ラビリンス・シード

天界

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007 侮りがたしうさたんと無双

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「これとこれください」
「うぉっ……あ、あいよ。毎度ありー!」

 『ピタ』の街にはたくさんの店があり、まだまだ『ラビリンス・シード』が始まって間もない現在ではその全てをNPC達が運営している。
 空き家となっている店舗もそれなりにあり、NPCが店を売りに出すこともあるのでいずれはプレイヤー達の店も出始めるだろう。
 だがまだそのときではない。

「さすが兄上の作った装備です。買い物をする分には問題にもならないようですね」
「プレイヤーにはしっかりと効果を発揮しているようですし、これならしばらくは大丈夫ですわね」

 現在ボク達は生産施設の個別スペースを出て『ピタ』で買い物中だ。
 あの共有スペースでの事件によって掲示板や口伝にボクの事が広まっているのでしばらくは姿を隠すことにした。
 そのために作った装備である『うさたんキグルミパジャマ』は実にいい仕事をしてくれている。
 追加効果で発生した『認識阻害/C+』はプレイヤーやMOBには効果を発揮しても街中のNPCには無効のようで、買い物などをしたいときでもつけたままでも無視されることはない。
 当然ながらパーティを組んでいるプレイヤーにも無効だ。
 効果があるプレイヤーやMOBにも透明人間のような扱いではなく、影の薄い存在のような感じで認識されているみたいだ。間違いなく特徴ある見た目と背丈であるボクのことをボクと認識できなくなっている。

 ただずっと隠し通せるものでもない。
 『認識阻害/C+』に対応する『スキル』か、無効化できるくらいプレイヤー達が育てば意味がなくなる。
 でもこれはあくまでも時間稼ぎの手段なのでその辺のことは特に気にしていない。
 時間が経てば他の生産プレイヤー達の『スキル』も向上し、十分な装備やアイテムが市場に流れ始めるだろう。
 そうなればボクの事もだんだんと薄れていくはずだ。
 まぁ同様にボクの『スキル』も育っていくだろうから、ボクの生産品を求めるプレイヤーは少なくなっても消えはしないと思うけどね。でも今のような不特定多数から求められるよりは対処がし易くなる。

 ただボクは1人で行動しているわけじゃない。
 『ラビリンス・シード』ではなるべく双子コンビと一緒にプレイすることを約束しているので狙われるのはボクだけじゃない。
 そう、双子も同様に狙われるのだ。

 ……だから双子もボク同様に『うさたんキグルミパジャマ』を装備している。

 身内の贔屓目なしにアキは美少女だからまだ似合う。
 凛々しく格好良い空手少女だが『うさたんキグルミパジャマ』を着ればそのギャップと堂々とした態度により、恥ずかしい事・・・・・・など何もない・・・・・・という雰囲気が漂い、とても似合うのだ。

 だが……だが!
 それをイケメンのナツがやると……すごい。
 アキ同様に他人に対しては堂々とした態度を崩さないクールな彼がとても可愛らしい『うさたんキグルミパジャマ』を着るのだ。
 このギャップは想像以上だ。
 さすがのボクも……アキですら、目を逸らして「ニ、ニアッテルヨ」としか言えないレベルだったのだ。
 しかし素材の兼ね合いと装備枠を消費する装備――複合装備の『グラフィックシード』は『ピタ』には似たようなものしか売っていない。
 序盤も序盤の現在では複合装備なんてほとんどネタ枠の扱いなのだ。
 違う街まで行けば売っているはずなので、『グラフィックシード』職人を見つけるか、次の街に行けるようになるまでは我慢してもらうことにした。

