてない。畑を耕して、薬草を摘んで、薬師のところに届けて。誰にでもできることだ」
「特別よ。私にとっては、何よりも特別なこと。あなたがそばにいてくれるだけで、私は安心できるの。それがどれだけありがたいか、あなたにはまだ分からないかもしれないけれどね」
母の声が柔らかく震えた。レオンは返す言葉を探したが、見つからなかった。代わりに、少しだけ強く薬草の茎を握った。
レオンの声には、隠しきれない期待が滲んでいた。幼い頃から一緒に遊び、一緒に笑い、一緒に泣いた二人が、王都から帰ってくる。その事実だけで胸が躍る。二人は今、どんな顔をしているだろう。どんな話を聞かせてくれるだろう。想像するだけで、心が軽くなった。
母が小さく咳き込む音が聞こえ、レオンは慌てて籠を手に取った。
「すぐ戻るから。無理しないでね。窓、開けっぱなしだと冷えるから、少し閉めておいて。朝の空気は気持ちいいけど、母さんの体には冷たすぎる」
「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。少し咳が出ただけだから。朝の空気が気持ちいいのよ、本当に」
「母さんが大丈夫って言うときが一番心配なんだ。いつもそうだろ。朝は元気そうにして、昼過ぎには少し疲れた顔をして、夕方にはぐったりしてる。その繰り返しじゃないか」
「まあ……言い返せないわね。よく見てるのねえ、あなたは」
「毎日見てるんだから、当たり前だよ」
「わかったわ。おとなしくしてるから、安心して。窓も閉めておくわね。……早く行っていらっしゃい。薬師さんを待たせちゃ悪いでしょう」
「……行ってくる」
母が窓辺から消えるのを確認してから、レオンは畑の脇を通る小道へと歩き出した。
籠の中の薬草が、歩くたびにかすかに揺れる。朝霧はまだ晴れきっておらず、小道の先は白く煙っていた。足元の土は夜露に湿って柔らかく、靴底が沈む感触がした。
村の薬師のもとへ薬草を届け、代わりに母の薬を受け取る。それが、ここ数年の変わらない日課だった。
母を守ること。
それがレオンの生きる理由であり、彼が自分に課した、たったひとつの役割だった。
◇
ふと、レオンの脳裏に古い記憶が蘇った。
忘れたいのに忘れられない、あの日の光景。
十歳の夏。村の広場で行われた、年に一度の魔力測定の儀式。
あの日も、こんなふうに朝霧が出ていた気がする。けれど昼前にはすっかり晴れ上がって、広場には強い日差しが照りつけていた。
子どもたちは一人ずつ、魔力測定器の前に立たされた。それは台座の上に据えられた透明な水晶玉で、触れた者の魔力に反応して光を放つ仕組みになっている。光の強さや色が、その子の魔力の大きさと属性を示すのだと、教師が事前に説明していた。
最初の子が緊張した面持ちで手をかざすと、水晶玉は淡い光を灯した。
「おおっ」と歓声が上がる。
次の子は赤い火花を散らし、その次の子は青白い輝きを生んだ。子どもたちの歓声が上がるたびに、レオンの胸は少しずつ重くなっていく。
自分の番が近づいてくる。
まだ五人いる。四人。三人。胸の奥で、不安が脈打つように膨らんでいった。手のひらが冷たい汗で濡れている。拳を握って、それを隠した。
そして、レオンの番が来た。
水晶玉の前に立つ。周囲の視線が、一斉に自分に集まるのが分かった。手を伸ばす。指先が水晶玉の冷たい表面に触れた。
何も起こらなかった。
光も、火花も、揺らめきすらない。ただ透明な球体が、冷ややかにそこに在るだけだった。
レオンは手を離し、もう一度触れた。何も変わらない。三度目。やはり、何も。
周囲が静まり返った。
その静寂が、耳の奥で鳴り響くようだった。誰もが口を閉ざし、気まずそうに視線を泳がせている。水晶玉だけが、何事もなかったかのように透き通っていた。
教師が、咳払いをひとつした。
「……レオン君は、その……魔力が、まだ目覚めていないようだね。うん、こういうこともある。珍しいことではあるが、焦ることはないよ。成長とともに芽生える例もあるからね」
教師の声は優しかったが、その目は明らかに困惑していた。視線がレオンからわずかに逸れる。その小さな仕草が、どんな言葉よりも雄弁に現実を物語っていた。
静寂を破ったのは、子どもたちのざわめきだった。
「見たかよ、あれ。ゼロだってさ」
「うそだろ。何も出ないのかよ。光すらないぞ」
「魔力ゼロって、初めて見た。そんなことって本当にあるんだな」
「あいつ、本当に魔法使えないのか? かわいそうに……」
「なあ、壊れてんじゃないの、あの水晶玉。もう一回やらせてみろよ」
「いや、さっきまで普通に光ってたじゃん。壊れてるわけないだろ」
「じゃあマジでゼロなんだ……うわ、やべえな。聞いたことねえよ、そんなの」
「ゼロって……何もできないってことだよな。将来どうすんだ、あいつ」
声は小さかったが、一つ残らずレオンの耳に届いていた。ひそひそと交わされる囁きが、針のように胸を刺す。
レオンは何も言い返せなかった。
