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京のかりそめ
第二十四話「帰還の条件」
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「えっと……まず、一番聞きたいことは……」
私が震える声で切り出すと、松岡さんは「うん」と静かに頷いた。
「元の世界に、帰ることはできるんでしょうか」
それは、この世界に来てから、ずっと私の胸の中にあった、たった一つの希望だった。
松岡さんは、じっと私の目を見た。そして、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。
「ああ、帰れる。帰る方法は、確かにある」
「! 本当、ですか……!」
「ただし」と、彼は言葉を続けた。「いくつかの、厳しい条件と……致命的なタイムリミット付きで、な」
タイムリミット。その言葉に、心臓が冷たくなる。
「この世界に迷い込んだ人間が、元の世界に戻れるチャンスは、到着してから、きっかり一ヶ月以内だけだ」
「一ヶ月……」
「君がこっちに来たのは、9月26日。そして、今日は10月21日。……残された時間は、あと五日もない」
松岡さんの言葉が、私に重くのしかかる。昨日、彼が「まずいな」と言った意味が、ようやく分かった。
「そ、そんな……。じゃあ、具体的に、何をすれば……」
「元の世界に戻るには、この世界との『関わり』を、極限まで断ち切る必要がある」
「関わり……?」
「ああ。それは物理的なものと、物質的なものの二つだ。まず、物理的な関わりを断つために、帰還を実行する丸三日前から、絶食する必要がある」
「絶食!?」
「この世界で摂取した食べ物を、体の中から完全に出し切る必要があるんだ。水だけは、最低限飲んでもいい。だが、それ以外は一切口にしてはいけない」
あまりに突飛な条件に、私は言葉を失った。
「次に、物質的な関わり。元の世界から持ってきたものは、全て持ち帰る。そして、この世界で手に入れたものは、全て置いていくこと。写真のデータ一枚、服の糸くず一本に至るまで、世界の物質を混ぜてはいけないんだ」
それはつまり、彩花や、寮の皆との繋がりを、全てここに捨てていけ、ということだった。
「……松岡さんは、どうしてそんなに詳しいんですか? それに、その条件を知っているなら、どうしてここに……」
私の当然の疑問に、彼は自嘲するように、ふっと笑った。
「僕がその条件に気づいたのは、こっちに来て、一年が過ぎた頃だったからさ。僕のタイムリミットは、もう十年前に過ぎ去ってる」
「…………」
「僕と同じように、帰る時期を逸して、この世界に馴染んだ人もいる。……耐えきれずに、自ら命を絶った人も、いた。そして、僕みたいに、諦めきれずにずっと帰り方を探し続けてる亡霊もいる、ってわけさ」
彼の瞳の奥に、深い絶望の色が浮かんでいるのが見えた。彼は、私と同じ痛みを、十年も抱え続けてきたのだ。
「僕は、もう帰れない。だからせめて、僕と同じ後悔をする人間を、一人でも減らしたいんだ。図書館で君を見つけた時、すぐに分かったよ。ああ、また『こちら側』の人間が来た、ってな」
彼は、カップに残ったコーヒーを飲み干すと、まっすぐ私に向き直った。
「話は以上だ。どうするかは、君が決めることだ」
決まっている。帰らないという選択肢など、私にはない。
「やります。私、元の世界に帰りたい」
「そう言うと思ったよ。……よし、じゃあ、計画を立てよう」
私たちは手帳を広げた。
今日が21日。明日から三日間、22、23、24日を絶食期間にあてる。
そして、タイムリミット直前の、10月25日。
その日、私はこの世界から、いなくなる。
ようやく見えた、一本の光。
私は、そのか細い光を、絶対に手放さないと、強く心に誓った。
私が震える声で切り出すと、松岡さんは「うん」と静かに頷いた。
「元の世界に、帰ることはできるんでしょうか」
それは、この世界に来てから、ずっと私の胸の中にあった、たった一つの希望だった。
松岡さんは、じっと私の目を見た。そして、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。
「ああ、帰れる。帰る方法は、確かにある」
「! 本当、ですか……!」
「ただし」と、彼は言葉を続けた。「いくつかの、厳しい条件と……致命的なタイムリミット付きで、な」
タイムリミット。その言葉に、心臓が冷たくなる。
「この世界に迷い込んだ人間が、元の世界に戻れるチャンスは、到着してから、きっかり一ヶ月以内だけだ」
「一ヶ月……」
「君がこっちに来たのは、9月26日。そして、今日は10月21日。……残された時間は、あと五日もない」
松岡さんの言葉が、私に重くのしかかる。昨日、彼が「まずいな」と言った意味が、ようやく分かった。
「そ、そんな……。じゃあ、具体的に、何をすれば……」
「元の世界に戻るには、この世界との『関わり』を、極限まで断ち切る必要がある」
「関わり……?」
「ああ。それは物理的なものと、物質的なものの二つだ。まず、物理的な関わりを断つために、帰還を実行する丸三日前から、絶食する必要がある」
「絶食!?」
「この世界で摂取した食べ物を、体の中から完全に出し切る必要があるんだ。水だけは、最低限飲んでもいい。だが、それ以外は一切口にしてはいけない」
あまりに突飛な条件に、私は言葉を失った。
「次に、物質的な関わり。元の世界から持ってきたものは、全て持ち帰る。そして、この世界で手に入れたものは、全て置いていくこと。写真のデータ一枚、服の糸くず一本に至るまで、世界の物質を混ぜてはいけないんだ」
それはつまり、彩花や、寮の皆との繋がりを、全てここに捨てていけ、ということだった。
「……松岡さんは、どうしてそんなに詳しいんですか? それに、その条件を知っているなら、どうしてここに……」
私の当然の疑問に、彼は自嘲するように、ふっと笑った。
「僕がその条件に気づいたのは、こっちに来て、一年が過ぎた頃だったからさ。僕のタイムリミットは、もう十年前に過ぎ去ってる」
「…………」
「僕と同じように、帰る時期を逸して、この世界に馴染んだ人もいる。……耐えきれずに、自ら命を絶った人も、いた。そして、僕みたいに、諦めきれずにずっと帰り方を探し続けてる亡霊もいる、ってわけさ」
彼の瞳の奥に、深い絶望の色が浮かんでいるのが見えた。彼は、私と同じ痛みを、十年も抱え続けてきたのだ。
「僕は、もう帰れない。だからせめて、僕と同じ後悔をする人間を、一人でも減らしたいんだ。図書館で君を見つけた時、すぐに分かったよ。ああ、また『こちら側』の人間が来た、ってな」
彼は、カップに残ったコーヒーを飲み干すと、まっすぐ私に向き直った。
「話は以上だ。どうするかは、君が決めることだ」
決まっている。帰らないという選択肢など、私にはない。
「やります。私、元の世界に帰りたい」
「そう言うと思ったよ。……よし、じゃあ、計画を立てよう」
私たちは手帳を広げた。
今日が21日。明日から三日間、22、23、24日を絶食期間にあてる。
そして、タイムリミット直前の、10月25日。
その日、私はこの世界から、いなくなる。
ようやく見えた、一本の光。
私は、そのか細い光を、絶対に手放さないと、強く心に誓った。
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