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008,ゴーレム使い

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「こちらが教科書になります。レンタルと買い取りがありますが、レンタルの場合――」

 適正職を見極めるアーティファクトを使ってもらい、オレの適正職がわかった。
 なので、次は職業訓練を受けるために受付にやってきていた。

 職業訓練は、日本にあるような何ヶ月もかけて専門技術を学ぶものではなく、座学の後、実技をある程度やって終わりという非常に簡単なものだ。
 しかも、有料の上に、教科書にも金がかかる。
 レンタルだと多少安く済むが、あとで読み返したりする可能性もあるので買い取りにした。
 質は悪くとも植物紙が普及しているので、大した額でもなかったし。

「教室はここか。お、それなりにはいるんだな」

 今日からでも座学は受けられるというので、さっそく授業を受けてみることにした。
 指定された教室は、職業ギルドの中にあり、授業開始まで時間もなかったので急いで向かうと、教室にはそれなりに人がいた。
 さっそくオレも空いている椅子に座り、教師が来るのを待つ。

 生徒の年齢はバラバラだし、人種もバラバラだ。
 今更だがアレド大陸には、地球にいる人間のようなヒューマン以外にも、獣人と呼ばれるビースト、精霊種と呼ばれるエルフ、地人種と呼ばれるドワーフの四種族がいる。
 ただ、ヒューマンでも白人や黒人、黄色人種と分かれているように、獣人でも獣の度合いの違いや種類の違いで数多く分かれている。
 エルフは、森を好むフォレストエルフや、洞窟や荒地を好むダークエルフなど好みに応じて分類されている。
 ただ、ドワーフだけは基本的に分類はされていない。
 皆酒と金属を愛し、男はヒゲモジャの樽体型。女は童顔低身長なのが特徴だ。
 生徒はヒューマンもいれば、ビーストもエルフもドワーフもいる。
 特に目立った差別や迫害などもないアレド大陸なので、様々な人種がいても問題はあまり起きないのだそうだ。

 ちなみに、ベテルニクス家は皆ヒューマンだ。

「皆さん、こんにちは。本日はゴーレム使いの授業を受講をしていただきありがとうございます」

 生徒たちをこっそりを観察していると、授業の時間になったのか教師役のドワーフの女性が教室に入ってきた。

 そう、オレの適正職は、ゴーレム使いだったのだ。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 座学は、一時間ほどで終了した。
 教科書の内容を読み上げるだけの非常に簡単なもので、この座学は本当に必要なのか甚だ疑問だ。
 座学受けずに教科書読めばいいだけじゃん。
 教師役のドワーフの女性が質問などに答えてくれるならまだしも、教科書を読み上げたらそれで本当に終わりだったのだ。
 帰りに受付で座学は絶対に受ける必要があるのかどうか聞いておこう。

 しかし、今日だけは教科書を読む前に座学を受けたので、多少はためになった。

 ゴーレム使いとは、思ったとおりにゴーレムを使役する職業だ。
 様々な素材を用いて作り上げたゴーレムを、思い通りに動かせるようになったら一人前と言われる。
 ゴーレムは、人型の場合は三メートル前後の大きさで生成され、非常に力が強く、人間と比べて疲労もしないために労働力として破格の性能を誇る。
 ただし、鈍重で細かい作業ができないため、基本的に工事現場や製材所など、重量物の運搬などで活躍している。
 ゴーレム使いが適正職の場合、大抵は一般水準よりも高給取りになりやすい。
 一般的に、ゴーレム使いは当たり職と言われている所以だ。

 教科書には、ゴーレムの生成方法から操作方法までが簡単に説明されている。
 受付で確認したところ、座学は字が読めない人向けなので、絶対に参加する必要はないそうだ。
 職業訓練の最後には実地テストがあるが、座学も実技も一切受けずとも受験は可能だそうな。

 基本的に、日本と違って識字率が百パーセントではないので、仕方ないらしい。
 ちなみに、アレド大陸の識字率は三十パーセントを下回っている。
 ベテルニクス支店で買い取り金額を読み上げている店員が多く配置されているのが良い例だろう。
 そのおかげというかなんというか、代読みや代筆の仕事は読み書きができる子どもにとって、いいお小遣い稼ぎになっているそうだ。

 辻馬車を拾って屋敷に帰ると、門衛が増えていた。
 いや、最初から雇っていないので新しく門衛が追加されたという方が正しい。

「おかえりなさいませ、お館さま」
「あー……。ベテルニクス商会からですか?」
「はい。その通りです。執事長に書類は提出済みですので、お時間のよろしいときに確認をお願い致します」
「あ、はい。ご苦労さまです」
「もったいなきお言葉」

