16 / 48
16 王家の裏事情
しおりを挟む 伯爵邸に帰宅すると、父が笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りクローディア、久しぶりの登校で疲れただろう」
「お父様、ただいま戻りました。ええ本当にもうくたくたですわ。今日は盛りだくさんの一日でしたの」
その後クローディアは父と晩餐を共にしながら、今日の出来事を話して聞かせた。父はアレクサンダーの言動に苦笑したり、モートンの態度に憤慨したりしながら熱心に耳を傾けていたが、ルーシーと友人になった件についてはことのほか喜んでくれた。どうやら娘に友人がいないことを、ひそかに心配していたらしい。
「そういうわけで、最後はユージィン殿下に助けていただいたんですの。本当に立派な方だと感服しましたわ」
クローディアはデザートのタルトを堪能しながら言葉を続けた。
「それで少し不思議に思ったのですけど、ユージィン殿下は何故まだ王太子になっておられないんでしょう」
ユージィンはこの国における唯一の王子に他ならない。リリアナと同学年だが、ユージィンの方が半年早く生まれている上、ユージィンの生母ヴェロニカは公爵家出身の正妃であるのに対し、リリアナの生母アンジェラは男爵家出身の側妃である。またルーシーに聞いたところによれば、ユージィンは成績も学年トップで、品行方正な優等生だとのこと。客観的に見て迷う理由などどこにもないのに、何故まだ立太子式を終えていないのか。
今まで「アレク様」以外は眼中になかったクローディアはまるで気に留めていなかったが、こうして改めて考えてみると、これはなかなか不可解だ。
「うん……表向きはお二人が成人なさるまでの間、陛下がそれぞれの資質をじっくり見極めたいから、ということになっているよ」
「実際には違うんですの?」
「滅多なことは言えないから、これはあくまで噂であることを心に留めておいて欲しい。間違っても表で口にしてはいけない」
「分かりました。約束しますわ、お父様」
「ヴェロニカ様が十年以上前から王宮ではなく北の離宮で過ごしていらっしゃることは知っているな?」
「はい。病気がちなので、涼しいところで療養なさっているとか」
「表向きはそうだが、実際には陛下のお怒りを買って幽閉されているとの噂がある」
「幽閉……ですか」
「繰り返すが、あくまで噂だ。ヴェロニカ様が具体的にどんな問題を起こして幽閉されるに至ったかも分からない。ただヴェロニカ様が離宮にお移りになって以来、国王陛下が一度も見舞いにいらしてないことや、陛下がヴェロニカ様そっくりのユージィン殿下を毛嫌いなさっていることは半ば公然の秘密となっている」
父の話は転生者であるクローディアにとっても初めて聞くことばかりだった。
少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』において、国王と言えば「リリアナを溺愛する愉快なおじさん」といった位置づけだ。再会するなり「パパって呼んでくれ!」とリリアナを抱きしめて号泣し、リリアナのやることなすこと感激し、リリアナの望みをなんでもかなえようとして暴走し、リリアナの男友達に対しては「許さん! パパは許さんぞぉ!」と激高する。言ってしまえばネタキャラだ。
それでもリリアナとの親子団欒シーンでは、たまにしんみりしたやり取りもあったりして、読者にも好評だったりしたのだが――。
(そういえばあの手の団欒シーンって、いつもユージィン殿下はいなかったわね)
「陛下としては最愛のアンジェラ妃の娘であるリリアナ殿下を跡取りにしたがっているが、ユージィン殿下を支持する貴族も多いことから、なかなか踏み切れないのではないかと言われているよ」
「つまりユージィン殿下の立場はとても不安定なんですね」
「噂だからな?」
「もちろん分かってますわ。噂ですね、噂」
とはいえその話は奇妙な説得力を感じさせた。ユージィンは少しでも瑕疵があればすぐにも放逐されかねない状況の中、薄氷を踏む思いで今まで生きてきたのだろう。
(それなのに結局は邪神騒動の巻き添えになって死んでしまうのよね、ユージィン殿下。つくづくリリアナにだけ優しい世界だわ)
記憶が戻ったばかりのころは、自分の悲惨な運命のインパクトが強すぎて、赤の他人のユージィンなど知ったことかという心境だったが、もはやそんな風には思えない。直接顔を合わせ、あまつさえ厄介な状況から助け出してくれた相手である。ユージィンが非業の死を遂げたなら、きっと胸が痛むだろう。
(でも、私が邪神に取り憑かれたりしなければ大丈夫なはずよね……?)
クローディアは今日会った美貌の王子様を思い浮かべながら、そんなことを考えていた。
「お帰りクローディア、久しぶりの登校で疲れただろう」
「お父様、ただいま戻りました。ええ本当にもうくたくたですわ。今日は盛りだくさんの一日でしたの」
その後クローディアは父と晩餐を共にしながら、今日の出来事を話して聞かせた。父はアレクサンダーの言動に苦笑したり、モートンの態度に憤慨したりしながら熱心に耳を傾けていたが、ルーシーと友人になった件についてはことのほか喜んでくれた。どうやら娘に友人がいないことを、ひそかに心配していたらしい。
「そういうわけで、最後はユージィン殿下に助けていただいたんですの。本当に立派な方だと感服しましたわ」
クローディアはデザートのタルトを堪能しながら言葉を続けた。
「それで少し不思議に思ったのですけど、ユージィン殿下は何故まだ王太子になっておられないんでしょう」
