カエル転生からのゲコゲコ下克上!踏まれたカエルが目指すのは……魔王!?

氷狐

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第十七話

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「いらっしゃいませ……」
「えらっしゃっせぇーっ!」

 控えめな女性の声と、それを遮るような年配の男性のがらがら声。

 ……ここは、行きつけの定食屋? ってことはさっきまでのカエル生活は全部……夢?

「……あの、いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「ああ、ごめん。えっと……どうするかな。日替わりは何?」

 やっぱり、いつも通りの光景だ。そうそう、なぜかお冷やのコップが毎日新品に当たるんだよなぁ、周りの人のコップはオヤジさん同様、年期が入って傷だらけなのに……。

「今日の日替わりはカニクリームコロッケですよ」

 この店員さんは、まといちゃん。最近入ったバイトの女性なんだけど、とても控えめで大人しい。
 向こうは覚えてないだろうけど、前に居酒屋で衝撃的な出逢いをしていて、ここで再会した時は色んな意味で緊張した。こっそりオヤジさんに名前を聞いていて、実は彼女目当てで通ってるってのもあるんだ。

「じゃあ、日替わりでよろしく」
「はい、少々お待ちください」

 自意識過剰と言われるだろうけど、俺と話す時の彼女は頬を染め、はにかんだようにして笑ってくれる。他の客への応対では目線を合わせることもなく、受け答えも事務的だ。
 ま、偶然だよね。変に期待すると後悔することになりそうだ。

「お待たせしました」

 そんなことを考えていると、まといちゃんが日替わり定食の乗ったトレーを運んできた。
 山盛りの御飯に豆腐の味噌汁。小鉢は筑前煮ときゅうりの酢の物だ。そして大きめの皿には山のような千切りキャベツにカットしたトマトが二切れ。
 メインとなるあつあつのカニクリームコロッケは、やや大ぶりな俵型なのが四つ。自家製のパン粉を使った衣の荒々しい感じ、これが極上のサクサク感を生み出している。

「いただきま……え?」

 早速食べようと箸を持とうとした腕を、いきなりまといちゃんに掴まれた。恥ずかしくて振りほどこうにも、とんでもない力だ。びくともしない。

「いや、あの店員さん?あの……」

 彼女は無言、だけど顔はとても安らかな笑顔だ。
 そのまま俺の手はゆっくりと移動させられていき……。

 ……俺はいつの間に人差し指を突き出した? いや、それよりこの方向は……。

「いや、ちょっと待って。何の冗談?」

 人差し指はゆっくりと、揚げたてあつあつのカニクリームコロッケに向かっている。指先がすでに温かい。

 ……いや、ダメだって。これ中は大変なことになってるんだから! いやいやいや絶対に火傷しちゃうよー!

「ま、待って待って待ってまといちゃん・・・・・・!」
 クス……。

 俺が名前を呼んだからだろうか、彼女はとても嬉しそうに微笑んで……そのまま俺の指を、あつあつカニクリームコロッケに突き刺した……。

 ◆◇

 ……っ!


 ……あれ、熱く……ない?


 進化しますか? はい/いいえ


 襲いくる熱さに耐えようと一瞬目を閉じ、なかなか熱くならないことに驚いて目を開けると、そこには俺のステータス画面と例のあの文字があり、カニクリームコロッケを突き刺したはずの俺の指はその『はい』をしっかりと押していた。

 状況をよく飲み込めない俺を放置して、生命の危機にあった身体は急激な進化を開始する。生存本能というべき何かが覚醒しているのか、まるで早送りをしているように早い脱皮だ。
 みるみる皮が飲み込まれ、身体つきはひとまわり大きくなったが全体のシルエットはやや細身になって……

『トビウサガエル』

 ぶっ、確かに耳のないウサギみたいなシルエットになったけど……ってか、トビ?

 バサァ!

『トビ』の文字に期待して背中に力を入れると、まるで鳩のような灰色の羽根が生えていた。後頭部辺りから生えたように見える羽根。確かにこれはウサギに見えなくもないな。
 やった! もしかしてこれで俺飛べちゃう?