ただ、じっと地面を見つめることしかできなかった。足元の乾いた土に、小さな蟻が列を作って歩いているのが見えた。視界が滲んでいくのを、必死に堪えた。
泣いてはいけない。
それだけは、してはいけない。ここで泣いたら、もう二度と顔を上げられなくなる気がした。
奥歯を噛み締めた。唇の内側を噛んだ。鉄の味がした。それでも涙は止まらなくて、俯いたまま、自分の服の裾をきつく掴んだ。指が白くなるほど強く。
その日以来、彼は魔法の話題を避けるようになった。
誰かが魔法の練習をしている横を通り過ぎるとき、自然と足が早くなった。村の子どもたちが水晶玉ごっこをして遊んでいるのを見かけると、黙って反対の道を選んだ。自分の服の裾を無意識につまむ癖も、あの日から始まったのかもしれない。
あの日から、「魔法」という言葉が少しだけ苦手になった。
◇
けれど、カイとエマは違った。
二人だけは、あの日の後も、レオンを変わらず扱ってくれた。
カイは、広場の隅でひとり俯いていたレオンのところに真っ先に駆けてきて、その頭を軽く小突いた。
「おい、何しけた面してんだよ。魔法なんか使えなくても、お前は俺の弟分だ。それは昨日も今日も明日も変わんねえよ。そんなもん気にしてたら日が暮れるぞ。なあ、聞いてんのか? お前にはお前のいいとこがあるだろうが。虫捕りは俺より上手いし、川で魚を見つけるのだって誰よりも早い。そういうのは、魔法じゃできねえことだろ」
エマは、その隣で静かに微笑んでいた。
「魔力がすべてじゃないわ。世界にはね、魔法なんか一切使えなくても、たくさんの人を救った人がいるの。本で読んだの。あなたには、あなたにしかできないことがきっとある。私、知ってるもの。あなたがどれだけ優しくて、どれだけ周りのことを見ているか。お母さんが具合の悪いとき、真っ先に気づくのはいつもあなたでしょう。それは、魔法なんかよりずっと大切なことだと思うの」
あの日の二人の声を、レオンは今でも鮮明に覚えている。
その記憶が、今でもレオンの支えになっていた。二人がいてくれたから、彼は自分を完全には否定せずに済んだ。世界の全部が敵に回ったような気がしたあの日、たった二人だけが、彼の隣に立ってくれた。
それだけで十分だった。
それだけで、生きていけると思えた。
◇
薬師の家への道すがら、村の広場に差し掛かると、見慣れない男が村人たちと立ち話をしているのが目に入った。
旅装束に身を包んだ中年の男だった。日に焼けた肌と、荷を背負い慣れた逞しい肩幅。街道を行き来する商人か、それに近い稼業の者だろう。傍らには、荷を満載した驢馬が一頭、退屈そうに尾を振っている。
レオンは薬師の家へ向かう途中だったが、その会話が否応なく耳に入ってきた。
「ったく、王都は物騒でな。近頃じゃあ、王子様の命を狙う連中がいるって話だ。俺ぁ商売で街道を行き来してるが、この一月で検問が三倍に増えやがった。荷物の中身をいちいち確かめられるもんだから、商売あがったりだよ」
旅人の荒っぽい声が、静かな村の朝に響く。
「王族の話なんざ、ここじゃ別世界のことさ。俺たちゃ畑耕して、陽が昇ったら起きて、暮れたら寝る。王様が誰だろうと、雨さえ降ってくれりゃ文句はねえよ」
村人の一人が肩をすくめて答えた。だが、その表情には隠しきれない不安が浮かんでいる。冗談めかした口調とは裏腹に、目だけは笑っていなかった。
「そう言ってられるのも今のうちだぜ、兄さん。隣国ノクターンの影の部隊だとか何だとか、きな臭い噂が絶えねえんだ。王都にいると夜も気が休まらねえよ。酒場に行っても、みんなひそひそ話ばっかりでさ。杯を傾ける手も落ち着かねえ」
「影の部隊……。なんだいそりゃ、大層な名前だな。芝居小屋の演目にでも出てきそうだ」
村人が小さく笑ったが、その声には力がなかった。
レオンも思わず足を止めていた。影の部隊。聞き慣れない言葉だったが、その響きだけで、背筋に冷たいものが走るような心地がした。
「暗殺者の集団らしいな。顔を見せず、名を名乗らず、影から影へ移動するとか。一度狙った標的は絶対に逃がさないって噂だ。王都の衛兵でも手が出せねえって話でよ。腕利きの騎士が三人がかりで追い詰めても、煙みたいに消えちまったとか」
「やめてくれよ、そんな話。聞いてるだけで背筋が寒くなる。ここは辺境の、地図に載るかも怪しい村だぞ。そんな連中とは一生縁がねえさ」
「だといいがな。だがよ、最近は辺境の村でも行方不明者が出てるって話だ。用心に越したことはねえよ、兄さん。夜中に見知らぬ人影を見かけたら、絶対に近づくんじゃねえぞ」
「……おい、本当かよ、それ。脅かすのもいい加減にしてくれ」
「脅かしてるんじゃねえよ。俺は街道で聞いた話をしてるだけだ。信じるかどうかはあんた次第さ。だが、火のない所に煙は立たねえって言うだろう。……まあ、俺も早いとこ荷を売りさばいて、安全な町に引っ込みてえよ」
王家の血。王都の陰謀。暗殺者の集団。
どれもこれも、レオンにとっては遠い世界の話だった。物語の中の出来事のように、現実味がない。
自分がそこに関わることなど、絶対にありえない。そう、確信していた。