ユージィンはこの国における唯一の王子に他ならない。リリアナと同学年だが、ユージィンの方が半年早く生まれている上、ユージィンの生母ヴェロニカは公爵家出身の正妃であるのに対し、リリアナの生母アンジェラは男爵家出身の側妃である。またルーシーに聞いたところによれば、ユージィンは成績も学年トップで、品行方正な優等生だとのこと。客観的に見て迷う理由などどこにもないのに、何故まだ立太子式を終えていないのか。
今まで「アレク様」以外は眼中になかったクローディアはまるで気に留めていなかったが、こうして改めて考えてみると、これはなかなか不可解だ。
「うん……表向きはお二人が成人なさるまでの間、陛下がそれぞれの資質をじっくり見極めたいから、ということになっているよ」
「実際には違うんですの?」
「滅多なことは言えないから、これはあくまで噂であることを心に留めておいて欲しい。間違っても表で口にしてはいけない」
「分かりました。約束しますわ、お父様」
「ヴェロニカ様が十年以上前から王宮ではなく北の離宮で過ごしていらっしゃることは知っているな?」
「はい。病気がちなので、涼しいところで療養なさっているとか」
「表向きはそうだが、実際には陛下のお怒りを買って幽閉されているとの噂がある」
「幽閉……ですか」
「繰り返すが、あくまで噂だ。ヴェロニカ様が具体的にどんな問題を起こして幽閉されるに至ったかも分からない。ただヴェロニカ様が離宮にお移りになって以来、国王陛下が一度も見舞いにいらしてないことや、陛下がヴェロニカ様そっくりのユージィン殿下を毛嫌いなさっていることは半ば公然の秘密となっている」
父の話は転生者であるクローディアにとっても初めて聞くことばかりだった。
少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』において、国王と言えば「リリアナを溺愛する愉快なおじさん」といった位置づけだ。再会するなり「パパって呼んでくれ!」とリリアナを抱きしめて号泣し、リリアナのやることなすこと感激し、リリアナの望みをなんでもかなえようとして暴走し、リリアナの男友達に対しては「許さん! パパは許さんぞぉ!」と激高する。言ってしまえばネタキャラだ。
それでもリリアナとの親子団欒シーンでは、たまにしんみりしたやり取りもあったりして、読者にも好評だったりしたのだが――。
(そういえばあの手の団欒シーンって、いつもユージィン殿下はいなかったわね)
「陛下としては最愛のアンジェラ妃の娘であるリリアナ殿下を跡取りにしたがっているが、ユージィン殿下を支持する貴族も多いことから、なかなか踏み切れないのではないかと言われているよ」
「つまりユージィン殿下の立場はとても不安定なんですね」
「噂だからな?」
「もちろん分かってますわ。噂ですね、噂」
とはいえその話は奇妙な説得力を感じさせた。ユージィンは少しでも瑕疵があればすぐにも放逐されかねない状況の中、薄氷を踏む思いで今まで生きてきたのだろう。
(それなのに結局は邪神騒動の巻き添えになって死んでしまうのよね、ユージィン殿下。つくづくリリアナにだけ優しい世界だわ)
記憶が戻ったばかりのころは、自分の悲惨な運命のインパクトが強すぎて、赤の他人のユージィンなど知ったことかという心境だったが、もはやそんな風には思えない。直接顔を合わせ、あまつさえ厄介な状況から助け出してくれた相手である。ユージィンが非業の死を遂げたなら、きっと胸が痛むだろう。
(でも、私が邪神に取り憑かれたりしなければ大丈夫なはずよね……?)
クローディアは今日会った美貌の王子様を思い浮かべながら、そんなことを考えていた。
1,156
お気に入りに追加
11,826
あなたにおすすめの小説

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】私の妹を皆溺愛するけど、え? そんなに可愛いかしら?
かのん
恋愛
わぁい!ホットランキング50位だぁ(●´∀`●)ありがとうごさいます!
私の妹は皆に溺愛される。そして私の物を全て奪っていく小悪魔だ。けれど私はいつもそんな妹を見つめながら思うのだ。
妹。そんなに可愛い?えぇ?本当に?
ゆるふわ設定です。それでもいいよ♪という優しい方は頭空っぽにしてお読みください。
全13話完結で、3月18日より毎日更新していきます。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。


完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

離婚したいけれど、政略結婚だから子供を残して実家に戻らないといけない。子供を手放さないようにするなら、どんな手段があるのでしょうか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
カーゾン侯爵令嬢のアルフィンは、多くのライバル王女公女を押し退けて、大陸一の貴公子コーンウォリス公爵キャスバルの正室となった。だがそれはキャスバルが身分の低い賢女と愛し合うための偽装結婚だった。アルフィンは離婚を決意するが、子供を残して出ていく気にはならなかった。キャスバルと賢女への嫌がらせに、子供を連れって逃げるつもりだった。だが偽装結婚には隠された理由があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる