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第二章:路地裏の邂逅
第十四話:代償と天秤
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私の夜は、静かな闘争の時間となった。 自室に鍵をかけ、息を殺して、己の肉体と向き合った。 脳内に刻み込んだ男性の身体の設計図。それを、魔力で、自らの肉体に刻み込んでいく。
「…っ…く…!」
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。 細胞の一つ一つが、未知の変化に対する強烈な拒絶反応を示す。身を灼くような激痛に耐えながら、私は少しずつ、ほんの少しずつ、変化の範囲を広げていった。 左腕の骨格を、筋肉を、数秒だけ男性のものへと再構築する。それが、今の私の限界だった。
術を解いた後には、必ず激しい疲労と、魔力が逆流したかのような鈍い痛みが残る。 私はそれを治癒魔法で誤魔化し、何事もなかったかのように夜明けを迎える。 その繰り返しだった。
しかし、その代償は、確実に私の日常を蝕み始めていた。
「どうした、ソラ! 集中しろ!」
アルフレッド先生の怒声が、訓練場に響き渡る。 夜ごとの消耗で、私の身体は鉛のように重かった。反応は鈍り、剣の振りは目に見えて精彩を欠いている。 これまでは食らいつけていた先生の猛攻に、私はただ防戦一方となり、無様に打ちのめされる回数が格段に増えていた。
「その程度か! 貴様の覚悟は、そんなものだったのか!」
先生の失望したような眼差しが、私の心を抉る。 違う…。違うんです。
ロンド先生との授業でも、私の集中力は散漫だった。 「ソラさん、あなたの魔力の流れが…ひどく乱れています。まるで、常に二つの異なる魔法を同時に行使しているかのようですね。何か、隠してはいませんか?」 先生の鋭い指摘に、私は「少し、考え事を…」と曖昧に笑って誤魔化すことしかできなかった。
清楽亭の仕事でも、皿を割りそうになったり、ぼんやりしてミーアさんに心配をかけることが増えた。 誰もが、私の異変に気づき始めている。 それでも、私は止まれなかった。
そして、運命の日が訪れた。 その日の稽古は、特に酷かった。私の動きは精彩を欠き、アルフレッド先生の苛立ちは頂点に達していた。
「目を覚ませ!」
彼はそう言うと、これまでとは比べ物にならない速度で踏み込み、木剣を私の眉間めがけて突き出してきた。 本来なら、『瞬発』の力で避けるべき一撃。 しかし、私の身体は、疲労と、夜ごとの秘密の訓練で、完全に限界を超えていた。
反応が、遅れた。
凄まじい衝撃。 私の構えた木剣は弾き飛ばされ、先生の木剣の切っ先が、私の右肩を強かに打ち据えた。
「――っ!」
骨が砕けるような、鈍い音と激痛。 私は声も出せずにその場に崩れ落ち、そのまま意識を手放した。
次に気がついた時、私は訓練場の隅に横たえられていた。 アルフレッド先生が、見たこともないほど険しい顔で、私の右肩に治癒魔法をかけてくれている。
「…馬鹿者が」
それは、怒りというより、深い後悔と苦悩を含んだ声だった。
「一体、お前は何をそんなに焦っている…。生き急いでいるみたいだ」
私は、彼の問いに答えることができなかった。 もちろん、私が自分に言い聞かせてきた理由は、今も変わらず胸の中にある。この世界で生き抜くために。いつか、故郷に帰る方法を見つけるために。ここでできた大切な人たちを守るために。
けれど、それだけなのだろうか。いつから、その切実な願いは、こんなにも自分を追い詰めるほどの渇きに変わってしまったのだろう。
まるで、心の奥底から響く声が叫んでいる。「もっと強くならなければ」と。 それは生きるためでも、帰るためでもない、もっと根源的で、私自身にも理由の分からない、抗いがたい衝動だった。
その衝動が、私の身体から立ち上る二種類の異なる魔力の揺らぎとなって、彼には感じ取られていることだけは分かった。