この村で、母と静かに暮らしていければいい。それ以上は何も望まない。望む必要もない。レオンは視線を落とし、再び歩き出した。籠の中の薬草が、一歩ごとにさらさらと葉擦れの音を立てている。
◇
薬師の家は、村の中ほどにある古い石造りの建物だった。
扉を叩くと、白髪交じりの髭を蓄えた老人が顔を出した。薬師のゴードンだ。村で唯一の医療の心得を持つ人物であり、レオンにとっては薬草の師匠でもあった。
「おお、レオンか。今朝も早いな。どれ、見せてみろ」
「おはようございます、ゴードンさん。今朝は露が多かったので、状態のいいのが採れました。これ、見てください。葉の色がいつもより濃くて、茎もしっかりしてます」
ゴードンは籠を受け取り、薬草を一本ずつ手に取って確かめた。節くれ立った指が、葉の裏を丁寧に撫でる。
「ふむ……。確かに、今日のは上出来だ。この葉脈の走り方を見ろ、均一に広がっているだろう。こういう状態の薬草は、煎じたときに成分がよく出る。お前の目利きも、ずいぶん確かになったな」
「本当ですか。ゴードンさんに教わったとおりに、朝一番の露がついているうちに摘むようにしてるんです。あと、根元から三節目のところで切ると、残った株からまた新しい芽が出るって、前に教えてもらったでしょう。あれ、試したら本当にうまくいきました」
「覚えていたか。感心だな。その方法は、わしが若い頃に師匠から教わったものだ。王都の薬学書には載っていない、この土地ならではの知恵でな。お前は飲み込みが早い。わしの弟子にしてやってもいいくらいだ」
「弟子って……俺なんかが?」
「謙遜するな。お前は魔法こそ使えんが、植物を見る目がある。薬草というのはな、一本一本が違う顔をしている。それを見分けられるかどうかは、才能の問題だ。お前にはその才がある」
レオンは少し驚いた顔をした後、照れくさそうに頭を掻いた。
「ありがとうございます。……それで、母さんの薬なんですけど」
「ああ、用意してある。昨日のうちに煎じておいた。朝と晩、食後に飲ませなさい。それから、これも持っていけ」
ゴードンは棚の奥から、小さな布袋を取り出した。
「これは?」
「乾燥させた甘草の根だ。薬が苦くて飲みにくいと、前にお前の母さんがこぼしていただろう。これを少し混ぜれば、味が和らぐ。お代はいらんよ。畑の雑草抜きを手伝ってもらった礼だ」
「……ゴードンさん。ありがとうございます、本当に」
「礼を言うなら、明日も良い薬草を持ってこい。それが一番の礼だ。……ああ、それとな、レオン」
ゴードンは少し声を落とした。
「今朝、旅の商人が広場で物騒な話をしていただろう。わしも少し聞いた。王都が騒がしいらしいな」
「……ええ。影の部隊がどうとか。でも、この村には関係ないですよね」
「そう願いたいものだ。だがな、世の中というのは不思議なもので、関係ないと思っていたことが、ある日突然目の前に現れることがある。……いや、年寄りの繰り言だ。気にするな。母さんを大事にしなさい」
「はい。……行ってきます」
レオンは薬と甘草の袋を大切に籠にしまい、薬師の家を後にした。
◇
薬師の家を出ると、日はすでに高く昇っていた。
朝霧はすっかり晴れ、村は穏やかな陽光に包まれている。家々の煙突から立ち上る細い煙、井戸端で洗い物をする女たち、柵の中で草を食む羊の群れ。いつもと何も変わらない、辺境の村の昼下がりの風景だった。
家に戻ったレオンは、母に薬を飲ませ、甘草のことを伝えた。
「まあ、ゴードンさんったら。いつも気を遣ってくださるのね。今度お会いしたら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ」
「薬、少しは飲みやすくなった?」
「ええ、全然違うわ。ほんのり甘くて、これなら続けられそう。ゴードンさんにも、あなたにも、感謝しなくちゃね」
「大げさだよ。……母さん、少し休んでて。昼過ぎには起こすから」
母が寝入るのを見届けてから、レオンは家の周りの雑事を片付けた。薪を割り、水を汲み、鶏小屋の手入れをする。昼食は質素なパンとスープで済ませ、午後は畑の手入れに費やした。母が目を覚ませば、また薬を飲ませ、様子を見る。
それが、レオンの一日だった。
毎日が同じことの繰り返しだったが、退屈だとは思わなかった。母の体調が少しでもよくなれば、それだけで一日に意味が生まれた。
◇
日は傾き始め、村全体が夕暮れの橙色に染まっていた。
空が燃えるような茜色に変わり、遠くの山の稜線が黒い影絵のように浮かび上がる。空気が少しずつ冷たくなって、昼間の温もりが地面からゆっくりと抜けていくのが分かった。どこかの家の煙突から、夕餉の支度をする煙が立ち上っている。夜が、すぐそこまで来ていた。
家の前に出たレオンは、箒を手に取り、玄関先の小道を掃き始めた。乾いた土の上を、藁の穂先がさらさらと音を立てる。母が窓辺で静かに休んでいるのが、視界の端に見えた。
小さな日課にすぎない。けれど、こうして家の周りを整えておくことが、母を安心させるのだとレオンは知っていた。帰ってきた二人に、みすぼらしい姿は見せたくないという気持ちもあった。
