まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

30:見世物

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ぬいがミレナを置いて元の場所に戻ると、水晶宮内は騒がしくなっていた。特に中心部にいるトゥーは男女問わず囲まれている。

あの凶器のような面があろうが構わずに。そのうち事故が起きるのではないかと、少し冷や冷やする状態である。

だが、よく見てみれば真横に突き出ているわけではなく、横にいても刺さらないようになっていた。これなら大丈夫だろうと、ぬいは安心する。

あの状態ではしばらく出てこれないに違いない。視線がぬいの方を向いた気がしたが、この距離で面をつけていては何もわからない。

周りの人たちは各々会話をしたり、食事を摂っている。それを確認した瞬間、一直線にテーブルへ向かった。

人の目を気にせず、片っ端から食べていく。手前の食事はサラダからはじまり、温野菜にスープと徐々にメニューが変わっていく。手軽に食べれるように小さく切ってあるが、ぬいはそれをブロックごと取ると皿にのせる。

食事前はびっくりするくらい注視されなかった。目立つ容姿でないにしても、一応は皇帝の面前で紹介された身である。余程トゥーに目を持っていかれたのだろう。ぬいはそれをいいことに、ひたすら食べ続けた。

神官たちのように遠巻きにされたり、こそこそとささやかれることがなかったことも、ぬいの行動を加速させた。

その結果、徐々にこいつはなんだという、奇異の目で見られていることに気づいた。

これはさすがにまずいとテーブルを変える。そしてまた食べるの繰り返しをして移動する。

時折トゥーから視線を向けられていることがある。一瞬であるが、ぬいには分かる。ほかの人には気づかれていないだろう。

おそらくあの視線は、自由に食事を摂れるぬいを羨んでのことだ。あの様子では一口も食べれていないに違いにない。

ぬいは憐みの視線をトゥーに向けようと、一旦食事を置いた。すると彼のすぐ近くの大きな扉が開かれた。


そこからは桃色のドレスを着たミレナが現れた。ぬいより少し年上と思われる男性に手を取られエスコートされている。顔立ちからして、彼女の兄だろう。

その場にいた全員がミレナに視線を奪われる。いつもはどこか神聖な雰囲気であるが、今は立派な皇女たる風格があった。

ミレナたちが歩みを進めるたび、人の波が割れる。そして、隠れていたトゥーの姿がよく見えるようになった。

トゥーはミレナの前に進み出ると、手を伸ばす。声は聞こえないが、彼女のバラ色に染まった頬と笑顔から、何を言われているのかが、予想できた。

トゥーの手を取るとミレナの兄のエスコートが外される。そのままそっと引き寄せると人がさらに避けていく。

二人は向き合うと踊りだした。いつから待機していたのか、弦楽器の音が聞こえる。他に踊る者はいない。中心部にはトゥーとミレナ二人きりであった。

彼女の所作は完璧であった。対してトゥーは精一杯練習したことが見てとれる動作である。しかし持ち前の運動能力がそれらをカバーしていた。

足を踏むことや、調子を外すことなく二人は踊る。

トゥーは奇妙な仮面をつけていて、どことなく浮いている。しかしそれを打ち消すかのように、ミレナは満面の笑みを浮かべていた。

「よかったね」

小さくつぶやくと、皿に大量の食事を盛りつけた。幸いなことに、ぬいの行動を気にするものは誰もいなかった。



二人のダンスが終わると、つられたように人々が踊りだす。

もちろんぬいが誘われることはない、なぜなら彼女には知り合いが少なく、食事のため両手がふさがっているからだ。例えそうでなくとも、自主的に踊るようなことはしないだろう。

