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やさしい地獄
IF ENDING「決死の逃亡」
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第三十四話 - IF「約束の日、午前8時15分」
―――【10月25日 AM 8:15】
枕元の時計が示したその数字が、死んでいた私の心に、無理やり火を灯した。
約束の日。今日、私は家に帰るんだ。
彼の腕をそっと持ち上げる。眠っている彼を起こさないように、息を殺し、ベッドから抜け出そうと試みる。
身体は悲鳴を上げていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
あと少し。あと少しで、彼の腕から解放される―――。
その瞬間、背中に回っていた腕に、ぐっ、と力が込められた。
「ん……あっ!?」
強く引き戻され、再び彼の胸の中に閉じ込められる。
見上げると、いつから起きていたのか、伊織がぱっちりと目を開けて、私を見下ろしていた。
その瞳には、いつもの穏やかさなど、どこにもない。
「おはよう、美緒ちゃん」
「……はな、して……」
「どこ行くん?」
「行かなきゃ……! 松岡さんが、待ってる……! 私、帰らなきゃ……っ!」
私の必死の訴えを、彼は笑った。
「逃がさんよ」
その一言で、私の最後の理性が焼き切れた。
このままでは、また悪夢が繰り返される。もう、嫌だ。
彼が私に再び跨ろうと身体を動かした、その一瞬。私はありったけの力を振り絞り、彼の脇腹に、肘を思い切り叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
予想外の抵抗に、彼がひるんだ。その隙を逃さなかった。
私はベッドから転がり落ち、裸のまま彼の部屋を飛び出した。目指すは、自分の部屋だ。あそこに、私の全てが詰まった学生鞄がある。
後ろから伊織の舌打ちが聞こえる。私は必死で自分の部屋に駆け込み、内側から鍵をかけた。
ガチャン、と鍵が閉まった直後、ドアノブがガチャガチャと激しく回される。
「美緒ちゃん、開けて。なあ、ええ子やから、開けてくれへん?」
優しい声。しかし、ドアを叩く音は、次第に強くなっていく。時間がない。
私は部屋の隅に置いてあった学生鞄を掴むと、元の世界から着てきた制服を、震える手で急いで身に着けた。シャツのボタンもめちゃくちゃに、スカートを履き、ブレザーを羽織る。靴下を履く時間さえ惜しい。
ドン! ドン! と、ドアが蹴破られそうな音が響く。
もう、持たない。
私は、鞄を固く抱きしめ、部屋の窓に駆け寄った。ここは二階だ。飛び降りれば、ただでは済まないかもしれない。
でも、捕まるよりは、ずっといい。
窓の外には、運良く太い雨どいが壁を伝っている。私は窓枠に足をかけ、必死でそれにしがみついた。
「美緒!」
背後で、バリッ、という木が裂けるような音と共に、伊織が部屋になだれ込んでくるのが見えた。
私は、もう何も考えず、雨どいを滑り降り、地面に飛び降りた。
「いっ……!」
裸足の足首に、鋭い痛みが走る。でも、構わない。
私は、ただ一心不乱に、京都の街を走った。
―――【10月25日 AM 8:15】
枕元の時計が示したその数字が、死んでいた私の心に、無理やり火を灯した。
約束の日。今日、私は家に帰るんだ。
彼の腕をそっと持ち上げる。眠っている彼を起こさないように、息を殺し、ベッドから抜け出そうと試みる。
身体は悲鳴を上げていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
あと少し。あと少しで、彼の腕から解放される―――。
その瞬間、背中に回っていた腕に、ぐっ、と力が込められた。
「ん……あっ!?」
強く引き戻され、再び彼の胸の中に閉じ込められる。
見上げると、いつから起きていたのか、伊織がぱっちりと目を開けて、私を見下ろしていた。
その瞳には、いつもの穏やかさなど、どこにもない。
「おはよう、美緒ちゃん」
「……はな、して……」
「どこ行くん?」
「行かなきゃ……! 松岡さんが、待ってる……! 私、帰らなきゃ……っ!」
私の必死の訴えを、彼は笑った。
「逃がさんよ」
その一言で、私の最後の理性が焼き切れた。
このままでは、また悪夢が繰り返される。もう、嫌だ。
彼が私に再び跨ろうと身体を動かした、その一瞬。私はありったけの力を振り絞り、彼の脇腹に、肘を思い切り叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
予想外の抵抗に、彼がひるんだ。その隙を逃さなかった。
私はベッドから転がり落ち、裸のまま彼の部屋を飛び出した。目指すは、自分の部屋だ。あそこに、私の全てが詰まった学生鞄がある。
後ろから伊織の舌打ちが聞こえる。私は必死で自分の部屋に駆け込み、内側から鍵をかけた。
ガチャン、と鍵が閉まった直後、ドアノブがガチャガチャと激しく回される。
「美緒ちゃん、開けて。なあ、ええ子やから、開けてくれへん?」
優しい声。しかし、ドアを叩く音は、次第に強くなっていく。時間がない。
私は部屋の隅に置いてあった学生鞄を掴むと、元の世界から着てきた制服を、震える手で急いで身に着けた。シャツのボタンもめちゃくちゃに、スカートを履き、ブレザーを羽織る。靴下を履く時間さえ惜しい。
ドン! ドン! と、ドアが蹴破られそうな音が響く。
もう、持たない。
私は、鞄を固く抱きしめ、部屋の窓に駆け寄った。ここは二階だ。飛び降りれば、ただでは済まないかもしれない。
でも、捕まるよりは、ずっといい。
窓の外には、運良く太い雨どいが壁を伝っている。私は窓枠に足をかけ、必死でそれにしがみついた。
「美緒!」
背後で、バリッ、という木が裂けるような音と共に、伊織が部屋になだれ込んでくるのが見えた。
私は、もう何も考えず、雨どいを滑り降り、地面に飛び降りた。
「いっ……!」
裸足の足首に、鋭い痛みが走る。でも、構わない。
私は、ただ一心不乱に、京都の街を走った。
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