その時だった。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきた。
規則正しい、力強い蹄音。一頭ではない。二頭分の足音が、村の入口の方角から近づいてくる。
レオンは箒を止め、顔を上げた。
夕陽を背に、二頭の馬のシルエットが浮かび上がっている。逆光で顔は見えない。けれど、その輪郭だけで、レオンには分かった。分かってしまった。心臓が、どくんと大きく跳ねる。
「おーい、レオン! 生きてたか、この役立たず!」
明るく、遠慮のない声が村中に響き渡った。
「相変わらず箒なんか持ちやがって! 似合いすぎるぞお前、完全に村の掃除番だな! いや、むしろ箒が本体か? お前と箒、どっちがメインだか分かんねえよ!」
レオンは思わず箒を取り落としそうになった。心臓がばくばくと鳴っている。この声を、この調子を、聞き間違えるはずがない。
「役立たずって言うな! 二年ぶりの再会でそれが第一声かよ……! 普通もうちょっと、こう、感動的な言い方があるだろ!」
叫び返しながら、レオンは自分の声が震えているのに気づいた。嬉しさなのか、呆れなのか、自分でも分からない。たぶん、両方だった。
「でも……帰ってきたんだな。本当に、帰ってきたんだな」
馬から飛び降りたのは、黒髪を短く刈り上げた少年だった。
カイだ。
二年前に別れたときはまだ少年のひょろりとした体型だったが、今は見違えるほど逞しくなっている。肩幅は広がり、腕は太く、背丈もレオンより頭ひとつ分は高い。簡素ながらも手入れの行き届いた革鎧を身につけ、腰には訓練用の木剣を携えていた。日焼けした顔に浮かぶのは、相変わらずの快活な笑み。白い歯を見せて笑うその表情だけは、二年前と少しも変わっていなかった。
「悪ぃ悪ぃ、つい癖でな! お前の顔見たら、昔の調子が全部戻っちまった。二年分の我慢が一瞬で吹っ飛んだぜ。……でも元気そうで安心した。手紙じゃ分からねえからな、実際に会わねえと。声聞いて、顔見て、初めて安心できるってもんだ」
カイはそう言いながら、レオンの前に立ち、まじまじと顔を覗き込んだ。
「……なんだよ、そんなに見るなよ」
「いや、ちょっと待て。お前、ちゃんと飯食ってるか? ちょっと痩せたんじゃねえのか。頬がこけてるぞ。顎の線がくっきりしすぎだ」
「食べてるよ、ちゃんと。母さんの分と自分の分、毎日作ってる。カイこそなんだよ、その腕。丸太みたいになってるじゃないか。人間の腕じゃないだろ、それ」
「はっ、騎士見習い舐めんなよ! 毎日素振り三百回、走り込みは城壁の外周三周、午後は模擬戦闘に組み手、夕方は鎧つけたまま階段の昇り降り。体が鍛えられないわけがねえだろ。最初の三ヶ月は地獄だったけどな。飯食っても全部吐くし、筋肉痛で階段降りるのに五分かかるし」
「それでもカイは、同期の中で一番成績がいいのよ。本人は絶対に自分からは言わないけれど」
もう一頭の馬から、静かに降り立った人影があった。
赤褐色の髪を三つ編みにまとめた少女。エマだった。
魔導学院の紋章が縫い取られた深い藍色のローブを身にまとい、腰には革装の小さな書物袋を提げている。二年前よりも背が伸び、顔立ちは少女から大人の女性へと移り変わる途上にあった。落ち着いた、理知的な瞳がレオンをまっすぐに見つめる。その眼差しには、柔らかな温かさと、どこか研ぎ澄まされた聡明さが同居していた。
「久しぶりね、レオン。背、ちょっと伸びた? 前に会ったときより、少し大人びて見えるわ」
「エマ……」
レオンは一瞬言葉を失い、それからようやく声を絞り出した。
「そっちこそ、大人っぽくなって……。そのローブ、すごく似合ってるな。魔導士って感じだ」
「ありがとう。でもね、これ、見た目ほど着心地は良くないのよ。布地がしっかりしている分、夏は暑くて仕方ないの。訓練中に汗だくになって、もう何度脱ぎ捨てようと思ったか。カイなんか、私のこと見て何て言ったと思う? 『真冬でもそれ着てろ、涼しそうだから』ですって」
「言ってねえよ! ……いや、言ったかもしれねえけど、悪気はなかったぞ。あれは褒め言葉だ。涼しげに見えるってのは、つまり優雅だってことだろ」
「どこが褒め言葉なのよ。苦しいわね、その言い訳」
「うるせえな。お前は昔から揚げ足を取るのがうまいんだよ。王都に行ってますます磨きがかかりやがった」
二人のやりとりを聞いているだけで、レオンの顔は自然とほころんでいた。変わっていない。二年という時間が嘘のように、三人の間にあった空気がそのまま戻ってくる。
エマが、レオンに向き直った。その表情が、少しだけ真剣なものに変わる。
「ねえ、レオン。本当に元気にしてた? 手紙では分からないことも多いから、直接聞きたかったの。お母様の具合はどう?」
「うん……まあ、良い日と悪い日の繰り返しだよ。冬は特に辛そうでさ、咳が止まらない夜もあった。でも、今日は調子がいいみたいだ。二人が来るって話したら、朝からずっと嬉しそうにしてて。窓を開けて、ずっと外を見てた。『早く会いたいわ』って、何度も言ってたよ」