トゥーはミレナとのダンスが終わった後、途絶えることなく誘われ続けていた。彼が食事をできる時はきっとないだろう。ぬいはトゥーに感謝した。

まぶしい光景を眺めながら、咀嚼する。


「おい、堕神」

この呼び方をする人物は二人しか心当たりがない。ぬいはゆっくり振り返ると、案の定ノルがいた。

いつもの神官服や、最初に出会った時のような旅人服ではない。

貴族と言われてもすぐ納得できる服装である。悪人顔が妙にあっているのか、どこか退廃的な雰囲気である。パーティのために、前髪を上げているせいもあるかもしれない。

ノルは一人ではなく、複数の人を連れ立っていた。少しきつそうな金の巻き髪と栗色の小動物のような小さな少女。

それに加えブルネットの長髪をまとめた軽薄そうな青年。金髪碧眼の皇子じみた青年と、まっすぐな黒髪をそのまま垂らした青年が居た。

ノルを加えると総勢六名。ずいぶんと大勢である。取り囲まれるようにされても、ぬいが臆することはなかった。

「これが堕神?ずいぶんと地味で貧相なこと」

きつそうな少女が言う。

「際立った容姿ではないね。どこにでも居そうだ」

黒髪の青年が言った。

「よかった。角が生えた化け物とかじゃないんですね」

栗色の少女が少し怯えながら言った。ぬいから彼女を隠すように金髪碧眼の青年が前に出る。

「大丈夫。堕神だったとは言っても、もうただの人間だよ」

それからぬいの返事も聞かずに、好き勝手に容姿について述べていく。ノルはその様子を見て、ニヤニヤと笑っていた。

軽薄そうな青年はさわやかな笑みを浮かべながらも、ぬいの全身をくまなく見ていた。それでも特に何も気にせずに、黙って食事を続けていた。

やがて言うことがなくなったのか、暴食に引き気味になったのか、会話が途切れはじめた。

テーブルの上にあった大きな肉の塊の一切れを食べ終わると、ぬいは食器を置きと手を叩く。

「なるほど」

まっすぐな視線を彼らに向ける。動揺したのか彼らは少しだけ体が後ろに下がり、顔は引きつっている。

今までずっと黙っていたぬいが、急に話すとは思っていなかったのだろう。

「サラツヤの髪を持った、そこの二人」

ぬいはきつそうな金髪の少女と、長い黒髪の青年をそう呼称した。

「お互いを当て馬にするの止めたら?さっきから、向こうの方に居る二人の視線がめちゃくちゃ痛いんだよね。試すまでもなく、両思いだから。想い人の所に行って来たら?」

ぬいが二人の後ろを指さすと、案の定恨みがましそうにする男女の姿があった。それを見た二人は、互いの顔を見合わせると、ごめんと謝る。それからぬいにも謝罪する。

そして不本意ではない顔を取り繕ってはいるが、にやけながら想い人の元へ向かった。

真の当て馬であるのはぬいだったのだろう。

「次!一見落ち着いて見える二人」

ぬいは栗色の少女と金髪碧眼の青年をそう呼称する。

「特に絵本の中っぽい人。わたしを引き合いに出してほめたり。守ってあげるとかのセリフね、逆効果だと思うんだ」

フォークをつかむと、金髪碧眼の青年に向ける。その行動に刺されるかと勘違いしたのか、体をびくりと震わせる。

「その子、すごく心根の優しい性格をしていると思うんだ」

「そのくらい分かっている!」

ムッとしたのか、金髪碧眼の青年は一歩前に進み出る。その怯えを抑えながらも守らんとする行動に、ぬいは微笑ましくなる。もちろん表情に出ることはなく、口元が少し動くだけである。

「だからね、逆効果だと言ってるの。背比べなんて望んでないし、虚勢を張っても欲しくない。わたしにはそう見えるよ」

ぬいが今度は栗色の少女を指す。

「もっと素の自分を出して接した方がうまくいくんじゃない?」

「けど……」

金髪碧眼の青年は口ごもる。

「わっ、わたしは、もっと本当のあなたのこと知りたいです」

栗色の少女は青年の袖をつかむと、顔を真っ赤にして言う。それを見た金髪碧眼の青年は取り繕っていた表情が崩れ、同じように顔を赤くする。

「そういうことだってさ。お幸せに」

ぬいが手を振り、この場からの退却を促す。青年は少女の手を取りなにかを言うと、去っていった。


――そして、この場には軽薄そうな青年とノルが残された。

呆然とした表情でぬいのことを見ている。それを気にする様子もなく、手にしたフォークを肉に突き刺し口に運ぶ。早く食べたくて仕方なかったのか、仕草が少し荒っぽい。

まるでリスのようにぬいは食べ物を詰め込むと、咀嚼する。その顔はいつもどおり表情に乏しい。

しかし、その行動と口元が。実は感情表現が豊かであることを表していた。

「っぷ、あははっ。何それ。面白すぎでしょう」

軽薄そうな青年は腹を抱えて笑い出す。ノルはその様子を横目で見ると、みるみるうちに不機嫌そうになる。

「最初は申し訳ないけど、皆の言う通りに見えた。ほぼ無いに等しい肩に加え、成人女性らしい特徴が少ない細身の体。一見子供にも見える」

ぬいは身体的特徴をあげつらわれたからか、フォークを持つ手を下に降ろす。

「けど、こうして話をすれば印象はがらりと変わる。きちんと見れば均整がとれていて、バランスがいい。何より、幼いように見えて老成しているような、不思議な雰囲気と表情がいい」

軽薄そうな青年はぬいの前に一歩踏み出すと、フォークを持っていない方の手を取った。

「私はペトル・セドニク。以後お見知りおきを」

「そう……セドニクさん」

ぬいはどこかで聞いたことのある家名を思い出す。

「教義はあれど、禁じるは過干渉。ノルベルトの件もある。今までの対応を考える時代が、ようやく来てくれたかもしれないね」

ペトルは目を細めるとそう言った。

「私は安心したよ。これでようやくノルベルトは解放される」

「僕は個人的に堕神を嫌悪している。気色の悪い未来を勝手に語るんじゃない。利用などするものか、こちらからお断りだ」

「あの、何を言いたいかわかりませんが、そろそろ離していただけます?先ほどの言い方、わたしの居た場所だったら、とっくに訴えられてますよ」

今度はぬいが目を細めると、ペトルは大人しく手を離すとまた笑った。

「おっと、神々の怒りを買うのは避けたいね。それにさっきのはここであってもよくない態度だった。謝ろう。かわいい弟分のことだと思うと、ついやりすぎてしまった」

ペトルは胸に手を当て礼をする。

「けど、覚えておいた方がいい。ここの貴族たちが上げ足をとろうとするのは、まあよくあることなんだ」

「それはわたしの所でも同じです」

ぬいが言い切ると、ペトルはまた笑う。

「覚えておくよ。異邦者ヌイ。この時代に顕現してくれて、ありがとう」

ペトルは通りがかりにぬいの肩を軽くたたくと、人ごみのなかに紛れて消えてしまった。
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