 ふたりいる門衛の片方が答えてくれたので、やはりベテルニクス商会からだった。
 書類も持ってきたみたいだし、支払うべき給金がまた増えたのか。
 まあ、でも確かに門衛がいないのって変だよな。
 オレの屋敷がある一帯は、同じような屋敷が多い。
 そういった屋敷には大体門衛がふたりはいる。
 裏門にも配置しているところもあるようだが、追加されたのはふたりだけなのだろうか。
 まあ、執事長に聞けばわかるだろう。

 門衛が開いてくれた門から屋敷に向かって進んでいると、すぐに執事長が小走りに近づいてきてくれた。
 壮年に差し掛かったエルフの男性だが、この世界のエルフの寿命はヒューマンと変わらないので見た目相応の歳だ。
 ただし、エルフは種族的に美形なので、かなり格好良く歳をとったおじさまである。

「おかえりなさいませ、お館さま」
「ただいま。門衛に聞いたのですが、書類を預かってますか?」
「はい。すぐにお読みになられますか?」
「自室に戻るので、お茶と一緒に持ってきてください」

 小走りで駆けつける程度では息ひとつ乱さないようで、執事長がキビキビとした動きで出迎えてくれる。
 教科書も読みたいので、門衛の書類に関しては自室まで持ってきてもらうことにした。
 まとめて使用人たちの分も確認しておかないとな。

「畏まりました。それと僭越ながら、我ら使用人にまで丁寧に接していただく必要はございません」
「あー……。これは地なので気にしないでください」
「そうでございましたか。差し出がましいことを申しまして、申し訳ありませんでした」
「いえ、気にしないでください」

 頭を下げる執事長にひらひらと手を振り、屋敷へと向かうが、執事長はすぐに先行して扉を開けてくれた。
 ……すごいな、なんか自分が貴族にでもなった気分だ。

 ちょっと支配者感を味わいつつ、屋敷の中を掃除しているメイドたちが頭を下げる中を自室へ向かう。
 仕事の邪魔をしてしまって申し訳ない気持ちになってしまう時点で、オレに支配者は向いていない。

 自室は、屋敷の中でも一番大きな部屋を選んだ。
 ホテルの部屋よりは狭いが、あの広さを体験していなかったら、もっと狭いところを自室に選んでいたと思う。
 そうなると執事長からまた何かアドバイスが入っていた可能性が高い。
 一応、富裕層や下級貴族なんかが住むレベルの屋敷なのだからね。
 屋敷の主にも相応の態度や格が求められるのだろう。
 そんな事言われても困るが。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふぅ……」

 使用人や門衛の書類を確認し、ゴーレム使いの教科書もすべて読み終わった。
 門衛は交代要員も含めて六名だった。
 裏門はひとりらしい。
 使用人たちは全員住み込みで、週休一日制で、一般的な使用人より高い給金に設定されている。
 ベテルニクス商会と折半なので負担はそこまでではないが、早いところ自分だけで払うようにしないといけないだろう。

 門衛や使用人のほかにも、厩舎の管理人や料理人なども雇われている。
 しかし、馬も馬車も持っていないので、現在のところは厩舎の管理人はベテルニクス商会で一時的に雇われている。
 料理人は、ミーナ嬢が指示したのか、完全にベテルニクス商会からの出向だ。
 しかも、新しいレシピや調理法については順次買い取りたいとも書類に書かれていた。

 内政チートは難しくても、料理チートなら芽が出てきたかもしれないな。
 次は何を作ってみようかと考えているうちに、夕食の用意ができたとメイド長が知らせに来てくれた。
 メイド長は、ドワーフの女性なので、実年齢と見た目年齢がまったくあっていない。
 低身長の綺麗なお姉さんといった見た目だが、彼女は執事長と歳が近い。
 異世界恐ろしいと初めて思った瞬間だった。

 料理人とは初対面だったので、軽く挨拶され、新しいレシピや調理法を楽しみにしていると遠回しに言われた。
 彼――モーリッドの作った夕食はなかなかに美味しく、料理チートのハードルが高いことを思い知らされた。
 揚げ物はたまたまだったらしい。
 あれはアレド大陸にはない調理法だからこそ受けたのかもしれない。

 だが、これからは彼に既存の料理にあるかどうかを気軽に確認できるので、多少はやりやすいだろう。
 ちなみに、パスタはあったが、うどんや素麺はないそうだ。
 小麦粉はあるが、蕎麦粉はみたことないので、モーリッドに特徴を伝えて探してもらおう。

 あとは調味料も色々と探してもらおう。
 揚げ物祭りでは、醤油の代わりに魚醤を使ったのでオレとしては満足していない。
 醤油や味噌なんかはこの世界にあるのだろうか?

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