その「好き」はどこまで本気ですか?

沙夜

文字の大きさ
1 / 38
プロローグ

お酒と、ほんの少しの気まぐれ

しおりを挟む
グラスの中で、気泡が静かに弾けては消える。大学院での研究もいよいよ正念場で、ここ数週間まともに休めていなかった。今日は見かねた友人のエイミーに半ば引きずられるようにして、ボストンの少しお洒落なバーに足を運んでいた。

「ほんと、朱音のそういうとこ、勿体ないんだから」

向かいの席でエイミーが誰に言うでもなく愚痴をこぼす。私、高遠 朱音たかとお あかねのことだ。周りがすっかり恋愛経験を重ねている年齢だというのに、私には浮いた話の一つもない。過去、誰かといい感じになったことは何度かあったが、どうしてもそこから先に気持ちが進まなかったのだ。
まあ、今は出会いがなければ仕方ない。そう割り切ってはいるものの、友人の言う通り「勿体ない」のかもしれない、と心のどこかで思っていた。

不意に、店の一角がやけに騒がしくなった。視線を向けると、明らかに一般人とは違うオーラを放つ男性グループが、多くの女性に囲まれている。その中でも、ひときわ目を引く人がいた。

(大きい、なんてものじゃないな……)

遠目にもわかる、異次元のスタイル。190cmはありそうな長身に、整いすぎてもはや冷たい印象すら与える顔立ち。彼がふと口角を上げて微笑むと、それだけで周囲の空気が一気に華やぐのがわかった。友人が興奮気味に「有名なモデルよ」と囁く。なるほど、納得の引力だ。

普段の私なら、棲む世界が違うと自ら壁を作って終わり。でも、アルコールのせいか、少しだけ大胆な気持ちが湧き上がっていた。
どうせ無視されるだけ。そしたら明日にでも「イケメンにスルーされた」って笑い話にすればいい。そんな言い訳を頭の中で組み立てて、私は気づけば人混みをかき分け、彼の元へと向かっていた。

アジア人が珍しかったからか、無数にある視線の中で、なぜか彼とだけはっきりと目が合った。吸い込まれそうな瞳の色に眩暈がしそうになるのを堪え、なんとか平静を装う。

「どこの国の人?」

想像していたよりもずっと低い、重低音の声が降ってきた。緊張で上擦りそうになる声を抑え、喉の奥から絞り出す。

「……日本です」
「日本か。アニメが面白いよね」

無難な返答に少しだけ肩の力が抜ける。もう少し話してみたい、と思った瞬間には、彼の周りにいた女性たちが負けじと会話に割り込んできた。私の出る幕は、もうない。

(まあ、こんなものか)

最初から期待なんてしていなかった。多少の話題ができただけで十分だ。私はそっとその場を離れ、飲み物を追加しようとバーカウンターへと向かった。慣れない場所のせいか、思ったより酔いが回っている。火照った頬に手を当てて、一人、息をついた。

その時だった。

「――ねえ」

すぐ後ろから、先ほど聞いたばかりの声がした。
振り返ると、あのモデル――サイラスが、私だけを見つめて立っていた。

「二人で飲まない?」

周りの喧騒が、嘘のように遠ざかっていく。私の心臓が、ありえないくらい大きな音を立てていることだけが、やけにリアルだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この別れは、きっと。

はるきりょう
恋愛
瑛士の背中を見ていられることが、どれほど幸せだったのか、きっと瑛士は知らないままだ。 ※小説家になろうサイト様にも掲載しています。

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン
恋愛
※改題しました 旧題『【修正版】ダンジョン☆サバイバル【リメイク投稿中】』 転移魔法の暴走で、自身を裏切った元婚約者達と共に地下ダンジョンへと飛ばされてしまったレジーナ。命の危機を救ってくれたのは、訳ありの元英雄クロードだった。 元婚約者や婚約者を奪った相手、その仲間と共に地上を目指す中、それぞれが抱えていた「嘘」が徐々に明らかになり、レジーナの「秘密」も暴かれる。 生まれた関係の変化に、レジーナが選ぶ結末は―

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

処理中です...