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005,ミーナ・ベテルニクス

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 支店の中も外も大繁盛中だったが、見ているだけでは用事も済まないので、その辺を走り回っている少年店員を捕まえてドルザール氏から預かっている手紙を支店長に渡してくれるように頼む。
 怪訝な表情でオレと手紙を見比べていた少年店員だったが、すぐに中に入って大人の店員に事情を説明してくれた。
 大人の店員が手紙の裏にある封蝋を確認すると、何やら慌てた様子で少年店員に言ってから本人は店の奥に走っていってしまった。

「す、すみません! 今すぐ応接室にご案内致します!」

 ガチガチに緊張して戻ってきた少年店員に案内されて向かったのは、ベテルニクス商会本店でも最初のドルザール氏との面会でも使ったような豪勢な調度品が置かれた応接室だった。

 まあ、ベテルニクス商会長のドルザール氏本人からの手紙だし、このくらいは予想できているのであまり驚かない。
 今頃支店長が大慌てで準備をしているのだろう。
 アポイントをとろうにも、伝手がないし、突然の訪問になってしまったのは申し訳ない。

 メイドさんが運んできた紅茶を飲んでまったりと待つ。
 フッドフォール王国のメイドさんは侍従ギルドで雇うことができる。
 個別で雇うこともできるが、大半は侍従ギルド経由での雇用だ。
 それなりに余裕がある家や商会なら、何人かのメイドや執事がいるのが当たり前になっている。
 ベテルニクス商会本店にも、結構な数の使用人がいたし。

 本店でよく飲んでいた紅茶とは違った、爽やかな紅茶を楽しんでいると、ノックのあとにかなりの美人さんが入室してきた。

「遅くなって申し訳ありません。私はベテルニクス商会ラビリニシア支店の支店長をしております、ミーナ・ベテルニクスと申します。父と妹が大変お世話になったそうで」

 やってきたのは、ドルザール氏から聞いていたとおりに、オーナ嬢の実姉だった。
 というか、お世話になったのはオレのほうです。

「いえ、私の方こそお父上と妹君には大変よくしていただきました。私は御堂宗治と申します。この度は急な訪問にもかかわらず対応していただきありがとうございます」

 軽く挨拶を済ませ、少しの間雑談に花を咲かせる。
 支店を覗いたときに気になった点なんかを中心に、現代日本で使われている接客方法などを取っ掛かりとして話してみたところ、ミーナ嬢の食いつきはかなりよかった。
 おかげで、少々話し込んでしまったほどだ。

「楽しいお話をもっと続けたいところですが、父からはミドー様へ最大の便宜を図るように、と申し付かっております。私どもにできることであればなんでもお申し付けくださいませ」
「ありがとうございます。不躾で申し訳ありませんが、さっそくお願いしたいことがあります。私は今日迷宮都市に着いたばかりでして、市民登録は済ませたのですが、住むところをまだ決めておりません。もしよろしければ不動産を取り扱っている店舗を紹介していただけないでしょうか?」
「もちろんです。場所に希望などはありますか? 第三区画でよろしければすぐにでも私どもが懇意にしている不動産をお呼びいたします」

 歓談が一段落ついたところで、彼女のほうから今回の訪問の用件について切り出してくれた。
 ミーナ嬢のずっと話していたくなるような話術に絡め取られていたので、正直助かった。
 オレの知っている商売のテクニックなど多くはないが、そのほとんどを聞き出された感じだったのだ。
 さすがはオーナ嬢の姉だ。
 相手をいい気分にさせて、商談をうまく進めるテクニックとして鍛え上げてきたのだろう。
 オレが商人だったら勝てる気がしない。

「できれば第三区画の迷宮の近くがいいのですが、予算はこれくらいをみていまして……」
「そうですね……。迷宮の近くは一等地になりますので、この予算では少し難しいかもしれません」
「ああ、やはりそうですか。では――」

 オレの目的は迷宮にあるので、できれば迷宮に近い場所に拠点を持ちたかったが、やはりそういった場所は一等地となり、かなり高いようだ。
 ミーナ嬢が呼んでくれた不動産が来るまでの間、こちらの予算で借りられる場所について助言をいくつかもらうことができた。
 彼女は不動産を営んでいるわけでもないのに、かなり詳しく、さすがは大店の支店長だと感心させられた。
 他業種に対しても、これだけの知識を持っていなければ、二十歳そこそこにしかみえない若さでは、支店長など務まらないのだろう。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ご多忙にもかかわらず、お時間を裂いていただき本当にありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。また、いつでもお越しくださいませ。楽しみにしています」

 結局、不動産を管理している商人が来たあとも、ミーナ嬢は立ち会ってくれ、冷や汗を流す不動産屋に圧力をかけまくってくれた。
 おかげで、一等地とはいわないが、本来はオレの予算では借りられないはずの物件をいくつか内見できることになった。
 もちろん、気に入ったらその条件で契約できる。
 ミーナ嬢には本当に頭が上がらない。
 さらには、宿の手配までいつの間にか完了していたりして、内見は明日にして、引っ越しが決まるまではその宿に泊まれるらしい。
 ……無料で。

