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026,狂気の才能
しおりを挟むこの世界の人間も、地球の人間同様に鍛えれば筋肉がつき、武器の訓練を行えばそれに習熟していく。
もちろん、個人差はあるが。
だが、個人の限界というものはどうしても存在する。
魔法がある世界とはいえ、肉体に作用するものはほとんどないため、基本的に魔法とは便利なものか、武器や防具としての用途となる。
ゲームや漫画によくある、才能が結実した証拠であるスキルなんて便利なものはこの世界には存在しない。
せいぜいが適正となる職業ぐらいだろうか。
それだって、絶対ではないし、優劣が存在する。
戦力の決定的な要因は、結局のところ数、といいたいところだが、迷宮から産出される装備は破格の性能をもつものが存在し、そしてそれを手に入れることができれば、限界まで鍛えた人間を遥かに凌駕する力を得られる。
無論、そんなものはごく一部であり、目が飛び出るほどの高額で取り引きされるので、一般人の手に渡ることはありえない。
現在の迷宮の第一線で活躍している超一流の探索者たちでさえ、それほどの装備を所持しているのは極稀だ。
そのため、装備よりもまだ魔道具のほうが手に入れやすい。
消耗品であり、高い効果を持つ魔道具は当然高額になりやすく、入手難易度も高いが、まだ手に入る。
迷宮の最前線では、これらの魔道具が湯水のように消費されているそうだ。
だが、それでも最深部に到達する探索者は少なく、ほとんどが大きな被害を受けて撤退する。
迷宮は、一定周期で内部が変化するので、運も重要だ。
高温の砂漠だった次の瞬間には極寒の氷に覆われていたなんてことは、枚挙にいとまがない。
もちろん、その周期を正確に判断する知識と技術がなければ最前線など張れないわけだが。
そういった理由もあり、厳しい環境への対策は探索者たちの重要課題になっている。
さて、オレの場合は、まず迷宮の環境問題よりも先にやることが山積みだ。
先日元探索者たち――マーシュ、ドーベル、ラーゴフの三名から推薦された若者たち全員の面接をやっと終え、今日から彼らはオレの専属探索者候補として鍛え上げられる。
その数、十名。
面接をした数は倍の二十名いたのだが、半分に絞る結果になった。
マーシュの観察眼は確かだったのだが、ドーベルとラーゴフが推薦したものの中に問題児が数名混ざっていたからだ。
確かに有望な人材という質問だったので、問題児かどうかは聞いていなかった。
まあ、そのための面接だから問題ないのだが。
元探索者の三名についても、教官として再雇用した。
元々、探索者ギルドで臨時教官を務めていたので、その辺のノウハウについては問題がない。
もちろん、交わしていた契約とは別の内容での雇用となる。
内容は、秘密厳守であり、屋敷に住み込みとなる。
しかし、使用人の寮はそこまで空きがないので、専用の寮が建設された。
この世界には耐震基準や建築法も日本と比べてゆるゆるなので、とりあえず住めればいいもの、となると、本当に簡単に短期間で建設が済んでしまう。
たった五日で平屋の大きめの寮が完成のは、呆れるばかりだ。
ただ、トイレや風呂は当然なく、雨風が凌げるレベルであるのでこんなものだろう。
ちなみに、使用人の寮はもっとしっかりしたものだ。
トイレが複数あるし、水場もしっかりしている。
風呂はないが。
屋敷の裏手には、目隠しにもなる雑木林があり、そこもうちの敷地になっている。
訓練スペースを確保するためにも、専属探索者候補の若者たちにはまずここの整地をさせることにした。
力も体力も必要な作業なので、いい体力づくりになるだろう。
さらに、彼らには、ミリー嬢の魔法式を用いた魔道具を常時発動させ、携帯させている。
それは、身体能力向上の魔道具の基本魔法式を流用して作られた、肉体改造用魔道具だ。
ミリー嬢の父親は本物の天才だ。
頭がおかしいとすら言い換えてもいい。
彼は身体に影響を与える魔法式を開発したあとに、どこまで肉体に影響を与えられるかを限界まで突き詰めたおそろしい魔法式を作り上げていたのだ。
この世界の人間も、肉体をいじめ抜き、超回復などの肉体回復を経て筋肉を成長させたり、体力をつけたりする。
それらは経験則と、数多くの結果から広く知られている。
ミリー嬢の父親は、そこに目をつけて魔法式で肉体を改造する手段を開発していたのだ。
無論、そんな魔法は存在しないため、魔道具として完成させることはできなかった。
いや、むしろ完成させられないからこそ、ここまでの魔法式を開発できたのだろう。
すべては彼の頭の中でのみ完結し、誰にも咎められることがなかったのだから。
その狂気の研究結果を、オレが形にした。
そして、十名の若者たちはモルモットになったのだ。
実際にどこまで効果が出るかは、結果をみなければわからない。
だが、この頭のおかしい魔法式は、ミリー嬢も太鼓判を押していたのですぐにわかるだろう。