「そっか……。おばさん、昔から優しい人だもんな。俺たち三人が泥だらけになって遊んで帰っても、怒らずにいつも笑って迎えてくれた。『まあまあ、元気な証拠よ』って言ってさ。あったかい布巾で顔を拭いてくれるんだ。あれが好きだったな、俺」
カイが、少し遠い目をして言った。
「あの頃が懐かしいわ。私たち三人で、村の裏山まで競争して駆け上がって……レオンがいつも一番最後に登ってきて、膝に手をついて息を切らしてたっけ。顔を真っ赤にして、『待ってくれよ』って」
「あれは……二人が速すぎたんだよ。カイは言わずもがなだけど、エマも足速かったじゃないか。俺の倍くらいの歩幅で走るんだもん、勝てるわけないだろ」
「倍は言い過ぎよ。せいぜい一・三倍くらいだわ」
「細かいな……」
三人で笑い合った。夕陽が三人の影を長く伸ばしている。
だが、笑いながらも、レオンは気づいていた。
二人の表情に、何か影が差していることに。笑顔の奥に、言葉にできない重いものを抱えているような気配。カイの目の下にうっすらとある隈。エマの指先が、話している間もときおり落ち着きなく動いていること。
「……二人とも、ちょっと疲れてないか? なんだか、目の下に隈があるような気がするんだけど。馬の旅が長かったのか?」
レオンの問いかけに、カイは一瞬だけ表情を曇らせた。
ほんの一瞬だった。だが、レオンはそれを見逃さなかった。
すぐに、カイはいつもの明るさを取り戻す。少しだけ力のこもった笑みで。
「まあな。王都からここまで馬で三日だぜ? ケツが割れるかと思った。騎士見習いってのは、思ってたより大変でさ。訓練だけじゃなくて、雑用も山ほどあるし、先輩騎士の言うことは絶対だし。鎧の手入れ、馬の世話、武器庫の整理、見回りの当番……帰る頃には毎日ヘトヘトだぜ。疲れた顔にもなるさ」
「それだけじゃないでしょう」
エマが静かに口を挟んだ。その声には、カイとは違う種類の慎重さが宿っている。
「最近は……ちょっと、物騒でね。王都の空気が、半年ほど前から変わってきているの。街を歩いていても、衛兵の数が明らかに増えているし、夜になると巡回の松明がいくつも見えるわ。学院の中でも、先生たちがひそひそと話し合っている姿を何度か見かけた。生徒には詳しいことは教えてもらえないけれど、何か大きなことが起きているのは間違いないと思う」
「……物騒って、どういうことだ? 何かあったのか?」
レオンは眉を寄せた。今朝、広場で旅の商人が話していたことが頭をよぎる。
「いや、大したことじゃねえよ。王都ってのはいつだって色んな噂が飛び交ってるもんだ。気にすんな、レオン。俺たちがここに来たのは、お前やおばさんに会うためだ。それだけだ。な?」
カイの声は明るかったが、どこか強引に話を切り上げるような響きがあった。
「カイの言う通りよ。辺境のこの村には関係のない話だわ。……ごめんね、変なこと言って。せっかくの再会なのに、暗い話をしてしまったわ」
エマが小さく首を振る。
「物騒」。
今朝も、誰かが同じ言葉を使っていた。旅の商人。影の部隊。王子の暗殺。そして今、カイとエマも同じことを言っている。
レオンの胸に、小さな不安が芽生えた。
だが、彼はそれを振り払った。今は、二人が帰ってきてくれたことを喜ぶべきだ。余計な詮索は、きっと二人を困らせるだけだ。二人が話したくないことを、無理に聞き出す必要はない。
「……とりあえず、家に入ろう。母さんも喜ぶよ。朝からずっとそわそわしてたんだ。二人が来るの、本当に楽しみにしてたから。夕飯の支度もしてあるし、今日はちょっとだけ奮発したんだ」
「おう! おばさんの顔、早く見てえな。あ、土産も持ってきたんだ。王都の菓子。甘いやつ。砂糖をたっぷり使った焼き菓子でさ、王都じゃ人気の店なんだ。朝から行列ができるような」
「カイったら、それ自分が食べたくて買ったんでしょう。旅の間に我慢するの大変そうだったものね」
「う……否定はしねえけど、おばさんへの土産だってのは本当だぞ。半分は。いや、七割は」
「私もお土産があるの。薬草の本よ。王都の古書店で見つけたの。辺境地域の薬草図鑑で、この辺りに自生する植物も載っていたわ。レオンが好きそうだと思って」
「え……俺に? わざわざ探してくれたのか?」
「古書店を三軒回ったわ。でも、見つけたときは嬉しかった。レオンの顔が浮かんだの。きっと目を輝かせるだろうなって」
「……ありがとう、エマ。すごく嬉しい」
レオンは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
二人を家の中へと案内する。カイがレオンの肩を叩き、「変わんねえなあ、この家」と懐かしそうに呟いた。その手の温もりが、じわりと染みた。
◇
夜。
小さな食卓を囲んで、レオンと母、そしてカイとエマが座っていた。