 ……だがそう思っているのはボク達だけで、当の本人であるナツはボクに似合ってると言われたことにより大分『うさたんキグルミパジャマ』を気に入っていたりする。
 ……ナツのためにも早いところ『グラフィックシード』を確保しよう。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 買い物を終えれば狩りタイムの始まりだ。
 新装備の感触を確かめるためにもまずは慣れている北門すぐの草原フィールドで狩りをしたかったが、残念ながら人が多い。
 現状ではボク達が狩りをするのには向かない。
 いくら『うさたんキグルミパジャマ』の『認識阻害/C+』があるとはいえ、狩りを始めればさすがに気づかれる。
 気づかれれば最早ネタとしか思えないその『うさたんキグルミパジャマ』の見た目は逆に目を引きまくるだろう。
 そうなるとすぐにボク達とばれてしまう。
 なのでここは草原フィールドを越えて、1段階難易度が上昇する林フィールドまで足を伸ばすことにした。
 装備も1段階どころ3段階くらいすっ飛ばした性能を持っているので多分大丈夫だろう。
 それに強いMOBを相手にした方が戦闘系の『スキル』は上昇しやすい。
 ボクが生産『スキル』をパワーレベリングできたのと一緒だ。

 ちなみに生産を終えて今のボクの『スキル』はこのようになっている――

 ====

 【観察/Lv8 ↑3UP】【初級鍛冶術/Lv9 ↑9UP】【初級裁縫術/Lv15 ↑15UP】【初級錬金術/Lv1】【採取/Lv4】

 ====

 【鍛冶】と【裁縫】はパワーレベリングのおかげでLvMAXとなっていたので派生進化させている。
 さらにその後生産をしているのでごっそりとLvが上昇している。
 【観察】は生産したアイテムを見て経験値を稼いでいたのだが、そこまでパワーレベリングといえるほどの上がりではない。

 ……いや普通に考えたらかなりの速度での上昇だと思うんだけど、どうにも他の上がり具合が……ね?






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 狩場までの移動中には減っていた空腹度――0になるとHPとMPの自然回復がなくなり、一定時間でHPが減少し始めるデバフ――飢餓状態になってしまう――を回復させるため出掛けに買っておいたクロワッサンを食べながら歩いてきた。
 序盤の街で売ってる非常に低価格な物だったのではっきりいって美味しくはない。
 でもVR内で食事をするのは初めての体験だったのでそれなりに感動することは出来た。第4世代ぱねぇって感じで。
 でもやっぱりそんな感動も3口目あたりで薄れ始めて、美味しくないという思いが先にたち始める。
 結果としてお菓子作り専門ではあるが、料理の腕は3人の中で1番確かなアキがこの問題に対処することになった。
 料理も生産分野なのでミニゲーム化が出来るんだが、アキがやりたいというのだからここは任せてみることにしたのだ。
 アキのお菓子作りに関しての情熱は空手よりも上かもしれないほどだ。空手と一緒に小さい頃からずっとやってるしね。

 それからしばらく林フィールドまで雑談しながら歩いてくるとPOPするMOBの種類も変化し始める。
 この辺は林が隠れ蓑になってプレイヤーの視界からボク達を隠してくれる。
 もちろんこの辺まで進出してきているプレイヤー達もちらほらいるので油断はできないがその辺は諦める。
 というかさすがにまだ序盤なので他の一般水準のプレイヤーではまだまだきついようで自分達のことだけで手一杯のようだ。他のプレイヤーの事なんて気にしていられないご様子。
 これならもう少し進んだ先辺りならプレイヤーはほとんどいないだろう。
 やっと伸び伸び狩りができそうだ。

 ……まぁ狩るのはボクじゃないけど。

 移動を続けながらも目に付いた素材は採取していく。
 難易度を1段階上げた狩場であるために面白いように【採取】と【観察】のLvが上がっていく。
 どうやら未鑑定状態であるAR表示のない素材をじっくり観察して名称を得るほうが、生産済みの詳細効果まで製作者にはわかるアイテムより経験値の入りがいいみたいだ。

 新たに状態異常を回復させることが出来る系統のポーションの材料である素材をゲットしたり、よくわからない石を拾ったりとボク的にはなかなか有意義な時間を過ごしながらプレイヤーがほとんどいない場所までやってきた。
 まだMOBの種類が林フィールドと変わっていないのでここで狩りを始めることにした。

