24 / 26
第二十三話
しおりを挟む
……そう思っていた時が、俺にもありました。
「……うそ……ですよね?」
「いえ、本当です。調理に関する本は大変貴重で、秘伝書や魔導書に近い扱いになります。ですので、第二区画以降に入らねば閲覧出来ません」
確かに、わざわざ調理の方法を一冊の本にまとめようとする人など滅多にいないだろうし、そんな手間をかけてまで後世に伝えようとした高度な技術を、誰もが手軽に読んで一家の晩ごはんの食卓にでも出された日には、著者の偉い人も浮かばれまい。だけど……せっかく冒険者登録までして来たってのに……。
「まあ、見られないものは仕方がない……。とりあえず、この世界関連の書物を片っ端から読み漁るとするか」
頭を切り替え、歴史や風土、地理や生物、植物など様々な文献をかき集めて読書スペースの大きなテーブルの上に山積みし、椅子に腰かけてそれらを数冊ずつ目の前に広げて読み始める。
一見すると、ページをめくって遊んでいるように見えるだろうが、俺のスキル『全周視認』に『索敵』や『並列思考』などの幾つかのスキルが統合されて出来た『領域』によって、ある一定の範囲内であれば開いた書物数冊全てを読み取り、その内容を把握することが可能なのである。
「まあ、すごい量ですね! 何か調べものでも?」
「ええ、知らないことは何でも。俺は何もない田舎で育ちましたので……」
「そうなんですね。あ、よろしければどうぞ」
そう言ってカップに注がれたお茶を差し出してくれたのは、さっきの受付の女性だった。彼女はミリーナといい、ここの司書を務めているらしい。
床に着きそうなほど長い紺のロングスカートに、フリルやレースのあしらわれた上品な仕立ての長袖のシャツ。赤茶色の髪は全て後ろに流してお団子にまとめ、そばかすのある地味だがとても優しそうな顔立ちに、金属のフレームの眼鏡をかけていた。
「ここに市民の方が来てくださるのは、ずいぶん久しぶりです」
「……え、そうなんですか」
ミリーナが傍に立ってからも俺の手は休むことなく次々とページをめくっている。だが、彼女がボソッと囁いたそのひと言で俺の手はピタリと止まった。
……何か事情があるのだろうか、彼女はずいぶんと寂しそうだ。
俺はカップを手に持ち、ひと口お茶を飲むと身体を彼女の方へと向ける。
「あ、ごめんなさい私ったら。でも……そうね。隠してもいずれわかることですものね」
「……いったい、何があるんです?」
「実は……ここ……出るみたいなんです」
「……はい?」
「だから、その……幽霊が」
「はいいぃぃぃ?」
◆◇
彼女が言うには、それはひと月ぐらい前のこと。
最初は、夜間の警備の兵士の間で広まりだした『黒い影』の噂だったという。
しかし、まあこういった古い建物にはよくある話だと、目撃したという兵士が臆病者呼ばわりされる程度で済んでいたのだが……。
ある日の昼頃、図書館にはいつものように多くの住民が集い、書物を読みふけったり、書物について熱く語り合ったりして過ごしていた。
ある男が読んでいるページを広げたまま、お茶のおかわりを注ごうと席を立つと、背を向けた途端にパラパラとページがめくられる音がする。ここには換気用の窓も幾つかあるので風か何かだろうと思い、読んでいたページに戻すと、男はその上に金属で出来た備え付けの重しを置いて固定した。
安心した男は再び背を向けたのだが……
パラパラパラパラ……。
驚いた男が恐る恐る振り返ると、重さ約一キロはある重しが宙に浮き、パラパラと勝手にページがめくられていくではないか。
「ぎゃあああーっ!」
男の叫び声で振り返った場の全員が、その異常な光景を目撃し、口々に悲鳴を上げながら我先にと逃げ帰って行ったのだ。
◇◆
「……その噂は半日足らずで街中に広まり、最初は肝試しにと数人が訪れましたが、やはり……」
「皆同じような経験をして、誰も来なくなったと……」
「はい」
…………やっぱり、アレのことだよな。
さっきも触れた新スキル『領域』。これにより俺は自分を中心とした一定範囲内に存在する全てをまるでレーダーのように把握することが出来る。それはオンオフが可能で、さらにはその範囲を任意で調整することが可能。
発動中の俺の視界には、まるでゲームのマップ表示みたいな画面が見えていて、その中でも俺に敵意を持つ存在は赤、それ以外は青で表示される。王都に来て知ったが、知人と認識した者は緑で表示されるようだ。
