17 / 40
京のかりそめ
第十七話「あなたの家が見たい」
しおりを挟む
伊織先輩が早朝から出かけてしまった日、私はどうしようもない焦燥感に駆られていた。
いてもたってもいられず、私は彩花に「少し、前に住んでいた家の様子を見てきたい」とだけ告げて、再び超電導リニアに飛び乗った。
何か、見落としていることがあるはずだ。
何か、この世界と私のいた世界を繋ぐ綻びが、どこかにあるはずだ。
そんな思いで、私はかつての自宅周辺や、最寄り駅の周りを、何時間も、何時間も歩き続けた。心当たりがある場所、記憶の中の風景と少しでも違う場所はないか。神経をすり減らして探したが、やはり収穫は何もない。
私の家があった場所には、今日も知らない家が静かに建っているだけだった。
「……今回も、ダメか」
公園のベンチに座り込み、がっくりと項垂れる。
空は茜色に染まり始め、カラスの鳴き声が響いていた。時刻は、午後五時。寮の夕食の時間も近づいている。そろそろ、京都に戻らなくては。
重い腰を上げて駅へ向かおうとした、その時だった。
「―――美緒ちゃん?」
すぐそばで、聞き慣れた穏やかな声がした。
はっとして顔を上げると、そこに立っていたのは、今朝寮にいなかったはずの伊織先輩だった。
「い、伊織先輩!? なんで、ここに……?」
「ああ、やっぱり美緒ちゃんか。偶然やね」
彼は、少し驚いたように目を丸くしてから、ふわりと微笑んだ。
「こっちに住んでる友達に会いにきててん。朝早くから出かけてたのは、そのため」
「そう、だったんですか……」
「美緒ちゃんは、帰省かな?」
「あ、えっと……まあ、そんな感じです」
まずい。嘘がバレないように、当たり障りのない返事をする。しかし、彼は私の嘘を見抜いているかのように、さらに言葉を続けた。
「へえ……。よかったら、美緒ちゃんの家、見てみたいな」
「えっ」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
「い、家、ですか?」
「うん。駄目かな?」
悪戯っぽく小首を傾げるその仕草は、他の人が見ればきっと魅力的だっただろう。だが、今の私には、逃げ道を塞ぐための罠にしか見えなかった。
「だ、駄目というか……その、今、家が工事中で、ちょっと散らかってて……」
「それなら、家の周りだけでも。どんなところで育ったのか、興味あるし」
「あー……えっと、この時間は、近所の小学生が遊んでる時間だから、邪魔したら悪いかなって……」
自分でも、しどろもどろで、苦しい言い訳だと分かっている。
冷や汗が、背中を伝った。
しかし、伊織先輩はそれ以上は追及せず、「そっか」とあっさり引き下がった。
「それなら、仕方ないね。残念やけど」
その、あまりにも物分かりのいい態度が、逆に私の胸に不信感の種を植え付けた。
どうして、そんなに私の家のことを気にするんだろう。
朝早くから出かけたという用事も、本当にただ友人に会うためだけだったのだろうか。この場所で、こんな時間に、都合よく私と鉢合わせるなんてことが、あり得るのだろうか。
「そろそろ帰る? 僕も戻るところやから、一緒に帰ろうか」
「……はい」
彼の優しい誘いを、断る術を私は持っていなかった。
私たちは並んで駅へと歩き出す。隣を歩く彼の横顔は、いつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべていた。
それなのに、私の心臓は、先ほどからずっと、警鐘を鳴らし続けていた。
いてもたってもいられず、私は彩花に「少し、前に住んでいた家の様子を見てきたい」とだけ告げて、再び超電導リニアに飛び乗った。
何か、見落としていることがあるはずだ。
何か、この世界と私のいた世界を繋ぐ綻びが、どこかにあるはずだ。
そんな思いで、私はかつての自宅周辺や、最寄り駅の周りを、何時間も、何時間も歩き続けた。心当たりがある場所、記憶の中の風景と少しでも違う場所はないか。神経をすり減らして探したが、やはり収穫は何もない。
私の家があった場所には、今日も知らない家が静かに建っているだけだった。
「……今回も、ダメか」
公園のベンチに座り込み、がっくりと項垂れる。
空は茜色に染まり始め、カラスの鳴き声が響いていた。時刻は、午後五時。寮の夕食の時間も近づいている。そろそろ、京都に戻らなくては。
重い腰を上げて駅へ向かおうとした、その時だった。
「―――美緒ちゃん?」
すぐそばで、聞き慣れた穏やかな声がした。
はっとして顔を上げると、そこに立っていたのは、今朝寮にいなかったはずの伊織先輩だった。
「い、伊織先輩!? なんで、ここに……?」
「ああ、やっぱり美緒ちゃんか。偶然やね」
彼は、少し驚いたように目を丸くしてから、ふわりと微笑んだ。
「こっちに住んでる友達に会いにきててん。朝早くから出かけてたのは、そのため」
「そう、だったんですか……」
「美緒ちゃんは、帰省かな?」
「あ、えっと……まあ、そんな感じです」
まずい。嘘がバレないように、当たり障りのない返事をする。しかし、彼は私の嘘を見抜いているかのように、さらに言葉を続けた。
「へえ……。よかったら、美緒ちゃんの家、見てみたいな」
「えっ」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
「い、家、ですか?」
「うん。駄目かな?」
悪戯っぽく小首を傾げるその仕草は、他の人が見ればきっと魅力的だっただろう。だが、今の私には、逃げ道を塞ぐための罠にしか見えなかった。
「だ、駄目というか……その、今、家が工事中で、ちょっと散らかってて……」
「それなら、家の周りだけでも。どんなところで育ったのか、興味あるし」
「あー……えっと、この時間は、近所の小学生が遊んでる時間だから、邪魔したら悪いかなって……」
自分でも、しどろもどろで、苦しい言い訳だと分かっている。
冷や汗が、背中を伝った。
しかし、伊織先輩はそれ以上は追及せず、「そっか」とあっさり引き下がった。
「それなら、仕方ないね。残念やけど」
その、あまりにも物分かりのいい態度が、逆に私の胸に不信感の種を植え付けた。
どうして、そんなに私の家のことを気にするんだろう。
朝早くから出かけたという用事も、本当にただ友人に会うためだけだったのだろうか。この場所で、こんな時間に、都合よく私と鉢合わせるなんてことが、あり得るのだろうか。
「そろそろ帰る? 僕も戻るところやから、一緒に帰ろうか」
「……はい」
彼の優しい誘いを、断る術を私は持っていなかった。
私たちは並んで駅へと歩き出す。隣を歩く彼の横顔は、いつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべていた。
それなのに、私の心臓は、先ほどからずっと、警鐘を鳴らし続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる