まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

文字の大きさ
65 / 139
本編

64:踊る演者たち②

しおりを挟む
人の良い好青年。それが最初に抱いた印象であった。人を寄せ付け、いつだって中心にいた。病室にいた人は皆彼のことが好きだっただろう。

だが、それはあくまで人としての好意であり、特別なものではなかった。それに気付くのはまだ先のことである。

綠にとって、彼は苦手なタイプであった。両親に買収され、いじめてきたクラスの人になんだか似ていたからだ。そうでなくとも、中心に立ち声の大きい人は好きではない。

綠のような小さい存在には目もくれず、無神経なことを言ってくる者が多かったからだ。

彼女は最初あたりさわりのない態度しかとらず、避け気味であった。


入院した時期は綠とそう変わらなかったらしい。それを知った後、すぐに突っ込んだ。

「鍋島くん、最初すごい先輩面してたよね?こっちはいいって言ってるのに、やたらめったら案内してくれたりさ」

綠がからかうように言うと、鍋島はばつが悪そうにする。

「きれいな女の人がやってきたから、少しだけ格好つけたくなったんだよ。悪い?」

照れながら言われ、綠はそれ以上何も言えなくなった。


入院したての彼には毎日多くの見舞客が訪れた。意図的とはいえ、誰も訪れない綠とは正反対である。どうやら彼は大学を卒業したてであるらしく、大半はその時の友であるらしい。

しかし、月日が経つにつれ次第に数を減らしていった。最終的に残ったのは彼の家族のみである。


「ごめんね、綠さん。少し騒がしかったよね」

すぐ隣のベッドに居る彼はカーテンを開けると、綠に話しかけた。だが、それを邪魔するように同じ病室の女の子が間に割って入る。

「さっきの人、敦くんのなに?」
「同じ授業を取ってった子だよ」
「本当にそれだけ?」

訝し気に問い詰める少女の声に、綠はため息をつくと本を閉じた。

「そろそろ退院して、学校に行くんでしょ?早く準備しておいた方がいいよ」

綠は彼女のベッドを見ると、すぐ横に中学の制服がかけられているのが見えた。棚にはたくさんの教科書が積まれている。

「ふんっ、ばーか。この根暗」

彼女は綠に何度か挑発すると逃げるようにベッドへ戻っていった。嫉妬の対象というのもあるだろうが、このころの綠は少しやさぐれていた。

難病と言葉を濁されていたが、おそらく完治は難しいこと。予想外に治療費がかさんでいること。周りの人たちが次々と退院していくこと。すべてが重なり続けたのが原因である。

「さっきのはうるさくなかった。でも、今のはうるさかったかな」

綠がはっきり言うと、鍋島は少しだけ困った顔をする。

「そうだね。あれだけ騒げるほど良くなった。本当に……よかったよ」

肯定的なことを言うが、なんだか寂しそうである。

「これで、本当に二人きりになっちゃったね」

ここが病室でなければ、いささか告白じみたものに感じたかもしれない。だが、そうでないことを綠は分かっていた。最初から居た人、後から来た人。全員が回復し、ここを去って行く。

残ったのは快方に向かうことのない、二人だけであったのだから。

綠が言われたように、鍋島も同じ宣告をされたのだろう。時期はほぼ同じであるが、彼の方が進行が早く見えるときが、何度かあった。

「わたしの前で、そんな無理をする必要ないよ」

長くともに居て、綠は鍋島についてわかってきたことがある。彼は確かに明るいが、いつもそうあり続けてしまう。それが積み重なり、どうしようもなくなってしまうのだ。

「……俺のせいでさ、家族が疲れてきてるのが分かるんだ。それを見せまいと明るくしてくれて、俺もそうあろうと返してさ」

ぽつぽつと呟くような弱音をこぼす。この病院にいる時点で経済状況がよくないのは明らかである。同じ状況である綠はただ黙って聞いていた。





「……っが……あ……ぅ」

焼けつくような痛みが綠を襲う。ジタバタと手を動かすが、それでよくなるはずはない。看護師を呼んでも無駄に薬をの量を増やされ、短い期間で発作を招くだけである。

己の内側を食い荒らす何かを感じながら、綠はただ耐えていた。

あまりの痛みに涙が零れ落ち、視界が不明瞭になる。いっそこのまま終わってしまえばいい。そう綠が思った時、手を捕まれた。

「綠さん!?大丈夫……な、わけないよね。俺、ここにいるから」

鍋島は綠の手を両手で包みこむと、まるで祈るような姿勢を取る。そんな姿が見えたが、苦しみに悶えそれどころではない。

暴れた拍子で蹴飛ばしたり、殴ったりしまうがそれでも彼は動かなかった。ぼそぼそと何かをつぶやいている。

「お願いします。神さま、天使や悪魔でも、なんでもいい。どうか助けてください」

どれだけ苦しんでいたか、綠のおぼろげな記憶では定かではない。けれども、発作が収まり意識が途切れる直前まで、鍋島は祈り続けていた。


「うるせぇ!静かにしろ!」

発作で苦しんでいるとき、周りから怒鳴られることがあった。苛立ちから壁を殴る音が聞こえる。綠が本気で苦しんでいることを理解していないのだろう。

この病室はあまりにもずさんである。鍋島になついていたあの子がいなくなってから、さらに適当な管理になってきた。

重症患者である綠と鍋島。その二人を基本として、骨折など比較的軽傷の患者が放りこまれている。

本当の理由を話したとしても、同情されるか人を呼ばれるだけだ。そんなことをされても、何の意味がない。痛みから声が出るのを必死に押さえようと、綠は枕を濡らしながらも、片手で口を抑えようとする。

「もう気にしなくていい、何も考えなくていい」

いつの間にか鍋島がカーテンを開けて傍にやってくると、綠の口元を押さえつけた。その力は強いが、空いた手は優しく頭を撫でてくれる。

「苦しんでいいから」

鍋島がそう言った瞬間、綠は暴れる。彼女の大したことない力では騒音は起きない。声も出せないようになっている。


ある時は綠が鍋島を。またある時は鍋島が綠を。そうやって、ただ傍に居続けた。二人が互いの存在に依存していくのに、そう時間はかからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...