 ここのMOBはノンアクティブのMOBとアクティブのMOBが半々くらい居るが、ノンアクティブのMOBはアクティブのMOBとリンクしているので結局は引き摺られるようにノンアクティブのMOBとも戦うことになる。
 リンク範囲はそれほど広くはないので立ち位置と周囲の状況に気を配っておけばそこまで悲惨なことにはならない。
 だがMOBの強さも草原フィールドより高くなっているので油断していると先ほど見かけたプレイヤー達のように苦戦するハメになる。

 まぁ双子コンビにはボクの作った装備やアイテムがあるのでちょっとやそっとのことでは問題ないと思うけどね。

 そんなこんなで今まで『うさたんキグルミパジャマ』のおかげで避けてこられた戦闘を装備を戦闘用に切り替えることで発生させる。
 『認識阻害/C+』はMOBにもしっかりと発動しているのでここまで戦闘なしでやってこれたのだ。

 さっそく『うさたんキグルミパジャマ』を戦闘用装備に換装した双子コンビにアクティブMOBである『グローブウルフ』が襲い掛かる。
 アキに向かって走り寄ってくる『グローブウルフ』を【大声】でヘイトを稼ぎターゲットをナツに変化させた。
 十分に距離を詰めた『グローブウルフ』が飛び掛り攻撃をナツに仕掛けようとしたタイミングで横合いからアキが新装備である『鉄手甲』を纏った右の踏み込み正拳を叩きつける。
 十分に速度と威力の乗った踏み込み正拳は『グローブウルフ』の顔面をひしゃげさせ、なんと1発で光の粒子へと変えてしまった。

 ……ふむ。数値が初期装備とは3倍以上違うとはいえ、まさか一撃とは。

 クリティカルのエフェクトが出ていたわけでもないのであれが通常ダメージなのだろう。
 我ながら恐ろしい威力の武器を作ってしまったものだ。

「……さすがは兄様のお手製ですわ。これならガンガンいけますわね」
「アキ、次は俺にやらせてくれよな」
「構いませんわ。ナツも試してみたいでしょう? 兄様の素晴らしさを!」
「あぁ!」

 自身が放った一撃を反芻するように二度三度と拳を突いてからアキがうっとりとした表情で『鉄手甲』を見つめる。
 我が妹ながらちょっと怖い。
 でもそんなアキをうらやましそうに見ていたナツも『アイアンソード』を握り締め、気合を漲らせている。
 ちなみに最初の最初に作った『ブロンズソード』はただの実験作だし、性能の面から見ても『アイアンソード』の方が上なので即効でお蔵入りになってしまっていたりする。

 次の獲物はすぐに見つかった。
 プレイヤーが他にほとんどいないのでこの辺のMOBは全然狩られておらずたくさんいるので獲物には事欠かない。
 だが近くにはノンアクティブの『ブランチボア』がいる。
 『ブランチボア』は『グローブウルフ』とリンク関係にあり、アクティブな『グローブウルフ』を攻撃してしまうと『ブランチボア』まで相手にしなければいけない。
 だが双子コンビにはちょうどいい獲物と判断されたようだ。
 『グローブウルフ』を一撃で粉砕したアキの『鉄手甲』よりもナツの『アイアンソード』の方が単純な基本攻撃力は高い。
 彼らがそう判断したのならボクがいうことはない。
 ボクがやるべき仕事は双子の邪魔にならないようによく見て【観察】の経験値稼ぎをすることだ。

 前回同様距離を詰めると同時に飛び掛ってくる『グローブウルフ』にナツが先手必勝とばかりに兜割りを叩き込む。
 見事なほどに真っ二つになって砕け散る哀れな狼さん。やはり一撃だ。
 リンクして突進攻撃を仕掛けてきた『ブランチボア』も横合いからのアキの一撃により砕け散ってしまう。

 ……明らかにオーバーキルだ。

 だが別にバグでもチートでもなく、システムに則って作った武器なのだ。何も問題ない。何も問題ない。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ……などと思っていた時期がボクにもありました。

