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第一章:始まりの街と二人の師
第七話:知識という対価
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「では早速ですが、あなたの実力を少し見せていただきましょうか」
私の申し出を快く受け入れてくれたロンドさんは、そう言って私の隣の席に腰を下ろした。 それから彼は、私が読んでいた魔力構造式の本を手に取り、一つの図を指差す。
「この構造式が何を示しているか、あなた自身の言葉で説明してみてください」
突然の試験に戸惑いながらも、私は必死に頭を働かせた。 この数週間で得た知識を総動員し、拙いながらも自分の解釈を説明する。
ロンドさんは黙って耳を傾け、時折「ふむ」「なるほど」と相槌を打った。 全てを話し終えると、彼は満足そうに頷いた。
「素晴らしい。独学でここまで理解しているとは驚きました。あなたは魔法の才能がありますよ」
思いがけない称賛の言葉に、頬が熱くなるのが分かった。
「ありがとうございます…!」
「ええ。それで、授業はいつから始めましょうか。私は週に二日ほどなら、この図書館で時間を取れますが…」
話がとんとん拍子に進んでいく。 しかし、その時になって私は重大な問題に気づいた。
「あ…あの、ですが…授業料が…」
きっと高名な研究者なのだろう。個人授業となれば、それなりの謝礼が必要になるはずだ。 今の私には、ミーアさんから貰う僅かな給金しかない。数回授業を受けただけで、すぐに底をついてしまうだろう。
私の懸念を察し、ロンドさんは少し考える素振りを見せた。
「ふむ…確かに、他の生徒との公平性を考えると無償というわけにはいきませんね…」
彼の言葉に、私の心は沈んだ。 せっかく掴んだ好機なのに、こんな形で行き詰まってしまうなんて。
何か、お金に代わるものはないだろうか。 私がこの世界で、他の人が持っていないもの。それは――。
「あの! 私の知識を対価にする、というのは駄目でしょうか? 私の故郷では、魔法を使わずに鉄の塊が空を飛ぶんです」
一か八かの賭けだった。 私は鞄から紙とペンを取り出すと、記憶を頼りに一つの図を描き始めた。 飛行機の翼の断面図だ。
「これは、翼の断面です。故郷では、巨大な鉄の鳥…飛行機が空を飛ぶ時、この形が重要になります」
私は、翼の丸みを帯びた上面と、平らな下面を指差す。
「空気を切り裂いて進むと、翼の上下で空気の流れの速さが変わります。上面を通る空気の方が、下面よりも速く流れる。すると、翼の上下で『圧力の差』が生まれるんです。上に引っぱる力が働いて…これを『揚力』と呼びます」
この世界で空を飛ぶというのは、風魔法で体を直接押し上げるか、浮遊魔法を使うのが常識だ。常に魔力で「押し上げ続ける」という、力任せの発想。 でも、私の知る航空力学は違う。自然の法則を利用して、「浮き上がる」力を生み出す、もっと洗練された技術体系だ。
夢中で説明を終え、はっと顔を上げてロンドさんを見る。 彼は、私が描いた紙を食い入るように見つめ、固まっていた。
「……ロンドさん?」
不安になって声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、これまで見たこともないほどの強い好奇心の光で輝いていた。
「…ソラさん。それはつまり、持続的な魔力行使なしに、"形"と"速度"だけで浮力を生み出すと…? 風を操るのではなく、風そのものに仕事をさせるという発想…! なんと…なんと合理的な!」
ロンドさんは興奮した様子で立ち上がり、私の手をがっしりと掴んだ。
「素晴らしい! 実に素晴らしい! ソラさん、その知識、ぜひ私に詳しく教えていただきたい! もちろん、授業料などは結構!」
彼は私の手を上下に振りながら、少年のように目を輝かせている。 そのあまりの熱意に圧倒されながらも、私は安堵のため息をついた。