 ベテルニクス家の皆さんにはお世話になりっぱなしで、足を向けて寝れない。
 というか、ここまでよくしてもらって本当にいいのだろうか。
 断らないオレもオレだが。

 宿は第三区画でもトップクラスの高級宿だそうだ。
 案内してくれたベテラン店員さんが色々と教えてくれた。
 泊まるのは富裕層でも最上位か、貴族くらいなのだそうだ。
 それでも予約をとるのは難しいらしい。
 そんなところをよくもまあ、何日も抑えられたものだ。
 ベテルニクス商会ってやっぱりすごい。

 案内された高級宿は、どちらかというと宿というよりはホテルといった様相で、泊まっている客も品があり、上流階級といった雰囲気を纏っている人ばかりだ。
 ものすごく場違い感にあふれているオレだが、案内してくれたベテラン店員さんからは問題ないと言われたので大丈夫だと信じたい。

 一応、ベテルニクス商会本店に滞在中に、ドルザール氏とオーナ嬢から色々と衣服をプレゼントされていたりする。
 雑談に花が咲いた時に妙に興奮していたドルザール氏がお礼だと言っていたが、正直何のお礼だったのかさっぱりわからない。
 オーナ嬢のときにも同じような感じだった。
 一体オレは彼らに何をしたのだろうか。
 知識チートできるような話をした覚えはまったくないし、オレの知識程度ではそもそもそのようなことができる環境ではないはずだ。

 とにかく、そういったこともあり、服装はそれなりに上位のものを着ていることは着ている。
 着せられているといったほうが正しいが。

 無事にチェックインを済ませ、案内された部屋は広すぎて落ち着かないほどだった。
 専用の使用人が数人ついている部屋ってなんだろうな?
 飲食に関しても、使用人に申し付ければいつでも好きなものを揃えてくれるし、しかもサービスだという。
 街に出るときも、ホテル専用の馬車を出してくれるらしく、泊まっている間は利用し放題だそうだ。

 たったひとりで使うには広すぎる部屋で頭を抱えたくなったが、専属のメイドさんが複数人ほど壁際に控えているのでなんとか堪えた。
 とりあえず最初の彼女たちへの頼みは、呼んだとき以外は部屋に入らないでほしい、というお願いでした。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 不動産屋の案内でいくつかの候補の内見を済ませた。
 どれも値段と建物が釣り合っていない。
 だが、そこはミーナ嬢の圧力あっての賜物だろう。
 どれも部屋数が多く、すべてを見て回るにはかなりの時間がかかってしまった。
 全部の部屋をみたわけでは、もちろんない。
 それでも、内見だけで三日もかかったのは、ちょっと計算外だったと言わざるを得ない。
 何せ、そのすべてが広い庭と立派な家を持つ、屋敷なのだ。
 富裕層や、貴族なんかが住んでいる邸宅や豪邸と言われるアレだ。

 基本的に、日本の不動産のような正確な間取り図や写真なんかはない世界なので、ほとんどが文章ばかりの資料と口頭での説明だった。
 さらには、オレがこの世界の物件に疎いというのもあって、完全に候補を絞り間違えていた。
 ミーナ嬢のお勧めだったのもあるが。

 それでも、候補内から借りる家は決めた。
 場所は、第三区画でも迷宮に一番近い庭の広い二階建ての小さな屋敷。
 たとえ小さいという形容詞がついても、屋敷には変わりない。
 ただ、オレの目的上、ある程度は広い家を借りるつもりだったので問題ないといえば問題ない。
 賃料が、ほかの不動産屋で広い家を借りるよりも安かったというのもあっただろう。
 不動産屋には悪いが、オレも節約したいのでこのまま契約させてもらった。

 元々、広い家ということで、侍従ギルドから使用人を何人か雇うことを前提で考えていたのもある。
 それも、ミーナ嬢が間に入ってくれるというので、本来よりもだいぶ安く抑えてくれると太鼓判を押していたのだ。
 ドルザール氏から便宜を図るように言われていたとしても、ここまでやってくれるとはさすがに思っていなかったので、なんとも申し訳ない限りだ。

 屋敷にはある程度人の手が入っているので、専用の清掃業者が三日程度で住めるようにしてくれるそうだ。
 家具に関しては、ある程度揃っている。
 ただ、以前の屋敷の持ち主がそのまま置いていったものなので、気になるなら買い換える必要がある程度だ。
 パッと見た感じでは十分に使えるものだったので、そのままでいいだろう。

 なので、掃除が済み次第引っ越してこようと思う。
 さすがにあの広すぎる部屋でひとりでいるのは、胃が痛くなってくる。
 まあ、こちらの屋敷も広いは広いが、まだアレに比べればマシだ。


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