その腕は、やさしい地獄

沙夜

文字の大きさ
5 / 40
線路は故郷へ続かない

第五話「知らない親友」

しおりを挟む
見慣れた街並みを歩きながら、私は大きく息を吸い込んだ。
ほんの少し前まで、心臓を鷲掴みにされるような恐怖を感じていたのが嘘のようだ。駅の向こう側に広がっていた異国の光景は、きっと何かの見間違いだったのだろう。そうに違いない。

すっかり日も暮れた道を、家路へと急ぐ。知っている道、知っている景色。それだけで、涙が出そうなほど安心した。
あと少しで家に帰れる。温かいご飯を食べて、お風呂に入って、ふかふかのベッドで眠るんだ。そうすればきっと、今日の奇妙な出来事も全て忘れてしまえる。

そんなことを考えていた、その時だった。
前方から歩いてくる、見慣れた後ろ姿に、私の足がぴたりと止まった。

肩にかかるくらいの、柔らかな髪。地元の中学で指定されていた、今はもう着ていないはずの懐かしいジャージ。
間違えるはずがない。

「――彩花あやか!」

気づけば私は、その名前を叫びながら駆け出していた。
佐々木彩花ささき あやか。中学時代、クラスが離れても毎日一緒に帰っていた、私の親友だ。
高校は、私が都内の私立に進学し、彩花はご両親の都合で中学卒業と同時に地方へ引っ越してしまった。それ以来、一度も会えていなかった。
そんな彼女が、どうしてここに?

喜びと混乱で胸がいっぱいになりながら、私は彩花の腕を掴もうと手を伸ばした。聞きたいことが山ほどある。今日の出来事を、この不可解な状況を、全部彼女に聞いてほしかった。

「彩花! ねぇ、一体どうなってるの? ていうか、こっちに戻ってきてたの!?」

しかし、私の伸ばした手は、空を切った。
彩花は、私の声に驚いたように振り返ると、咄嗟に一歩後ろへ下がり、私の手を避けたのだ。

「え……?」

予想外の反応に、言葉が詰まる。
彩花は、怪訝そうな顔で私をじっと見ていた。その瞳には、親友との再会を喜ぶ色はどこにもない。あるのは、見知らぬ人間に突然話しかけられたことに対する、戸惑いと警戒心だけだった。

「……あの」

やがて、彼女はおずおずと口を開いた。

「どちら様、ですか?」

その一言が、私の頭に鈍器で殴られたような衝撃を与えた。
何を、言っているの? 彩花が、私を忘れるはずがない。冗談……? でも、そんな冗談を言うような子じゃない。

「な、何言ってるの……? 私だよ、美緒だよ! 中学で、毎日一緒にいたじゃん!」

必死の形相で訴える私に、彩花はますます困惑した表情を浮かべるだけだった。

「人違いでは……ありませんか? すみませんが、あなたのことを知りません」

その丁寧で、他人行儀な言葉が、私の最後の希望を粉々に打ち砕いた。
駅の出口が三つに分かれていたのも、腕で開く改札も、全てが現実だったのだ。

そして、目の前にいる彼女は、私の知っている「彩花」ではない。
この世界に生きる、私を知らない、ただの他人なのだ。

親友に拒絶されたという事実が、異世界に迷い込んだという恐怖以上に、私の心を深く抉った。
もう、どこにも私の居場所なんてない。
私はその場に立ち尽くしたまま、声もなく、ただ震えることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。 そんな彼に見事に捕まる主人公。 そんなお話です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる

柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった! ※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。

処理中です...