テーブルの上には、質素ながらも温かい夕食が並んでいる。レオンが昼過ぎから準備した野菜の煮込みと、焼きたてのパン、それに卵を使った素朴な料理。普段の食事よりは少しだけ品数が多い。二人を迎えるために、レオンが工夫を凝らした精一杯のもてなしだった。
蝋燭の灯りが、四人の顔を柔らかく照らしている。母の顔には、ここ数ヶ月で一番の明るい笑みが浮かんでいた。それを見るだけで、レオンの心は満たされる。
「あなたたち、本当に立派になって……。見違えたわ。カイちゃん、こんなに大きくなって。出発するときはレオンと同じくらいの背丈だったのに、今はもう見上げるほどね。エマちゃんも、すっかり綺麗になったわ。大人の女性の顔をしているもの」
「おばさん、やめてくださいよ。照れるじゃないすか。俺なんか、でかくなっただけっすよ。中身は全然変わってないです。……でも、おばさんも元気そうで良かった。正直、レオンの手紙読んで、俺もエマも結構心配してたんです。冬に具合が悪くなったって書いてあったとき、すぐにでも飛んで帰りたかったんすけど、訓練が佳境でどうしても抜けられなくて」
「あら、レオンったら。そんなに心配させるようなこと書いたの? 困った子ねえ」
「……いや、ちょっとだけだよ。冬の一番寒い時期に、母さんが三日くらい起き上がれなくなったことがあって。薬師のゴードンさんに来てもらって、なんとか持ち直したんだけど……あのときは、さすがに怖くて、つい手紙に書いちゃったんだ」
「もう、大げさなのよ、この子は。私は大丈夫。こうしてみんなでご飯を食べられるんだもの。これ以上の幸せはないわ」
「おばさん、無理だけはしないでくださいね。王都から、少しいい薬草を持ってきたんです。魔導学院の薬学棟で、事情を話して分けてもらいました。辺境では手に入りにくい種類のものも混ぜてあるの。レオンに渡しておくから、薬師さんに見てもらってくれる?」
「まあ、ありがとうエマちゃん。わざわざそんな……。あなたは本当に気が利く子ね。昔から、気配りの人だったものねえ」
「いえ、当然のことです。おばさんには、小さい頃からたくさんお世話になりましたから。少しでも恩返しができればと思って」
「二人とも、ありがとう。母さん、嬉しそうだね」
レオンは二人と母の様子を見ながら、静かに微笑んだ。それから、少し声のトーンを落として言った。
「俺は……村で母さんを守るだけで精一杯だよ。二人みたいに、すごいことはできない。剣も振れないし、魔法も使えないし。でも、ここで母さんのそばにいることが、今の俺にできる一番大事なことだと思ってる」
それが自分の役割だと、ずっと信じてきた。母を守ること。それ以上のことは、自分には望めない。望む資格がない。
だが、その言葉にカイが反応した。
箸を止め、真剣な表情でレオンを見つめる。
「……そうとも限らねぇぞ、レオン。お前だって……。いや、お前には、俺たちが王都で知ったことを……伝えなきゃいけないことが……」
「カイ」
エマが静かに、しかし明確な声で制止した。
その一言に込められた力は、穏やかな口調とは裏腹に、有無を言わせぬものだった。カイの言葉が、途中で断ち切られる。
「今はやめておきましょう。今日は再会を喜ぶ日よ。……ね?」
エマの瞳がカイを射抜くように見つめている。そこには、明確な警告が込められていた。今ここで、それを言うべきではない。
カイは唇を引き結び、視線をレオンに戻した。その目には、何か言いたくて仕方がないという色が滲んでいる。申し訳なさと、焦りと、それでいて確固たる決意が入り混じった、複雑な眼差し。
「……ああ、そうだな。悪ぃ、変なこと言った。飯がうまくて、つい口が滑った。おばさんの味付け、懐かしくてさ。このスープ、昔よく作ってくれたやつだろ。あのときと同じ味がする」
「ふふ、覚えていてくれたの? でもこれ、作ったのはレオンよ。私はもう、台所に長く立っていられないから。レオンが全部やってくれるの」
「マジかよ。レオン、お前料理もできるのか。すげえな」
「母さんに教わっただけだよ。大したもんじゃない」
「カイ、あなた昔からそうよね。大事なときに限って口が先に動くんだから。頭で考える前に喋り始めるのは、二年経っても治ってないのね」
「うるせえな。お前こそ、いつもいつもタイミングを見計らいすぎなんだよ。慎重すぎて、逆に機を逃すことだってあるだろうが」
「慎重なのは美徳よ。あなたの場合は無謀って言うの」
「無謀じゃねえ。即断即決だ」
「同じことよ。言い方を変えただけじゃない」
レオンは二人のやり取りを聞きながら、小さく笑った。だが、笑いの下で、違和感が消えずに残っている。
二人が何かを隠している。それは明らかだった。しかも、それは自分に関わることらしい。カイが言いかけた言葉。「お前には伝えなきゃいけないことがある」。あの台詞の続きが、ずっと気にかかる。
胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚。抜こうとすれば余計に深く食い込む、そんな種類の引っかかりだった。
けれど、レオンはあえて問い詰めなかった。
今夜は、この温かい空気を壊したくなかった。
