拝啓、生きるのが辛い人へ

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一話、家族のため

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ふとした時に思う。
僕はなんの為に生きているのだろう。

電車の窓枠に頬杖を付き、揺られながら流れる景色を見るともなく見ながらそんな事を考えていた。

一瞬で車窓を通り過ぎていく景色の中にいる人達は生きる意味を持って生きているのだろうか?

同じ車両に乗っている人達も生きる意味をもっているのだろうか?

一体僕達人間はどこへ向かって生きているのか?

そう自分に問続ける。

しかし、答えは見つからない。
自分の生きている意味を見つけれず無価値な時間をただ過ごしているような感覚に嫌気が差し小さくため息をついた。


「悩み事かい?」

突然隣の席からしゃがれた声で問われて思わず戸惑ってしまった。
もの思いにふけっていていつ隣に人が座ったのかも気づかなかった。

僕は咄嗟に

「いえ、そういう訳では・・・」

と言った。
知らない人とあまり話したくないからだ。

けれどおじさんはお構いなしに話しかけてくる。

「そうかい、それなら私の話を少し聞いてくれないかな?」

僕は心の中でため息をついた。
話が苦手な僕は会話が上手く行かず気まずくなることが多いから憂鬱な気持ちになった。
けれど、断るとそれはそれで気まずくなるので渋々いいですよと答えてしまう。

おじさんはニコリと優しく笑い、ありがとうと言う。

おじさんのその物腰のやわらかさに優しさを感じて少し心が暖かくなる自分に矛盾を感じてしまう。

僕は人間が嫌いなはずなのに、と。

「私わね、今日で70歳を迎えるんだ。それで娘の家族が誕生会を開いてくれると言うから仕方なく行くことにした。老いぼれた私は正直移動するのも億劫で嫌だったんだかね」

おじさんは言葉ではそう言うけど表情はこれから娘の家族に会える楽しみに満ちた表情をしていた。

「今年で3歳になる孫もいて相手するのが大変なんだ。
けれど、とても可愛くてね私の生きがいであり生きる意味なんだ。
もう先も長くないだろうし、私は残りの人生を家族のために生きようと決めたんだ。」

とおじさんは言う。
この人には生きる意味があるんだと僕は思った。

そして羨ましく思う。
先の短いおじさんに生きる意味があって、先の長い僕には意味がない。

なんておかしな世の中なのだろう。
できることならおじさんに僕の時間全てをあげたほうが僕は少なからず役に立てるのになと思った。

そしてそれが僕の存在の意味となるのにな、と。

その後もおじさんは娘の話、孫の話、娘の夫の話などを幸せそうに話してくれた。

気がつけばおじさんの目的地に到着した。

「話を聞いてくれてありがとう、楽しかったよ」

と言って電車を降りていった。
人間が嫌いな僕も不思議とおじさんの話を聞いていて楽しかった。

そして少しだけ幸せを分けてもらえた気がした。

ただ、僕はまだ自分の生きる意味を見つけれないでいる。

これから僕は意味を見つけるために生きていくのだろう。



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