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010 『ビッグうさたんの石碑講座』

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 森フィールドの奥、そこが今回の狩りの目的地だ。
 林フィールドから最短距離でも30分くらいかかる程度の距離で、MOBとの戦闘や採取をしていくとさらに時間がかかる。
 ボク達には『うさたんキグルミパジャマ』の『認識阻害/C+』があるが、ナツとアキの『スキル』上げも兼ねているので1時間くらいかけて倒しながら進んできた。
 でも先ほどまでやっていた効率的な狩りとは違って、大体まっすぐに進んできたのでそれほど多くは倒していないけどね。

「兄様、ありましたわ」
「ほぼ情報通りです」
「お、やっとついたかー」

 下草や藪が増えてきて戦闘するのも一苦労するような環境になってきた辺りでやっと目的地についたようだ。
 ボクの目の前には下草も藪もぽっかりと抜き取られたようになくなった円状の広場がある。
 中央付近には大きな石碑が存在し、あちこちに座れそうな手ごろな石が点在している。
 付近にはMOBの姿はまったくなく、広場からは実に穏やかな雰囲気が溢れている。

 そう、ここは森フィールドに存在するセーフティエリア。所謂休憩所である。
 セーフティエリア内、及びその付近にはMOBは立ち寄れず、エリア内ではダメージ判定が一切なくなる。一部の戦闘用アーツも使用不可能となったりもする。
 だが生産系や一部のアーツ以外なら通常通りに使える。
 プレイヤーキル――PKなんかも出来ないのでセーフティエリアに逃げ込めばHP的には安全だ。
 ただもちろんPKはプレイヤーVSプレイヤーなので相手側もセーフティエリアに入ってこれる。
 セーフティエリアに逃げ込んだだけでは完全には安全とは言い切れないのだ。
 だがセーフティエリア内でダメージ判定がないからといって切りかかったり、脅したりするのは規約違反となる。注意を受けても何度も繰り返すようなら一定期間のログイン停止やアカウント凍結――アカBANなどの厳しい処置が下されることもある。

「じゃあ休憩して準備を整えたらやるよー」
「「はい、兄上(兄様)」」

 ちょうど3つ固まって置かれている椅子になりそうな石に腰掛け、『魔法の鞄』からアキの作ったお菓子達を取り出し、空腹ゲージを回復させる。
 今回のお菓子は前回食べたお菓子よりは美味しい。
 『スキル』が上がったのとアキがゲーム内での調理になれてきたおかげかな? もしくはボクの作った指輪のおかげ? でも『スキル』効果自体はしょぼかったしなー。

「兄様、予定通りに最初は戦闘、その次に納品でよろしかったですか?」
「うん、予定通りかな。
 βの情報では先に納品しちゃうと戦えなくなっちゃうらしいし」
「了解ですわ、兄様。
 ナツ、初のボス戦なのですから気合入れていきますわよ!」
「あぁ、がっちり釘付けにするからタイミング合わせろよ」
「もちろんですわ」
「2人共がんばってねぇ~」
「「はい、兄上(兄様)!」」

 この森のセーフティエリアは『ピタ』からそこそこ離れている。
 そのため便利な中継地点として活用できるイベントがあり、今回の狩りの主目的はそちらなのだ。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 休憩も終え、軽く装備の耐久ゲージやHPMPなどの確認もしていざイベントである。
 森のセーフティエリアのイベントはプレイヤー間では『ビッグうさたんの石碑講座』と呼ばれているものだ。
 広場から出て少し行ったところにインスタントエリア――個人またはパーティ単位での独立したエリア――が発生するポイントがあり、そこがイベントの開始地点だ。
 重要イベントやインスタントダンジョンなどの他プレイヤーの邪魔や混雑を避ける必要がある場所にはこうしたインスタントエリアが設定してあり、ゆっくりと自分達のペースで他プレイヤーを気にすることなく進行できるようになっている。

 インスタントエリアに侵入すると風景自体は変わらないが、視界に『Instant Area Time:--』とウィンドウが小さく出る。
 今回の『ビッグうさたんの石碑講座』は時間制限が存在しないインスタントエリアなので時間表示がないが、インスタントダンジョンなどだと時間制限が存在するものも多くある。