「……王都の話、もっと聞かせてよ。どんなところなの? どんなことがあったの? 俺、この村から一歩も出たことないから、何もかも想像するしかないんだ。二人の手紙だけが、外の世界への窓みたいなもんだったからさ」
レオンが話題を変えると、母も興味深そうに身を乗り出した。
「ああ、そうだな! 王都はすげえぞ。まず、でかい。とにかくでかい。城なんか見上げたら首が痛くなるくらい高くてさ。最初に城門をくぐったとき、俺、口開けたまま五分くらい固まってたもん。城壁だけで、この村がすっぽり入るくらいの高さがあるんだ。石を一個一個積み上げて作ったらしいけど、何百年かかったんだって話だよ」
「城壁の上を歩けるの?」
「歩ける歩ける。衛兵の巡回路になっててな。上から見下ろすと、街全体が見渡せるんだ。屋根が海みたいにずーっと続いてて、その向こうに王城の尖塔が突き出てる。夕暮れ時なんか、最高の眺めだぜ」
「街には何があるの? 市場とか、お店とか?」
「あるなんてもんじゃねえよ。大通りの市場はな、端から端まで歩くだけで半日かかる。嘘じゃねえぞ。食い物屋だけで百軒はあるな。肉の串焼き、窯から出したばかりのパン、南の国から運ばれてきた見たことない果物、甘い香りの菓子屋、スパイスの効いた異国の料理……。鼻がおかしくなるくらい色んな匂いが混ざってるんだ。初めて行ったとき、俺、財布の中身を全部使っちまってさ」
「全部?」
「全部。一銭残らず。串焼きだけで六本食って、パン三つ買って、果物の砂糖漬けってのを試して、仕上げに肉饅頭を二つ。腹がはちきれそうになって、訓練場に戻ったら動けなくなった」
「それ、訓練初日の話でしょ」
エマが呆れたように、それでいて楽しそうに口を挟んだ。
「先輩騎士に怒鳴られてたわよね。『腹が膨れて動けないだと? 騎士見習いの恥だ、壁の前に立て、日が沈むまでそこで立っていろ』って。カイ、本当に日没まで立ってたのよ。途中で一回、倒れかけたけど」
「……あれは黒歴史だ。頼むから忘れてくれ。つうか、なんでお前がそんな詳しいんだよ。魔導学院は騎士団の訓練場と離れてるだろ」
「噂はすぐに広まるのよ。『入隊初日に食べ過ぎで倒れた馬鹿がいる』って、学院の食堂でも話題になってたわ」
「マジかよ……。俺の恥が王都中に知れ渡ってんじゃねえか」
「王都中は大げさよ。騎士団と魔導学院の関係者くらいよ。たぶん」
「十分広いわ!」
食卓に笑いが起きた。母も口元を押さえて笑っている。
「ふふ、楽しそうねえ。エマちゃんの方はどうなの? 魔導学院って、どんなことをするの? 魔法の勉強って、想像もつかないわ」
「魔導学院ではまず、魔法の基礎理論を徹底的に叩き込まれるんです。魔力の流れの仕組み、属性の分類と相性、詠唱の構造と発音の正確さ……。覚えることが本当に多くて、最初の半年は毎晩、教科書を枕にして寝落ちしていました。文字通り、本に埋もれる生活でしたね」
「魔法って、呪文を唱えるだけじゃないんだ」
レオンが少し驚いた声で訊いた。
「全然違うの。呪文は魔法のほんの一部でしかないわ。魔力をどう体内で循環させるか、どの経路を通して外に放出するか、その制御の仕方を理解していないと、呪文を唱えても何も起きないか、暴発するかのどちらかなの。理論と実践、両方が噛み合って初めて魔法は成立する。……でも、実技の授業が一番好きだわ。自分の魔力が形になる瞬間は、何度経験しても胸が高鳴るの。指先から風が生まれて、それが自分の意思で動くのよ。あの感覚は、言葉では伝えきれないわ」
「エマは風の魔法が得意なんだ。俺、合同訓練のとき初めて見てさ。教室の中で小さな竜巻を作ってみせたんだよ。机の上の紙が全部舞い上がって、天井近くでぐるぐる回ってた。教官が拍手して、『見事だ』って言ったんだぜ」
「あれは制御を失いかけただけよ。紙が舞い上がったのは、出力を絞り切れなかったせい。教官の拍手も、半分は冷や汗だったと思うわ。……もう少しで窓ガラスを割るところだったもの」
「謙遜すんなって。あのとき同期の連中、みんな口開けて見てたぞ。『あの子すげえ』って。俺は鼻が高かったね、幼馴染だってこと自慢しまくったから」
「やめてよ、恥ずかしい……。でも、ありがとう。カイがそう言ってくれると、少し自信が持てるわ。学院には才能のある人がたくさんいて、自分なんかまだまだだって思うことの方が多いから」
「エマちゃん、すごいのねえ。風の魔法だなんて、素敵だわ」
母が感嘆の声を上げた。それから、レオンの方を向く。
「レオン、あなたも何か興味のあることはないの? 二人の話を聞いていると、外の世界にはいろんなことがあるのねえ」
「俺は……薬草を育てるのが好きだよ。種類を覚えて、どの症状にどの薬草が効くか調べるのは楽しいんだ。組み合わせ次第で効果が変わったりもするし、奥が深い。魔法は使えないけど、薬草のことなら、少しは詳しくなった。ゴードンさんにも褒めてもらえるようになったし」
「おう、それだよレオン!」
カイが身を乗り出した。