 あれから双子コンビは一撃で砕け散るMOB達に味を占め、リンクがなるべく途切れないようにガンガン移動しながらMOBを瞬殺していくという狩り方を始めた。
 何度も言うがこの辺はまだプレイヤーがほとんどいない狩場なのでMOBは我が物顔で闊歩している。
 VRMMORPGである『ラビリンス・シード』は当然1エリアのMOB量もそれに合わせた数POPしている。
 通常は何十人といるはずのプレイヤーを想定しているPOP量なのでどんどん移動を繰り返していけばほぼ途切れなく狩ることも可能だ。
 しかもこの辺はリンクするMOBとアクティブMOBばかりなので余計にうまく機能していた。

 一般水準のプレイヤーがこんなことをすればすぐに大量のMOBで押しつぶされるだろう。
 だが双子コンビはボク製の装備を所持している。

 まさに無双。

 格上のはずのMOB達が次々と瞬殺され、砕け散りドロップを撒き散らす。
 攻撃を繰り出しては駆け出す双子のあとを追いかけながらドロップを拾う作業を繰り返すボクの『魔法の鞄』は素材のスタック数だけがガンガン増えていく。

 素材がスタックできる仕様で本当によかった。
 そうでなければ今頃はもうドロップを諦めなければならなくなっていただろう。
 現に総合ギルドで受けてきたギルドクエストはあっという間に達成され、これ以上狩ってもクエスト報酬は増えない。だがここから『ピタ』までいちいち戻るよりもガンガン狩ってドロップをかき集めた方が効率的なのでクエストは無視することにしたのだ。

 嬉々として走り回っている双子を追いかけなければいけないボクは、当然じっくり観察している余裕などない。
 品質も気にせず結構乱暴にAR表示がついている素材アイテムを毟って『魔法の鞄』に突っ込んではドロップを拾って追いかけるのみだ。

 そんなことを1時間くらい繰り返すと、やっと双子コンビも満足したのか清清しい笑顔と共に立ち止まってくれた。

「やはり兄上は最高です! さすが兄上!」
「まったくですわ! 兄様は私達の誇りですわ!」
「そ、そう……よかったね?」
「「はい、兄上(兄様)!」」

 仮想現実なのでどれだけ走り回っても汗はかかないし、疲れることもない。
 それでも1時間も走り回っていれば精神的に疲労が溜まるというものだ。
 そんなボクとは裏腹に疲れなど一切見せず、逆に元気になっている双子コンビを見るとボクはもう何もいえない。

「ところで2人共、あれだけ狩りまくったんだから『無印スキル』のLvがMAXになってるんじゃない?」
「それは大丈夫ですわ。ちゃんと戦いながら進化させていたましたので」
「俺も大丈夫です。予定通りの進化を選んであります」
「さすがだねぇ」

 いったいいつの間に進化させていたのか。嬉々として暴れまわっていたのにちゃっかりしてるなぁ。

「ただ【鎧】や【防御】などのダメージを受けなければ経験値を稼げない『スキル』は軒並み変化がないですね」
「私もですわ。【回避】と【鎧】がさっぱり育っていません」
「まぁその辺はしょうがないよ。次はその辺を重点的に育ててみたら?」
「「はい、兄上(兄様)!」」

 無双状態で一撃で全てのMOBを倒していた双子コンビの『スキル』は攻撃系の『スキル』しか上がっていないようだ。
 まぁあの無双で防御系の『スキル』も上がっていたらそれこそおかしい状態になっていたから仕方ないんだけどね。
 防御系の『スキル』は高い防御力と過剰回復力の『初級ヒーリングポーション』を駆使して地道に上げてもらおう。
 それでも普通のプレイヤーよりは上がりは早いだろうけどね。

 でもまずは休憩と新たなクエストを受けるために『ピタ』に戻ることにする。
 戦闘用装備から『うさたんキグルミパジャマ』に着替えてのんびりと帰路に着いた。
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