時を超えて愛を誓う

沙夜

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第二章:路地裏の邂逅

第三話:邂逅と試練

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翌日の午後、私がロンド先生に連れられてやって来たのは、王都の西側にある、高い塀に囲まれた施設だった。先生から「国の管理する訓練場の一つです」とだけ聞かされていたが、表通りから外れた裏道のような通路を通ってたどり着いたそこは、どこか秘密めいた空気を漂わせている。

「これを。ここへ通うなら、常に携帯するように」

門の前で、先生からシンプルな許可証を手渡される。 中へ入ると、建物の廊下からは、いくつもの扉の向こうからくぐもった気合の声や、木剣が打ち合う音が微かに響いてきた。どうやら複数の訓練スペースがあるようだ。

「……広いですね」

先生は私の呟きには答えず、一番奥にある一つの扉の前で足を止めた。

「本日、あなたのために予約しておいた個人用の訓練スペースです。他に使いたい者がいる中で使えるように手配したのですから、言うまでもなく、真剣に取り組むように」

先生の言葉に、私は静かに頷く。 扉を開けると、そこには信じられないほどの静寂と、底抜けに広い空間が待ち受けていた。土が固く踏み締められ、学校のグラウンドを二つ合わせてもまだ余るほどの広さ。しかし、そこには誰の姿もなかった。

すると、訓練場の奥にある建物の影から、一人の男が姿を現した。

しっかりとした足取りで近づいてくる、一際大きな体躯。 その姿を見て、私は息を呑んだ。間違いない、先日路地裏で私とあの少年を助けてくれた、クマ族の兵士だ。

「おお、ロンド。時間通りだな。わざわざ私の仕事場まで呼び出すとは、一体何の用だ?」

「紹介したい者がいてな。アルフレッド、こちらが私の生徒のソラさんだ」

「ソラと申します。よろしくお願いいたします」

私が深々とお辞儀をして挨拶すると、彼は私を頭のてっぺんからつま先まで、品定めするようにじろりと見た。

「ほう。こいつが、お主が近頃そう熱心に語っていた弟子か。…路地裏の?」

彼の言葉に心臓が跳ねる。あの時の私だと気づいたのだろうか。

「はい。先日の路地裏で、助けていただいた者です」

正直に告げると、彼は「やはりあの時の嬢ちゃんか」と納得したように頷いた。

「改めて見るとずいぶんと華奢じゃないか。ロンド、こんな子に俺を紹介してどうするつもりだ?」

「見かけで判断するのは君の悪い癖だぞ、アルフレッド」

二人の気安いやり取りを、私は固唾を飲んで見守る。

「まあいい。おい、嬢ちゃん。俺の拳を、本気で受け止めてみろ」

アルフレッドさんはそう言うと、ゆっくりと右の拳を構えた。 冗談ではない。その目には、真剣な光が宿っていた。

覚悟を決め、私も両腕を交差させて防御の姿勢をとる。 身体能力強化の魔法を、気づかれないよう、ごく僅かに脚にかけた。

次の瞬間、私の身体は、まるで木の葉のように宙を舞った。 受け身を取る間もなく地面に叩きつけられ、肺から空気がすべて絞り出される。

「…ぐっ…かはっ…!」

生まれて初めて経験する、純粋な暴力の衝撃。頭が真っ白になり、痛いという感覚さえ麻痺していた。咳き込むと、口の中に鉄の味が広がる。暴力とは無縁の世界で生きてきた私にとって、それは理解の範疇を超えた、ただただ理不尽な痛みだった。

「ほう、魔法で衝撃を和らげたか。まあ実戦なら今ので終わりだ」

アルフレッドさんは、倒れた私を見下ろしながら淡々と言う。

「どうだ、嬢ちゃん。これでもまだ、俺に教わりたいか?」

彼の問いに、すぐには答えられなかった。 痛い。怖い。逃げ出したい。そんな本音が心を埋め尽くす。

「ただ強くなってみたい、というだけなら時間の無駄だ。やめておけ」

彼の鋭い視線が、私の覚悟の底を試すように突き刺さる。

(本当のことは、言えない)

この世界で生き抜くために。いつか、元の世界に帰る方法を見つけるために。 そんな、誰にも理解されないであろう私の本当の目的を、口にすることはできない。

脳裏に、あの路地裏での恐怖が生々しく蘇る。 少年の震える背中、魔法が通じなかった時の絶望感。

そうだ。私の願いは、もっとシンプルで、もっと切実なはずだ。 私は、痛む身体を叱咤して、歯を食いしばりながらゆっくりと立ち上がった。

「力が…欲しいんです」

震える声だったが、その言葉に嘘はなかった。

「誰かに守られるのではなく、自分の足で立ち、自分の手で…私自身を、誰かを、守るための力が。もう二度と、何もできずに無力感に苛まれるのは、嫌なんです」

私の瞳に宿る光を、アルフレッドさんは真っ直ぐに見つめ返した。 彼が私の言葉の裏にある、本当の渇望を感じ取ってくれたのかは分からない。 けれど、彼はそれ以上何も問わず、ただ深く頷いた。

「…いい目だ。それだけの覚悟があるなら、俺が鍛えてやる。明日から毎日、日の出と共にここに来い。覚悟しておくんだな」

その答えを聞いて、アルフレッドさんは初めて、ニカッと歯を見せて笑った。 それは、私の覚悟を認める、厳しくも頼もしい師の顔だった。
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