強くなるために選んだ道。 その代償は、私が思っていたよりも、遥かに重いのかもしれない。 私は、ぼやける視界の中で、自分の無力さを再び噛み締めていた。
「…っ…く…!」
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。 細胞の一つ一つが、未知の変化に対する強烈な拒絶反応を示す。身を灼くような激痛に耐えながら、私は少しずつ、ほんの少しずつ、変化の範囲を広げていった。 左腕の骨格を、筋肉を、数秒だけ男性のものへと再構築する。それが、今の私の限界だった。
術を解いた後には、必ず激しい疲労と、魔力が逆流したかのような鈍い痛みが残る。 私はそれを治癒魔法で誤魔化し、何事もなかったかのように夜明けを迎える。 その繰り返しだった。
しかし、その代償は、確実に私の日常を蝕み始めていた。
「どうした、ソラ! 集中しろ!」
アルフレッド先生の怒声が、訓練場に響き渡る。 夜ごとの消耗で、私の身体は鉛のように重かった。反応は鈍り、剣の振りは目に見えて精彩を欠いている。 これまでは食らいつけていた先生の猛攻に、私はただ防戦一方となり、無様に打ちのめされる回数が格段に増えていた。
「その程度か! 貴様の覚悟は、そんなものだったのか!」
先生の失望したような眼差しが、私の心を抉る。 違う…。違うんです。
ロンド先生との授業でも、私の集中力は散漫だった。 「ソラさん、あなたの魔力の流れが…ひどく乱れています。まるで、常に二つの異なる魔法を同時に行使しているかのようですね。何か、隠してはいませんか?」 先生の鋭い指摘に、私は「少し、考え事を…」と曖昧に笑って誤魔化すことしかできなかった。
清楽亭の仕事でも、皿を割りそうになったり、ぼんやりしてミーアさんに心配をかけることが増えた。 誰もが、私の異変に気づき始めている。 それでも、私は止まれなかった。
そして、運命の日が訪れた。 その日の稽古は、特に酷かった。私の動きは精彩を欠き、アルフレッド先生の苛立ちは頂点に達していた。
「目を覚ませ!」
彼はそう言うと、これまでとは比べ物にならない速度で踏み込み、木剣を私の眉間めがけて突き出してきた。 本来なら、『瞬発』の力で避けるべき一撃。 しかし、私の身体は、疲労と、夜ごとの秘密の訓練で、完全に限界を超えていた。
反応が、遅れた。
凄まじい衝撃。 私の構えた木剣は弾き飛ばされ、先生の木剣の切っ先が、私の右肩を強かに打ち据えた。
「――っ!」
骨が砕けるような、鈍い音と激痛。 私は声も出せずにその場に崩れ落ち、そのまま意識を手放した。
次に気がついた時、私は訓練場の隅に横たえられていた。 アルフレッド先生が、見たこともないほど険しい顔で、私の右肩に治癒魔法をかけてくれている。
「…馬鹿者が」
それは、怒りというより、深い後悔と苦悩を含んだ声だった。
「一体、お前は何をそんなに焦っている…。生き急いでいるみたいだ」
私は、彼の問いに答えることができなかった。 もちろん、私が自分に言い聞かせてきた理由は、今も変わらず胸の中にある。この世界で生き抜くために。いつか、故郷に帰る方法を見つけるために。ここでできた大切な人たちを守るために。
けれど、それだけなのだろうか。いつから、その切実な願いは、こんなにも自分を追い詰めるほどの渇きに変わってしまったのだろう。
まるで、心の奥底から響く声が叫んでいる。「もっと強くならなければ」と。 それは生きるためでも、帰るためでもない、もっと根源的で、私自身にも理由の分からない、抗いがたい衝動だった。
その衝動が、私の身体から立ち上る二種類の異なる魔力の揺らぎとなって、彼には感じ取られていることだけは分かった。
強くなるために選んだ道。 その代償は、私が思っていたよりも、遥かに重いのかもしれない。 私は、ぼやける視界の中で、自分の無力さを再び噛み締めていた。
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