今もミリー嬢がさらなる改良をほどこしている。
この父親にしてこの娘あり。
ミリー嬢にも、狂気の才能が眠っていたようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
裏庭の拡張工事が終わる頃、若者たちの肉体は見事なまでに改造された。
ほどほどに鍛えられた肉体だった少年少女たちは、今やその面影もないほどに見事な筋肉美を誇っている。
実用性一点張りのその肉体は、見た目以上の力と持久力を持っており、信じられないほどの能力を発揮することができる。
だが、いくつか問題もあった。
これほど急激な肉体変化に、彼らは毎晩のように激痛と戦うハメになったのだ。
成長痛のもっと激しいバージョンとでもいうべきか。
肉体が作り変えられる痛みは、常軌を逸していたようだ。
残念ながらその結果、二名の少年が脱落してしまった。
正確に言えば、肉が裂け、骨が砕け、死にこそしなかったものの、再起不能に陥ってしまったのだ。
だが、それすらも残った八名にはよい結果を齎した。
今まで現実に直面して折られた心でも諦めずに前に進もうとしていた彼らだが、二名の悲惨な結果と自身の急激な肉体変化で覚悟が決まったのだろう。
全員の顔つきがこれまでとはまったく異なっていた。
そして、全員が改めてオレについていくことを言葉にしてくれた。
面接で合格したあとは、人足では到底稼げない給料と衣食住が保証された契約で、今までとは生活が一変した上に、力までもらえたのだ。
感謝こそすれ、非難の言葉を浴びせるようなものは誰一人としていない。
再起不能になった少年二名に関してはその限りではないが、ミリー嬢が父親の魔法式を元に開発したものがあるので、なんとかなるだろう。
彼らには彼らの使いみちがまだ残っている。
この程度で放り出すつもりは毛頭ないことを伝えたこともあり、ますます彼らの覚悟は高まっていく。
絶対の忠誠というほどのものではないが、それでも出だしとしては十分なものを手に入れられたような気がする。
ただ、オレは完璧主義ではないが、保険は絶対にかけておく人間だ。
専属探索者候補者たちと教官三名全員に、極小のゴーレムによって作られた装身具を身に着けさせている。
もし、契約を破って秘密をばらしたり、オレに敵対したりすると、ゴーレムに内蔵した魔道具が作動するようになっている。
願わくば、そんなことにはならないことを祈りたい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ミリーさん。調子はどうですか?」
「ミドー様! はい! 順調です! これをみてください! 今までの肉体干渉型を一部の精神に干渉するように魔法式を流用できたんですよ! 恐怖などの感情に働きかけることで、行動を制限することができると思うんです。逆に感情を抑制して、恐怖をまったく感じなくさせることも可能かもしれません!」
「それは面白い試みですね」
「はい! でも、精神の脆弱な人は発狂してしまうかもしれません」
「なるほど」
「ほかにもですね。これとか――」
ミリー嬢は屈託のない笑顔で恐ろしいことを平然と報告してくれる。
まだ彼女はオレのゴーレムの存在を知らない。
専属探索者候補者たちの肉体改造の件も知らない。
ましてや、再起不能に陥った二名のことなど絶対に。
だから、彼女にとっては所詮机上の空論であり、現実にはありえない話でしかない。
とはいっても、空想でもそんな話を嬉々として語れるのだから、彼女の狂気は少しずつ増していっているのだろう。
なんとも申し訳ない思いでいっぱいだが、オレは立ち止まるつもりはない。
元々、父親のマッドっぷりがよくわかる魔法式を嬉々として改良したり、補完したりしているのだ。
生来の気質もなければこうはいくまい。
だからといって責任は感じているが。
償いになるかどうかはわからないが、彼女にはできる限りのことをしよう。
金で困ることはもうないように、十分な給与を払っているし、腹ペコ魔人の上にグルメにも目覚めてきた彼女のために、たくさんのレシピをモーリッド率いる料理人たちが今日も試行錯誤している。
魔法式を書くついでに食べているお菓子に関しても、いくつかレシピを渡しているので、今日はレーズンいりのパウンドケーキが机の上に乗っている。
食べかけでずいぶん少なくなっているが、皿の大きさからしてワンホール丸々の大きさで出されたものだろう。
それでいて、太った形跡は微塵もない。
魔法式といい、腹ペコ魔人ぶりといい、彼女の狂気は加速している。
オレのダイヤの大鉱脈は、今日も絶好調のようだ。
ただ、彼女にも例のゴーレム装身具をプレゼントしてある。
ほとんど屋敷から出ずにずっと魔法式とにらめっこしつつ、大量の料理を胃の中に収めているミリー嬢なので、出番はないと思うけどね。
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