 そのまま少し獣道のような道を進んでいくとイベントの主である『ビッグうさたん』が待ち受けている。

「よくぞ参った小さき者達よ! 我が試練を超えること叶えば石碑の力の一部を解放し、小さき者達の力となろう!」

 『ビッグうさたん』。
 その名の通りにでっぷりと太ったうさぎである。
 だがその大きさは見上げるほどであり、頭が異様に小さい。縮尺を間違えているんじゃないかと思うくらいに体に比べて頭が小さい。
 なので見上げる都合上ほとんど顔が見えない。背の高さによっては若干うさ耳が見えるがボクではそれすらもほんの少ししか見えない。
 森の木々が邪魔をしているのもあって、これ以上下がると枝葉で隠れてしまうのでやっぱり『ビッグうさたん』の顔は見ることが出来ない。

「まぁ三角飛びやジャンプ系の『スキル』で確認したβプレイヤーの話では安定の可愛くなさだったらしいけど」
「何か言ったか? 小さき者よ」
「なんでもありません」
「うむ、それでは試練を始める!」

 『ビッグうさたんの石碑講座』の攻略の仕方は大きく分けると2つ。
 1つは『ビッグうさたん』と戦って勝利すること。
 もう1つは『ビッグうさたん』が指定するアイテムを納品すること。

 戦闘の場合はパーティに入っていれば実際に戦わなくても倒した時点で攻略完了となる。
 ただし、納品の場合はパーティメンバー数のアイテムの納品が必要だ。
 そのアイテムも森のあちこちに点在している喋る動物型NPCから素材を入手して、納品アイテムを生産してくれる動物型NPCに渡して作成する形となる。
 だが実はその過程で色々な生産レシピが手に入ったりするという割とお得なイベントなのだ。

 『ビッグうさたんの石碑講座』以外でも同様のレシピは入手できるが、一度に手に入るこのイベントの方が圧倒的に楽なのは言うまでもない。

 そして、『ビッグうさたん』との戦闘はアイテム納品をしてしまうと行えなくなってしまう。
 βテストの情報から導き出せる最短のボス戦がこの『ビッグうさたんの石碑講座』であり、もちろんボス戦なのでドロップアイテムは雑魚よりもずっと期待できる。
 アイテム納品さえしなければ何度も戦えるのでドロップアイテム目当てに連戦、したいところだが一度戦うとクールタイムが発生し、ゲーム内時間で6時間は戦えない。
 それにドロップアイテムも有用ではあるが、必ずしも必要というわけではない。確率だから出ないときもあるからね。物欲センサー先生が張り切っちゃったりすると特に。

「では『戦いの儀』をお願いします」
「心得た。では試練を開始する!」

 『ビッグうさたん』との戦闘である『戦いの儀』を選択すると、森の木々によって手狭だったインスタントエリアが一気に広がり、戦闘するのに十分な広さまで拡張される。
 割と近かった『ビッグうさたん』もエリアの拡張と共に離れ、エリアの完成と共に『ビッグうさたん』がうさぎとはとても思えない野獣の咆哮を上げ、『戦いの儀』の開始が告げられた。

「ナツ!」
「おう! こっちだ! 『ビッグうさたん』!」

 戦闘開始と共に『ビッグうさたん』の巨大な体がさらに膨張し前傾姿勢を取ると、ナツがすぐさま【初級挑発術】でヘイトを稼ぐ。
 『ビッグうさたん』のターゲットがナツに向かうのに合わせてアキはバックスタブを決めるために『ビッグうさたん』の背後へと【初級加速術】の『アーツ』――アクセルを使用して短時間の高速移動を開始する。

 双子コンビの戦闘の邪魔にならないようにボクは距離を取る。
 ボス戦では相当な差がなければ『認識阻害』の効果は無効化されてしまうので、ある程度距離を取っておかなければヘイトがリセットされた瞬間にボクが狙われかねない。
 ナツがヘイト管理をしているので問題はないとは思うけれど、ナツだって人間。ヒューマンエラーというのはどこの世界でもなくならないのだ。

 距離を十分に取ったところで『ビッグうさたん』の猛烈な突進をナツが受け止め、その瞬間を狙ってアキのバックスタブが見事に決まった。
 だがさすがはボス。『ビッグうさたん』のHPは1割も減っていない。

 通常、『ビッグうさたん』はパーティを2セット以上連結させる大型パーティ――レイドパーティで挑むボスだ。
 しかも『無印スキル』の派生進化――所謂『2次スキル』の戦闘『スキル』平均が15以上が最低条件となる。
 アイテムや装備、『スキル』構成、合計人数によっても最低条件は変化するが3人――実質2人――で挑むようなボスではない。