「お前の薬草の知識は大したもんだぜ。半年くらい前だったかな、手紙で毒消しの調合法を教えてくれただろ。青苔草と赤根蔓を三対一で混ぜて煎じるやつ。あれ、訓練中に毒虫に刺された同期がいてさ、医務室が混んでて待たされそうだったから、俺が試しに作ってやったんだ。そしたら、腫れがみるみる引いていったんだよ。周りの奴ら、目を丸くしてた」
「えっ、本当か? あれ、ただの民間療法なのに……。この辺の村に昔から伝わってるやり方を、ゴードンさんに教わって書いただけだよ」
「本当よ」
エマが頷いた。
「カイが興奮して私のところに駆け込んできたの。息を切らしながら、『レオンすげえぞ、天才だぞあいつ!』って。あまりに大声だから、廊下中に響いてたわ。気になって、私も魔導学院の薬学教授に聞いてみたの。辺境の調合法について。そうしたら教授が言ってたわ。『辺境の薬草学は王都ではあまり体系的に研究されていないが、何百年もの実践に裏打ちされた知恵が詰まっている。むしろ、王都の薬学が見落としている領域かもしれない』って。とても感心していたわ」
「……そうなんだ」
レオンは目を見開き、それから静かに視線を落とした。
「なんか……嬉しいな。こんな辺境の、魔法も使えない俺の知識が、誰かの役に立ったんだ」
「役に立ったどころじゃねえよ。お前は立派だぜ、レオン。剣も魔法もなくたって、お前にはお前の武器がある。それを忘れんなよ」
カイの声は冗談めかしていたが、その目は真剣だった。
食事が進むにつれて、話題は次々と移り変わった。王都の街並み、学院の講義、騎士団の日常、変わった食べ物の話、面白い人物の話。カイが大げさな身振り手振りで語り、エマが冷静に補足し、母が楽しそうに笑い、レオンは時折質問を挟みながら耳を傾けた。
温かい食卓だった。
蝋燭の灯りに照らされた四人の顔は、どれも穏やかで、どれも幸せそうだった。少なくとも、この瞬間だけは。
◇
食事を終え、母が寝室に引き取った後、レオンは一人で外に出た。
夜空には満天の星が輝いていた。
王都では見られないほど鮮やかな星々が、漆黒の空を埋め尽くしている。天の川が白い帯のように空を横切り、その光だけで足元がうっすらと見えるほどだった。虫の声が、絶え間なく夜の帳を満たしている。
冷たい夜気が頬を撫でた。深呼吸をすると、胸の奥まで澄んだ空気が染み渡って、食卓の温もりで火照った体が心地よく冷えていく。
レオンは家の前の古い切り株に腰を下ろし、空を見上げた。
自分の世界は、ここだけで十分だ。
母がいて、幼馴染がいて、薬草の知識があって、村の人たちがいる。小さな世界だけれど、欠けているものは何もない。これ以上を望んだら、きっと罰が当たる。
そう思おうとした。
けれど、胸の奥で、何かが小さく疼いていた。
カイが言いかけた言葉。エマの警告するような視線。二人の目の下の隈。旅の商人が語った、王都の不穏な空気。影の部隊。行方不明者。
何かが、静かに近づいている。
漠然とした不安。だが同時に、それは何か大きな変化の前触れのようにも感じられた。
レオンはそっと息を吐いた。白い吐息が、夜の闇に溶けて消えていく。
「……考えすぎだ。今日は、二人が帰ってきた。それだけで十分じゃないか」
自分に言い聞かせるように呟いて、レオンは立ち上がった。
振り返ると、家の窓から蝋燭の淡い灯りが漏れている。母はもう眠っただろうか。カイとエマは、客間で休んでいるだろうか。
明日はきっと、また穏やかな一日が来る。
そう信じて、レオンは家の中へ戻ろうとした。
◇
その時。
村の外れ、深い森の中。
月明かりすら届かない木々の奥で、ひとつの人影が息を潜めていた。
顔の上半分を覆う薄い銀の仮面。夜闇と見分けのつかない黒装束。足音はおろか、呼吸の気配すら周囲に溶け込んでいた。その人物は、木々の間から村を見下ろすように、微動だにせず佇んでいる。
存在そのものが、影と同化していた。
風が梢を揺らしても、枝が軋んでも、その人影だけは完全な静止を保っている。まるで、闇の中に切り取られた一枚の絵のように。
「……観測、確認。対象は予測座標に合致。誤差なし」
低く呟かれた声は、森の闇に吸い込まれ、誰の耳にも届かない。
仮面の下の瞳が、村の一点を凝視していた。
それは、星空を見上げて佇む少年の姿だった。レオンが立つ場所を、正確に、一寸の狂いもなく捉えている。
「対象……接近可能。周辺の警戒レベル、最低。護衛に相当する存在……二名。現時点では無防備」
影が、わずかに揺れた。
枝を踏む音すらなく、その人影は一歩だけ前に出た。仮面の縁が月光を受けて、ほんの一瞬だけ鈍く光る。
「……次の指示を待つ」
それだけを呟くと、人影は再び完全な静寂に沈んだ。
森の闇が、その存在を丸ごと飲み込んでいく。
風が止んだ。虫の声だけが、変わらず夜を満たしている。何事もなかったかのように。
辺境の村は、静かな夜に包まれていた。
まだ誰も知らない。
この夜を境に、すべてが変わり始めることを。
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