それらの光点には例のプラカード(今後はステータスカードと呼ぶことにしよう)が浮かんでいて、名前や種族が書いてある。もっと詳しい情報が知りたければ、さらにめくって内容を見ることも可能だ。
話を聞きながら、これを図書館内に限定して展開してみた結果、視認出来るミリーナと二人の衛兵。それに別室にいるであろう他の司書や職員、交代の衛兵などの合計十二の青い光点。無論、虫や鼠なども対象にすれば光点だらけになるかも知れないが、今回は除外してある。
問題は第二区画のさらに奥。封印区画といわれる場所にユラユラと漂う十三番目の光点。その色は黒で、しかもそのステータスカードには『アンノウン』の文字のみ。
……この読書スペースで心霊現象があったと言うし。
「……当然、そう来るよな」
「どうかされました?」
「ああ。いえ、そろそろ調べものの続きがしたいので……」
「あら、すみません。お邪魔でしたね」
「いえいえ、お茶美味しかったですよミリーナさん」
多少失礼な言い方になったが、俺はそう言ってミリーナを遠ざけた。空になったカップをトレーに乗せた彼女が、入口側の格子戸の向こうに出ていったのを確認し、俺は自分の目で第二区画の格子戸の辺りを見る。
さっきまでいた封印区画をスーっと抜け出し、フラフラしながら第二区画の格子戸までたどり着いた黒い光点。その正体がそこにいた。
それは『闇』……そう表現する以外にないだろう。
ぼんやりとしたそれは格子に手を掛けじっと俺を見ているようにも見えた。辛うじて人型と形容出来る程度のあいまいな造形。それを構成するのは、薄暗い図書館内に於いてなお暗い、全てを吸い込みそうなどこまでも深い闇である。
俺の視線に気づいたのか、衛兵のひとりが訝しげにその闇の方を見た。だが、彼らには何も見えないのだろう。不思議そうに再度俺を見て肩をすくめると、もう関係ないとばかりに顔を逸らす。
そんな彼の足下で闇は易々と格子戸を抜け、ついに俺のいる場所に入って来た。光点同様のユラユラとした動きで近づいたそれは、俺の座るテーブルの対面にまるで腰掛けるようにして動きを止めた。
「……うそ……ですよね?」
「いえ、本当です。調理に関する本は大変貴重で、秘伝書や魔導書に近い扱いになります。ですので、第二区画以降に入らねば閲覧出来ません」
確かに、わざわざ調理の方法を一冊の本にまとめようとする人など滅多にいないだろうし、そんな手間をかけてまで後世に伝えようとした高度な技術を、誰もが手軽に読んで一家の晩ごはんの食卓にでも出された日には、著者の偉い人も浮かばれまい。だけど……せっかく冒険者登録までして来たってのに……。
「まあ、見られないものは仕方がない……。とりあえず、この世界関連の書物を片っ端から読み漁るとするか」
頭を切り替え、歴史や風土、地理や生物、植物など様々な文献をかき集めて読書スペースの大きなテーブルの上に山積みし、椅子に腰かけてそれらを数冊ずつ目の前に広げて読み始める。
一見すると、ページをめくって遊んでいるように見えるだろうが、俺のスキル『全周視認』に『索敵』や『並列思考』などの幾つかのスキルが統合されて出来た『領域』によって、ある一定の範囲内であれば開いた書物数冊全てを読み取り、その内容を把握することが可能なのである。
「まあ、すごい量ですね! 何か調べものでも?」
「ええ、知らないことは何でも。俺は何もない田舎で育ちましたので……」
「そうなんですね。あ、よろしければどうぞ」
そう言ってカップに注がれたお茶を差し出してくれたのは、さっきの受付の女性だった。彼女はミリーナといい、ここの司書を務めているらしい。
床に着きそうなほど長い紺のロングスカートに、フリルやレースのあしらわれた上品な仕立ての長袖のシャツ。赤茶色の髪は全て後ろに流してお団子にまとめ、そばかすのある地味だがとても優しそうな顔立ちに、金属のフレームの眼鏡をかけていた。
「ここに市民の方が来てくださるのは、ずいぶん久しぶりです」
「……え、そうなんですか」
ミリーナが傍に立ってからも俺の手は休むことなく次々とページをめくっている。だが、彼女がボソッと囁いたそのひと言で俺の手はピタリと止まった。
……何か事情があるのだろうか、彼女はずいぶんと寂しそうだ。
俺はカップを手に持ち、ひと口お茶を飲むと身体を彼女の方へと向ける。