「う……ああ……くそが」

 ……げっ、まだこいつ生きてるのか?

 せっかく、進化とともに翼を手に入れた感動に浸っているところへ、横から例のナルくんの声がした。
 みぞおちの辺りから突き出した折れた剣。その鍔にあたる部分で引っ掛かり中途半端に身体がブリッジしたような姿勢で浮いているので四肢に力も入らないのだろう。
 どくどくと流れ出す血が草や地面を染め上げ……。

 なんでだろう? さっきまで鬱陶しくて仕方なかったナルくんも、


 こうして見るとひどく……


 ……美味しそうだ。


 俺は躊躇うことなく、ただ欲望の赴くままに……
 





 スキル『大食漢』を発動させた。

 ◇◆

 くそが!くそがくそがくそがくそがくそがくそがぁぁ!
 何がおこった? 魔王さえ倒した世界最強の俺様がいったいどうしてこうなった……。

 俺は僅かに顔を上げ、腹から突き出した折れた聖剣を見る。

 ぐはぁぁぁっ! 痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃ!

 全身は今、剣が突き出した部分で支えられており、どこに力を入れようとしても、そこから耐え難い痛みが襲いくる。

「そうだラインハルト、奴の回復魔法ならまだ助か……」

 助かる、そう言いかけて彼は自らが望んで孤立していることに気がついた。
 ここにあの四聖、いや警備の兵でもいい。誰かが共にいてくれたなら……。

 走馬灯とでも言うべきだろうか。
 彼の脳内で小学校、中学校そして高校へと至る自らの過去が流れては消える。
 比較的器用だった彼は、勉強もスポーツも並み以上にこなし、それなりに目立つ生徒だった。だが、それ故に周りを蔑ろにすることも多く、それらは周囲の反発を買い陰湿なイジメの標的とされた。
『無視』……直接的な攻撃に頭脳と体力を以て対応する彼に対して、周りの子供たちが最終的に行き着いたのは、彼は居ないことにする、ということだった。
 給食は配られず、後ろに回すプリントも彼を迂回して流れていく。話しかける者は誰一人いない。班分けや日直にすら名前も上がらない。
 そうしてそれは、そのままの面子が上がる中学でも続くことになる……。

 高校に入ると他所から来る生徒も増え、挨拶程度の会話もあった……四月までは。
 近場の高校を選んだために同じ中学だった者の割合もそれなりで、彼らからそんな負の情報が広まったのだ。
 変わらぬ『空気』と化す日常。
 そんな中で彼は、アニメなどから得たアイデアを基に、『厨二病』を演じることにした。小学校の頃を知るやつにいないと認識されるのはいい。だが、何の理由もなしにただ俺を空気扱いする連中がいるのは我慢出来ない。
 ならいい、こっちから『理由』を作ってやる。
 俺は厨二だから・・・、誰も近付かないっていう理由を。
 自分で周りを遠ざけているだけ、そう考えることによって彼は心の平静を得たのだ。

「……シンジ」

 最後に顔が浮かんだのは、あれほど夢中になったアルテイシア姫ではなかった。
 鬱陶しいと露骨な態度を取り、いくら遠ざけようとしても懲りずに爽やかな笑顔で話しかけてくる彼。それは、いつの日か失った『友達』という存在であるようにも感じられた。
 渋々という体裁を取り繕いながらも、彼に請われれば共に狩りに出かけることも、実はそれほど苦痛ではなかったのだ。

 失ってから気付く……いつもそうだ。そして責任や理由は常に俺自身にあるとわかっているのに……。

「う……ああ……くそが」

 気がつけば……涙が溢れだしていた。
 こんな時になって、やっと本当の自分に素直になれた。そんな心からの『後悔』。





 ……だがそれはもう、どうしようもなく遅すぎた。

 

 




 なぜなら彼の全身は、異常なほどに大きく開けられたカエルの口に……






  


   もう飲み込まれてしまったのだから……。
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