蛙始鳴

井津 馨

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蛙始鳴

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 テレビから聞こえてくる声を右から左へ流しながら、本を読む。
 愛してやまない坂口先生の堕落論だ。
 自分の考えに似た点が多く、思わず没頭してページをめくる。

 ゲロゲロ。外から聞こえてくる。
 ページをめくる手を止めて、耳を澄ます。
 ゲロゲロ。いや、本当に鳴いているじゃァないか。
 気の早い蛙もいたもんだ。
 私はすっかり、蛙は六月から八月あたりに鳴くものだと思っていたよ。
 机に本を置いて窓の近くへ。あれ、聞こえなくなった。
 勘違いだったかと本をまた読み進める。

 しばらくして、またゲロゲロ。
 なんと、家の周りには池も無ければ田も無い。
 真っ平らなコンクリートで埋め尽くされた道であるというのに。

 今度こそと耳を澄ませる。…微かに、鳴いた。
 蛙なのか他なのか分からない声で可愛らしくゲロゲロ、と鳴くじゃないか。
 もう少し地を這う様な低い声で鳴いてくれたら確証を得られるのに。
 まあいい。私はこの声の主を蛙とよぶ。

 しかし、こんなコンクリートのある場でもよく鳴くものだ。
 私は、蛙は田舎にしかいないと思っていた。(ここも十分田舎なのだが。)

 私は東京の暮らしに飽きて、地方へ引っ越してきた。
 どうも私は田舎特有の雰囲気が苦手だと云いながら、東京の様な我関せずという雰囲気も性に合わないのだ。
 まったく我儘、我儘そのままの生き方である。

 まあ、色々と考えている間にも蛙は鳴いている。
 市街であるのにこれほど早いとは、夏場には蛙の大合唱でも聞かされるのであろうか。
 折角ならば蛍を見せてくれと思う。
 ベランダには決して来てほしくはないが、聞くだけなら何と心地の良いものだろう。

 私にとって夏の風物詩といえば、屋台・蛙の大合唱・蛍の大群である。
 皆の思う夏の風物詩は何だろうか。

 まったく、蛙の声に踊らされて未だ梅雨も来ていないというのに、そんなことを考えるのである。
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