 だが双子コンビにはボクが作った装備とそれを活用したパワーレベリングでの『スキル』Lvの高さがある。
 2人共に主力である『スキル』は『2次スキル』の20代に入っており、装備も序盤の装備の3,4段階は上の性能だ。
 最低条件はクリアしていると思われる戦力は保有しているはずなのだ。あとは双子コンビが如何に有利に戦闘を進められるか。

 基本的に『ビッグうさたん』の攻撃方法はそう多くはない。
 溜めのあとの猛烈な突進と溜めなしでの突進。普段は隠している前足の爪攻撃。あとは巨体を活かしたボディプレスくらいだ。
 魔法や特殊な能力といったものは持ち合わせていないが、伊達にボスはしていないたふさがもっとも厄介と言っていい。
 まぁボスなんだから早々簡単に倒せるHPのわけがないんだけどね。

 『ビッグうさたん』のヘイトをナツが挑発で稼ぎ、攻撃直後の硬直を狙ってアキがバックスタブを決める。
 幾重ものダメージ補正で稼ぎ出す高火力により奪われるヘイトをナツが再度挑発で管理する。
 時折訪れるヘイトリセットのタイミング――雑魚などには存在しないが、ボスには一定期間でAIが冷却され、思考をクリアにしてヘイトがリセットされる――の兆候を見逃さずヘイト管理を続ければ理論上は倒せないボスは存在しない。

 だがそれは所詮机上の空論だ。
 ボスなどに搭載されているAIは街などのNPCと同様驚くほどに高性能なAIとなっている。
 そのため一定の攻撃方法しか存在しなくても長引けばこちらの動きを学習され、持ちうる手段で対処しようとしてくる。
 人数が多ければそれだけ学習する時間を稼げるが、今は双子コンビだけ。
 長引かせると不利になるのは明白だ。
 その上、『ビッグうさたん』もボスというだけあって火力が半端ではない。
 通常MOBでも防御に失敗するとダメージを受けるのだから、ボスである『ビッグうさたん』の攻撃を防御に失敗するとかなり深刻なダメージになりかねない。
 現にきっちりと防御に成功していても、ナツは少しずつダメージを負っている。
 受け流せばもう少しダメージを軽減できるが、唯一の火力であるアキのバックスタブを成功させるためにはどうしても受け止める必要性が出てくる。

 ナツの『アーツ』によるMP消費も問題だ。
 ヘイトを稼げる挑発は【初級挑発術】などの挑発系『スキル』をメイン枠に設定していればMP消費なしで任意発動できるが、その効果はそれほど大きくはない。
 そのため『アーツ』を使ってMPを犠牲に大きくヘイトを稼ぐ必要がある。
 特にダメージソースがアキ1人である現状では『アーツ』によるヘイト稼ぎが最重要となる。
 回避専門のアキが『ビッグうさたん』の攻撃を1発でも貰えばそれだけでアキは恐らく死に戻りになってしまう。

 とはいっても当然ながら不安要素ばかりでもない。
 勝算なくしてボス戦などに挑みはしないのだ。

 ナツの削られ続けるHPが『初級ヒーリングポーション』の使用1回で完全に回復する。
 そして再度受けるダメージも『持続時間増加/D-』のおかげで完全に回復していく。
 過剰回復力を持つボクの作った『初級ヒーリングポーション』なら即死さえしなければHPは常にMAXに保てるのだ。
 さらに『持続時間増加/D-』のおかげで増えた分の時間の範囲内なら同様の回復効果を得られる。
 ナツの『魔法の鞄』には大量に『初級ヒーリングポーション』が入っているし、使用回数も多いのでこのボス戦中に使いきることはまずないだろう。
 MPに関してはアキの攻撃タイミングを遅らせる必要性はあるが、『ツインリング(銅)』の『挑発補正/D-』を最大利用してMP消費なしの通常挑発の連発でヘイトを調節することで消費を軽減できる。

 どうあがいても持久戦になることは目に見えているが、もちろん予測の範囲なので準備はしっかりしてある。
 唯一の問題点はAIの学習能力とその結果の対処法くらいだろう。

「頑張れ、ナツ! アキ!」
「「はい、兄上(兄様)!」」

 ボクが今出来る事は双子コンビを精一杯応援することだけ。
 でもそれが2人にとっては1番の効果を持っている事はボク自身がよく知っていることだ。

 ボク達の『ラビリンス・シード』初のボス戦はまだまだ始まったばかり。
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