時を超えて愛を誓う

沙夜

文字の大きさ
7 / 26
第一章:始まりの街と二人の師

第七話:知識という対価

しおりを挟む
「では早速ですが、あなたの実力を少し見せていただきましょうか」

私の申し出を快く受け入れてくれたロンドさんは、そう言って私の隣の席に腰を下ろした。 それから彼は、私が読んでいた魔力構造式の本を手に取り、一つの図を指差す。

「この構造式が何を示しているか、あなた自身の言葉で説明してみてください」

突然の試験に戸惑いながらも、私は必死に頭を働かせた。 この数週間で得た知識を総動員し、拙いながらも自分の解釈を説明する。

ロンドさんは黙って耳を傾け、時折「ふむ」「なるほど」と相槌を打った。 全てを話し終えると、彼は満足そうに頷いた。

「素晴らしい。独学でここまで理解しているとは驚きました。あなたは魔法の才能がありますよ」

思いがけない称賛の言葉に、頬が熱くなるのが分かった。

「ありがとうございます…!」

「ええ。それで、授業はいつから始めましょうか。私は週に二日ほどなら、この図書館で時間を取れますが…」

話がとんとん拍子に進んでいく。 しかし、その時になって私は重大な問題に気づいた。

「あ…あの、ですが…授業料が…」

きっと高名な研究者なのだろう。個人授業となれば、それなりの謝礼が必要になるはずだ。 今の私には、ミーアさんから貰う僅かな給金しかない。数回授業を受けただけで、すぐに底をついてしまうだろう。

私の懸念を察し、ロンドさんは少し考える素振りを見せた。

「ふむ…確かに、他の生徒との公平性を考えると無償というわけにはいきませんね…」

彼の言葉に、私の心は沈んだ。 せっかく掴んだ好機なのに、こんな形で行き詰まってしまうなんて。

何か、お金に代わるものはないだろうか。 私がこの世界で、他の人が持っていないもの。それは――。

「あの! 私の知識を対価にする、というのは駄目でしょうか? 私の故郷では、魔法を使わずに鉄の塊が空を飛ぶんです」

一か八かの賭けだった。 私は鞄から紙とペンを取り出すと、記憶を頼りに一つの図を描き始めた。 飛行機の翼の断面図だ。

「これは、翼の断面です。故郷では、巨大な鉄の鳥…飛行機が空を飛ぶ時、この形が重要になります」

私は、翼の丸みを帯びた上面と、平らな下面を指差す。

「空気を切り裂いて進むと、翼の上下で空気の流れの速さが変わります。上面を通る空気の方が、下面よりも速く流れる。すると、翼の上下で『圧力の差』が生まれるんです。上に引っぱる力が働いて…これを『揚力』と呼びます」

この世界で空を飛ぶというのは、風魔法で体を直接押し上げるか、浮遊魔法を使うのが常識だ。常に魔力で「押し上げ続ける」という、力任せの発想。 でも、私の知る航空力学は違う。自然の法則を利用して、「浮き上がる」力を生み出す、もっと洗練された技術体系だ。

夢中で説明を終え、はっと顔を上げてロンドさんを見る。 彼は、私が描いた紙を食い入るように見つめ、固まっていた。

「……ロンドさん?」

不安になって声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、これまで見たこともないほどの強い好奇心の光で輝いていた。

「…ソラさん。それはつまり、持続的な魔力行使なしに、"形"と"速度"だけで浮力を生み出すと…? 風を操るのではなく、風そのものに仕事をさせるという発想…! なんと…なんと合理的な!」

ロンドさんは興奮した様子で立ち上がり、私の手をがっしりと掴んだ。

「素晴らしい! 実に素晴らしい! ソラさん、その知識、ぜひ私に詳しく教えていただきたい! もちろん、授業料などは結構!」

彼は私の手を上下に振りながら、少年のように目を輝かせている。 そのあまりの熱意に圧倒されながらも、私は安堵のため息をついた。

こうして、私とロンド先生の奇妙な師弟関係が始まった。 私は彼から魔法を学び、彼は私から科学を学ぶ。 それは、二つの異なる世界の知識が、初めて交差した瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

山賊な騎士団長は子にゃんこを溺愛する

紅子
恋愛
この世界には魔女がいる。魔女は、この世界の監視者だ。私も魔女のひとり。まだ“見習い”がつくけど。私は見習いから正式な魔女になるための修行を厭い、師匠に子にゃんこに変えれた。放り出された森で出会ったのは山賊の騎士団長。ついていった先には兄弟子がいい笑顔で待っていた。子にゃんこな私と山賊団長の織り成すほっこりできる日常・・・・とは無縁な。どう頑張ってもコメディだ。面倒事しかないじゃない!だから、人は嫌いよ~!!! 完結済み。 毎週金曜日更新予定 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

私は、聖女っていう柄じゃない

波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。 いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。 20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。 読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?

咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。 ※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。 ※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。 ※騎士の上位が聖騎士という設定です。 ※下品かも知れません。 ※甘々(当社比) ※ご都合展開あり。

乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています

砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。 「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。 ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。

処理中です...