こうして、私とロンド先生の奇妙な師弟関係が始まった。 私は彼から魔法を学び、彼は私から科学を学ぶ。 それは、二つの異なる世界の知識が、初めて交差した瞬間だった。
私の申し出を快く受け入れてくれたロンドさんは、そう言って私の隣の席に腰を下ろした。 それから彼は、私が読んでいた魔力構造式の本を手に取り、一つの図を指差す。
「この構造式が何を示しているか、あなた自身の言葉で説明してみてください」
突然の試験に戸惑いながらも、私は必死に頭を働かせた。 この数週間で得た知識を総動員し、拙いながらも自分の解釈を説明する。
ロンドさんは黙って耳を傾け、時折「ふむ」「なるほど」と相槌を打った。 全てを話し終えると、彼は満足そうに頷いた。
「素晴らしい。独学でここまで理解しているとは驚きました。あなたは魔法の才能がありますよ」
思いがけない称賛の言葉に、頬が熱くなるのが分かった。
「ありがとうございます…!」
「ええ。それで、授業はいつから始めましょうか。私は週に二日ほどなら、この図書館で時間を取れますが…」
話がとんとん拍子に進んでいく。 しかし、その時になって私は重大な問題に気づいた。
「あ…あの、ですが…授業料が…」
きっと高名な研究者なのだろう。個人授業となれば、それなりの謝礼が必要になるはずだ。 今の私には、ミーアさんから貰う僅かな給金しかない。数回授業を受けただけで、すぐに底をついてしまうだろう。
私の懸念を察し、ロンドさんは少し考える素振りを見せた。
「ふむ…確かに、他の生徒との公平性を考えると無償というわけにはいきませんね…」
彼の言葉に、私の心は沈んだ。 せっかく掴んだ好機なのに、こんな形で行き詰まってしまうなんて。
何か、お金に代わるものはないだろうか。 私がこの世界で、他の人が持っていないもの。それは――。
「あの! 私の知識を対価にする、というのは駄目でしょうか? 私の故郷では、魔法を使わずに鉄の塊が空を飛ぶんです」
一か八かの賭けだった。 私は鞄から紙とペンを取り出すと、記憶を頼りに一つの図を描き始めた。 飛行機の翼の断面図だ。
「これは、翼の断面です。故郷では、巨大な鉄の鳥…飛行機が空を飛ぶ時、この形が重要になります」
私は、翼の丸みを帯びた上面と、平らな下面を指差す。
「空気を切り裂いて進むと、翼の上下で空気の流れの速さが変わります。上面を通る空気の方が、下面よりも速く流れる。すると、翼の上下で『圧力の差』が生まれるんです。上に引っぱる力が働いて…これを『揚力』と呼びます」
この世界で空を飛ぶというのは、風魔法で体を直接押し上げるか、浮遊魔法を使うのが常識だ。常に魔力で「押し上げ続ける」という、力任せの発想。 でも、私の知る航空力学は違う。自然の法則を利用して、「浮き上がる」力を生み出す、もっと洗練された技術体系だ。
夢中で説明を終え、はっと顔を上げてロンドさんを見る。 彼は、私が描いた紙を食い入るように見つめ、固まっていた。
「……ロンドさん?」
不安になって声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、これまで見たこともないほどの強い好奇心の光で輝いていた。
「…ソラさん。それはつまり、持続的な魔力行使なしに、"形"と"速度"だけで浮力を生み出すと…? 風を操るのではなく、風そのものに仕事をさせるという発想…! なんと…なんと合理的な!」
ロンドさんは興奮した様子で立ち上がり、私の手をがっしりと掴んだ。
「素晴らしい! 実に素晴らしい! ソラさん、その知識、ぜひ私に詳しく教えていただきたい! もちろん、授業料などは結構!」
彼は私の手を上下に振りながら、少年のように目を輝かせている。 そのあまりの熱意に圧倒されながらも、私は安堵のため息をついた。
こうして、私とロンド先生の奇妙な師弟関係が始まった。 私は彼から魔法を学び、彼は私から科学を学ぶ。 それは、二つの異なる世界の知識が、初めて交差した瞬間だった。
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