「あ、ごめんなさい私ったら。でも……そうね。隠してもいずれわかることですものね」
「……いったい、何があるんです?」
「実は……ここ……出るみたいなんです」
「……はい?」
「だから、その……幽霊が」
「はいいぃぃぃ?」
◆◇
彼女が言うには、それはひと月ぐらい前のこと。
最初は、夜間の警備の兵士の間で広まりだした『黒い影』の噂だったという。
しかし、まあこういった古い建物にはよくある話だと、目撃したという兵士が臆病者呼ばわりされる程度で済んでいたのだが……。
ある日の昼頃、図書館にはいつものように多くの住民が集い、書物を読みふけったり、書物について熱く語り合ったりして過ごしていた。
ある男が読んでいるページを広げたまま、お茶のおかわりを注ごうと席を立つと、背を向けた途端にパラパラとページがめくられる音がする。ここには換気用の窓も幾つかあるので風か何かだろうと思い、読んでいたページに戻すと、男はその上に金属で出来た備え付けの重しを置いて固定した。
安心した男は再び背を向けたのだが……
パラパラパラパラ……。
驚いた男が恐る恐る振り返ると、重さ約一キロはある重しが宙に浮き、パラパラと勝手にページがめくられていくではないか。
「ぎゃあああーっ!」
男の叫び声で振り返った場の全員が、その異常な光景を目撃し、口々に悲鳴を上げながら我先にと逃げ帰って行ったのだ。
◇◆
「……その噂は半日足らずで街中に広まり、最初は肝試しにと数人が訪れましたが、やはり……」
「皆同じような経験をして、誰も来なくなったと……」
「はい」
…………やっぱり、アレのことだよな。
さっきも触れた新スキル『領域』。これにより俺は自分を中心とした一定範囲内に存在する全てをまるでレーダーのように把握することが出来る。それはオンオフが可能で、さらにはその範囲を任意で調整することが可能。
発動中の俺の視界には、まるでゲームのマップ表示みたいな画面が見えていて、その中でも俺に敵意を持つ存在は赤、それ以外は青で表示される。王都に来て知ったが、知人と認識した者は緑で表示されるようだ。
それらの光点には例のプラカード(今後はステータスカードと呼ぶことにしよう)が浮かんでいて、名前や種族が書いてある。もっと詳しい情報が知りたければ、さらにめくって内容を見ることも可能だ。
話を聞きながら、これを図書館内に限定して展開してみた結果、視認出来るミリーナと二人の衛兵。それに別室にいるであろう他の司書や職員、交代の衛兵などの合計十二の青い光点。無論、虫や鼠なども対象にすれば光点だらけになるかも知れないが、今回は除外してある。
問題は第二区画のさらに奥。封印区画といわれる場所にユラユラと漂う十三番目の光点。その色は黒で、しかもそのステータスカードには『アンノウン』の文字のみ。
……この読書スペースで心霊現象があったと言うし。
「……当然、そう来るよな」
「どうかされました?」
「ああ。いえ、そろそろ調べものの続きがしたいので……」
「あら、すみません。お邪魔でしたね」
「いえいえ、お茶美味しかったですよミリーナさん」
多少失礼な言い方になったが、俺はそう言ってミリーナを遠ざけた。空になったカップをトレーに乗せた彼女が、入口側の格子戸の向こうに出ていったのを確認し、俺は自分の目で第二区画の格子戸の辺りを見る。
さっきまでいた封印区画をスーっと抜け出し、フラフラしながら第二区画の格子戸までたどり着いた黒い光点。その正体がそこにいた。
それは『闇』……そう表現する以外にないだろう。
ぼんやりとしたそれは格子に手を掛けじっと俺を見ているようにも見えた。辛うじて人型と形容出来る程度のあいまいな造形。それを構成するのは、薄暗い図書館内に於いてなお暗い、全てを吸い込みそうなどこまでも深い闇である。
俺の視線に気づいたのか、衛兵のひとりが訝しげにその闇の方を見た。だが、彼らには何も見えないのだろう。不思議そうに再度俺を見て肩をすくめると、もう関係ないとばかりに顔を逸らす。
そんな彼の足下で闇は易々と格子戸を抜け、ついに俺のいる場所に入って来た。光点同様のユラユラとした動きで近づいたそれは、俺の座るテーブルの対面にまるで腰掛けるようにして動きを止めた。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる